パウエル・プットと金融政策の空振り期

 米利上げ棚上げと資産売却停止という市場観測から、「この相場は暴落前にあと1回だけ上がる」という見通しがある。株式市場に強気の運用者は、「利上げサイクルが終了した2006年のパターンが再現されて株は上がるだろう」と言っているが、市場に対する見方がマイオピック(近視眼的)なので、2007年にサブプライム住宅問題が浮上し2008年にリーマンショックが起こったことは忘れている。

 G・ソロスと設立した「クォンタム・ファンド」において10年で2,400パーセントのリターンを叩き出したジム・ロジャーズが『お金の流れで読む 日本と世界の未来──世界的投資家は予見する』という本を出版した。筆者とは相場観が異なる部分も多いが、非常に示唆に富むことを言っている。

「人と異なる考え方をすれば、ほかの人には見えないものが見えてくる。それが成功への第一歩だ。もし、周りから自分の考えをバカにされたり、笑われたりしたら、大チャンスだと考えればいい。人と同じことをして成功した人は、いままでいないのだから。そして最も重要なのは、韻を踏みながら変化を続ける時代の流れに合わせ、自分も変化できるようにしておくことである。時代がどう変遷しているかを肌で感じ、それに順応することだ。人は歳を重ねるごとに、変化に順応するのが難しくなる。しかし、あなたがたとえ40代ですでに仕事上の地位を確立していたとしても、変化を拒んでいればいずれ職を失うことになるだろう」(『お金の流れで読む 日本と世界の未来──世界的投資家は予見する』)

 と述べ、歴史を学ぶことの大切さを説いている。また、「待つことは時に行動するより大切だ」とも述べている。

 歴史と言えば、数年先を見据えるヘッジファンドの帝王レイ・ダリオである。彼のサイクルをみると、現在は債務のサイクル(5)「The Beautiful Deleveraging(美しいデレバレッジ期)」から、債務のサイクル(6)「Pushing on a String(金融政策の空振り期)」の入口に来ているのかもしれない。

レイ・ダリオの市場経済サイクル(市場経済サイクルというのは、毎回異なった側面があっても必ず同じ段階を踏む)

出所:”A Template For Understanding Big Debt Crisis” 

 

6 つ(7 つ)の債務サイクル

(1)「The Early Part of the Cycle(循環の初期段階)」

 債務の伸びは収益を下回っており、債務は増えているが成長を生み出すためにファイナンスされている。債務負担は低くバランスシートは健全、債務の伸びと経済成長、インフレ率がちょうどいい水準にあり、ゴルディロックス(適温相場)の状態。

(2)「The Bubble(バブル期)」

 この段階になると債務の伸びが収益を上回り、資産価格の上昇と成長が加速する。収益の伸びと資産価格の上昇によって借り入れ能力が上がるので、このプロセスは一般的に自己強化されていく。しかし、返済に必要な収益より債務の増加スピードが早くなるので、この状況はサステナブルではない。

(3)「The Top(ピーク期)」

 レバレッジが高まり、資産価格のオーバープライスが起こり、反転の機が熟すタイミングとなる。反転のきっかけの多くは、中央銀行が金融引き締めを始め、金利を引き上げることから始まる。この期間の初期段階では、クレジットシステムの一部は苦しいが、その他は強さが残っており、経済の弱さは明らかになっていない。このため、中央銀行は金利を引き上げて引き締めに動く一方、景気後退の種がまかれることになる。貸し出しが弱含み、短期金利は株式市場が高値をつける数カ月前にピークとなる。

(4)「The Depression(景気後退期)」

 金融政策が効果を出しているならば、債務とその返済に必要な資金との間の不均衡は金利を引き下げることによって是正される。しかし、不況期にはすでに金利がほぼ 0 パーセントに近いところまで低下しているため、金融政策が効力を持たない。流動性の問題を抱えているような貸し手(金融機関)など、債務デフォルトとリストラがあらゆるところで見られるようになる。

(5)「The Beautiful Deleveraging(美しいデレバレッジ期)」

 紙幣の増刷(マネタイゼーション)や通貨の切り下げ等といった景気刺激策によってデフレ的なデレバレッジの圧力がオフセットされる。名目金利を上回る名目成長率がもたらされるが、この段階ではまだインフレが加速するようなことにはならない。デフレ不況から脱する最善の方法は、中央銀行が適切な流動性と信用サポートを供給することである。

(6)「Pushing on a String(金融政策の空振り期)」

 長期にわたる債務循環の後期。金利をいくら引き下げ、資産をいくら買い入れたところでその効果は限定的となり、中央銀行は政策の転換という現実に直面する。1930 年代の状況を目の当たりにした政策当局者は”pushing on a string”という言葉を用いた。

(7)「Normalization(ノーマリゼーション期)」

 システムが通常に戻り、経済の回復基調と資本形成がゆっくり行われる。経済活動が以前のレベルに戻るには 10 年ほどかかるくらい、株式市場は前回の高値を回復、投資家にとってはリスクをとるまでに、時間がかかる。