些か大げさなタイトルだが、資産運用のつもりで話をしていたら、実質的には人生相談になっていた、というケースは少なくない。
米国のプライベートバンカーの間で流行っているとされている「ゴールベースド・アプローチ」は、これをひっくり返して人生相談で顧客に食い込んで、資産運用のビジネスの形で稼ごうとする人生相談型の「営業話法」に過ぎないと筆者は思っているが、どちらも真面目にやろうと思うと、中核部分に人生相談の経済的な原理を整理して一般化した方法論が必要だ。
私の場合はビジネス化されていないので、以下のような感じになることが多いだろうか。
相談者(以下、相):「山崎さん、お金の問題でちょっと相談があるのですが、少しいいですか」
山崎(以下、山):「どうぞ」
相:「私は35歳でMBAを取って、キャリアを変えて行きたいのですが、そのためには、どんな資産運用をしたらいいのでしょうか」
(以下、お金の相談が始まる)
相:「そうですか。山崎さんが運用方法で何を言いたいかは、だいたい分かっていました。やっぱり特別にいい方法は無いのですね」
山:「申し訳ないけれども、そうです。そもそも35歳でMBAを取るという計画の経済合理性が問題ですね。コストとベネフィットの徹底的な洗い出しが必要でしょう」
(お金の相談が、気づかぬうちに、人生相談になっている)
ここで、人生相談に於ける一般的な方法論が必要になる。
先ず、具体的には、【サンクコスト】の洗い出しと無視の徹底だ。
次に、【機会費用】を見落とさない意思決定に、手順化出来る。
一般的な方法論の中核はこれだけだ。
理由は、これから変えられないことに力を入れても意味が無いし、変えられる損得は見落とさない方がいいからだということに尽きる。現実的には、機会費用を見落とさないことが難しい場合が多いのだが、心理的にはサンクコストの無視が難しい場合もある。
【サンクコスト】
さて、サンクコスト(埋没費用)は、一般に、「既に発生してしまって取り返すことの出来ない損失」として説明されることが多い。
しかし、この人生相談のフレームワークにあっては解釈を拡大して、将来発生することが今確定している損失や、もっと拡大してこれ以上稼ぐことができない利益まで含めて考えるべきなのかも知れない。つまり、実質的には「現状認識の確定」だと拡大解釈して考えることが適切であるように思われる。
【機会費用】
機会費用は「ベストの選択肢を選んだことによって選ぶことが出来なくなったセカンド・ベストの選択肢の利益」だと説明される。つまり、ベストの選択肢が選べなかった場合、セカンド・ベストの選択肢が繰り上がる可能性があると認識しておく必要がある。
相談者は、MBA取得のコストとして、MBAの学費と取得のために必要な日々の生活コストしか、機会費用だと認識していない可能性がある。指摘しなければなるまい。
(さらに架空相談が進行する)
山:「MBA取得のための機会費用として大きいのは、直接の学費よりも、その間に別のところで働いていたら得られた収入や昇給、キャリアが連続する人材評価上のメリット、それに仕事のスキルの改善など諸々の評価の改善です。こちらの方が大きい場合が多々あります」
相:「もっぱら学費と生活コストだけを心配していました」
山:「ところで、MBAってどこの学校ですか。海外、国内?」
相:「狙うのは、なるべく評価の高い国内大学院ですね。海外MBAを目指すとしても、英語がネイティブ並みになることは考えられないし、英語での勉強は辛いし十分身につくか自信がない。そちらの方がいいというイメージは湧きません。MBAを取得した後は先ず国内で就職先を探します」
山:「すると、前提条件がすっかり変わるかも知れませんね」
相:「どう言う意味ですか」
山:「いや、国内MBAの就職市場での評価は期待するほど高くない可能性が大きい。下手をすると、職場のエース人材ではなくて、仕事に不満を持っていた人材なのかも知れない、くらいの意地悪な評価を受ける可能性があります。あなたが人事評価者なら、そう考える可能性がありませんか」
相:「それは十分あり得る話です」
山:「途中に転職があるとしてもキャリアの連続性への評価、スキルの向上などに対する影響を過小評価しない方がいいということではないでしょうか。
つまり、35歳をスタート時点として区切る場合に、MBAの選択肢を選ばない方が得になっている可能性が大きいということです。これは、機会費用に関する前提条件がすっかり変わっていることを意味しますし、人生そのもののゴール変更になります」
相:「気がついたら、すっかり人生相談になっていましたね」
山:「それは、それで良かったのではないでしょうか。ベターな結果が得られたのですから喜んで下さい」
【人生相談の一般理論】
人生相談において純粋な意思決定としての合理性を追求すると、「サンクコスト」と「機会費用」を徹底的に洗い出して処理することが中核であり、これ以外に方法がないという点で、この方法が一般手順であり、一般理論でもある。後は、これをどれだけ丁寧にできるかだ。
そして、この人生相談の対価をせいぜい相談に対するものとして考えるか、なぜか資産運用ビジネスの大きな額のフィーとして得ようとするかによってビジネスとしての姿勢には真逆な効果が現れる。
仮に、架空相談の後に、架空の感想を付け加えるなら、「相談の実質が人生相談になることが多いなあ」、「マネー相談自体は答えが簡単に出るなあ」、「前提自体がひっくり返ることが少なくないなあ」といった、感想を付け加えることになるだろう。
資産運用と人生相談にあっては、何れも、「サンクコスト」の徹底的な無視と、「機会費用」を見落とさないことが重要になる。