※本記事は2009年4月17日に公開したものです。
「日本経済新聞」(2009年4月12日)の記事
4月12日(日曜日)の「日本経済新聞」(第13面)の「SUNDAY NIKKEI」に「今さら聞けない投資の基礎(中)」として、主に投資信託の保有コストに関するデータと説明が載っていた(執筆者は田村正之編集委員)。日曜日の同紙は長年、投資に関する説明を載せているが、今回の記事の内容は特に重要であり、資料性が高い。読者には切り抜き保存をお勧めしたい。
お手元に「日本経済新聞」がない方もいらっしゃるだろうから、今回は、記事が取り上げたデータを紹介しつつ、ポイントを整理しよう。
記事は、主にデータから、(1)ファンドの保有コストが利回りに与える影響、(2)投信のタイプ別の保有コスト、(3)TOPIXを上回ったアクティブファンドの比率、(4)保有コストと投信のリターンの関係、(5)為替手数料の保有コスト、を紹介している。
(1) 長期に保有するとコストの影響は「複利で効く」
記事は、まず、商品の中身に年率4%の利回りがあった場合を例に、保有コストで実質的な運用利回りが下がると、運用資産の成長にどう影響するかを計算してグラフで紹介している。
保有コストが0%、1%、2%、3%だと、20年後の資産額はそれぞれ期初の219.1%、180.6%、148.6%、122.0%となる。保有コスト年率1%あたりの運用結果の資産額の差は、全体の利回りが大きくなるほど、大きく影響する。
これは、簡単な複利計算で求めることができる数学的な事実だが、投資教育の初期に教えておくべき重要事項だ。旧来の投資教育では、「複利の効果」として、長期的に運用すると資産の成長は大きなものになるという面だけが強調される傾向があったが、手数料等の保有コストで実質的な利回りが低下すると、その影響も複利の利回りの差を通じて大きなものになるという点も注意が必要だ。
保有コストの大きな商品を選ぶか、小さな商品を選ぶかは、投資家自身の努力によって選択が可能な問題であり、特に、運用期間が長期化する場合、軽視できない。
(2) アクティブ型の保有コストは高い
記事では、QUICK・QBRの調査に基づいて、2008年6月時点での、投信のタイプ別の平均的な販売手数料率と信託報酬率を紹介している。
販売手数料は一時的な手数料だから、保有期間を長期化させることによって、1年当たりの保有コストを、いわば「薄める」ことができるが、信託報酬は継続的にかかる費用なので、運用期間が長期化するほど後者の影響が大きくなる。
信託報酬を比較すると、国内株式ではアクティブ型で1.47%、インデックス型で0.69%、海外株式の場合アクティブ型が1.74%、インデックス型が0.93%と、アクティブ型の保有コストがかなり高いことが分かる。海外債券で運用するファンドでも、アクティブ型は1.29%、インデックス型は0.74%とかなりの差がある。
販売手数料にも内外の株式や外国債券の場合1%前後の差があるので、アクティブ型の保有コストはかなり高くつくことが分かる。
(3) アクティブ型の運用成績は市場平均を下回る
ここまでのデータを見ると、保有コストが高いのにアクティブ型のファンドを選ぶ意味があるのかということが問題になるが、この関心に応えるデータが載っている。モーニングスター社のデータによるとして、過去10年間で、国内株式型のアクティブファンドで、市場平均を上回ったものが全体の何%あるかを各年毎に集計している。
記事の本文でも「むしろコストが高い方がリターンが低くなりがち」とのコメントを紹介しているが、99年から08年までの10年間で、アクティブファンドが半分以上市場平均を上回ったのは、99年と05年、それに微差だが03年の3年間だけだ。これらの三つの年は、それぞれ市場平均が大きく上昇していて、記事本文で、アクティブ型のファンドは相場の上昇時に市場平均を上回りやすい傾向があるとのコメントが紹介されている。
相場の上昇時にアクティブファンドが好調なのかどうかについては、多少の留保が必要かも知れない。振り返ると99年は「ITバブル」の末期だったし、05年はライブドア社がさまざまな話題を提供したようなIPOブームの年だった。アクティブファンドの中にはIT銘柄に集中したものがあったり、東証一部以外の銘柄を組み入れていたり、必ずしもTOPIXが比較相手としてふさわしくないファンドがあった可能性がある。相場の上昇時はアクティブ型がいい、と言い切っていいのかどうかは微妙だ(むしろ、マーケティング的には「相場の上昇時はインデックスファンドでいい」と言われることが多い)。
それに、いつが相場の大幅上昇時かということは事前には分からないし、長期で資産形成するとすれば、相場の上昇時も下落時もあるのだから、長期的な勝ち負けを重視すべきだ。
(4)アクティブ型は成績にバラツキがあり同時に平均値が低い
記事では、過去5年間のデータから、信託報酬率とファンドのリターンの関係をグラフにして見せている。このグラフを見ると、信託報酬率が高くなるほどファンドのリターンにバラツキが生じていることが分かる。
アクティブ運用の場合、市場全体の上下のリスクに加えて、アクティブ運用の正否に関わるリスク(アクティブ・リスク)が増えることは自明だから、当然の結果だ。
投資の一般的な価値判断として、アクティブ型は、リスク(リターンのバラツキ)が大きくて、且つ平均的なリターンが市場平均を下回るのだから、インデックス型に明白に劣る。
(5)外貨投資で為替の手数料は大きい
記事は、保有コストに影響する要素として、外貨投資する場合の為替に関わる平均コストを、外貨預金、証券会社の為替手数料、FXに分けて、通貨別に集計している。外貨商品に投資する場合には重要なファクターなので、ぜひ、参照されたい。
「いいファンドを選ぶ」ことはできるか?
日経新聞が紹介したデータによると、アクティブ型の投信は、保有コストが高くて、平均的な成績が市場平均に劣る。これは、アメリカなどで繰り返し調べられている事実とも整合的だ。
問題は、それでもアクティブファンドに投資する意味があるかということだ。
記事の本文では、FPの台詞として「市場平均を上回る成果を上げているアクティブ型投信もあるので『自分は見る目がある』という人は意欲的に探してみてはどうですか」と述べている。これは、アクティブファンドの存在意義にも希望の余地を残した優しい書き方だが、どのように探すといいと方法を述べていないことからも推測できるように、市場平均を上回るアクティブファンドを事前に選ぶ方法はない。記事にははっきり書かれていないが、この点が重要なポイントだ。
残念ながらデータは紹介されていないが、過去の運用成績の良し悪しは、将来の運用成績と関係がないというのが、運用業界の常識だ。すでに出た結果を見て、過去に良かったファンドを選ぶことはできるが、これは、将来の運用成績とは関係ない。
考えてみよう。仮に、市場平均に勝つ「いいファンド」を事前に選ぶことができるなら、資金はそうしたファンドに集中するはずだが、現実にはそうなっていない。また、運用のプロ同士でも、勝てない運用者(会社)が、勝てる運用者(会社)に運用を再委託することが起こるだろう。
また、仮に第三者がファンドの運用の良し悪しを評価できるのだとすれば、この人は、市場平均に負けるファンドのファンドマネージャーよりも運用をよく理解していると考えることが自然だろう。
まさにアクティブ運用の成績に表れているように、株式の運用にあって、市場平均に勝つ銘柄を探すことは難しい。市場平均に勝つファンド(ないし運用者)を事前に選ぶのも、同じくらい難しいと考えるのが常識的には妥当だ。
結論を整理すると、まず、(A)アクティブファンドの運用成績の平均は(保有コストの高さのゆえに)インデックスファンドに劣る。加えて、(B)相対的に優れているアクティブファンドを事前に選び出すことは不可能だ。経験的にも、理屈の上でも、これら二つの命題が同時に成立している公算は、極めて大きい。
論理的な結論は、(C)アクティブファンドに投資することは運用成績の観点からは意味がない、ということにならざるを得ない。
日経の記事が言うように、「自分は見る目がある」と思う人は、それこそ自己責任でアクティブファンドに投資するといいかも知れないが、アクティブファンドへの投資の意味は「そのファンドが好きだから」「そのファンドを応援したいから」あるいは「自分の選択眼を試してみたいから」(選択眼だけなら実際に買わなくても試せるが)といった精神的な楽しみにならざるを得ない。
筆者は、この種の楽しみの意義を否定しないが、現実を正確に知った上で、コストを認識しつつ、あくまでも「楽しみ」としてアクティブファンドに投資すべきだと思っている。
また、年金運用などの場合、アクティブファンドの運用手数料は資産残高に対して0.2%からせいぜい0.4%くらいのことが多い。インデックスファンドの手数料が0.1%を下回るとしても(いずれも運用を委託する金額によって異なる)、アクティブ運用の対価はリテール向けの投信では随分高い。年金運用でも、アクティブ運用の対価は、調査のコストやファンドマネージャーの判断の手間あるいは技術料という建前だ。アクティブ運用、インデックス運用の差は投信でも基本的に変わらないはずだ。そう考えると、リテール販売向けの投信のアクティブ運用に対する対価はいささか高いと感じる。精神的な「楽しみ」に相応な程度に、アクティブ運用の手数料が下がってくれると喜ばしい。アクティブ運用商品を出している運用会社には、良心的な価格改定を期待しよう。
【コメント】
筆者の人生の職業的アイデンティティーは「ファンドマネージャー」だ。そして、「アクティブファンドのファンドマネージャー」だった。「評論家」にはなりきれていない。本記事は2009年のものだが、再掲載記事を辿ると、アクティブ運用に対する認識が時代を追うごとに変化していることが分かって、自分の事ながら少し面白い。
この記事の段階では、(A)アクティブの平均はインデックスに劣り、(B)事前に良いアクティブ運用を選び出す方法がないとすると、(C)アクティブ運用を選ぶことは経済合理的ではない、という「運用業界の不都合な真実」についてのんびりと気づいている。
しかし、むしろインデックス運用の銘柄入れ替えなどを怪しんでいて、良心的な手数料水準のアクティブファンドはインデックスファンドに勝ると思っている。「平均投資有利の原則」について、当時から理屈は分かっていたが、まだそれほど重大なものだとは気づいていない。(2023年12月19日 山崎元)