発行部数24万部超えのベストセラー小説『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』(東洋経済新報社)が話題です。「お金」をテーマにした本というと、投資や節約などで手元のお金を増やすことを目的としたものが多いものですが、本書の目指すところは「お金に対する認識を根本から変えること」だと、著者の田内学さんは話します。

 今回はそんな田内さんに、本書を執筆した経緯や目的、田内さんの考える「お金との向き合い方」などを聞きました。

田内学(たうちまなぶ)さんプロフィール

お金の向こう研究所代表、社会的金融教育家。1978年生まれ。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。以後、16年にわたって日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。2019年に退社後、コルク代表・佐渡島庸平氏の下での修業を経て執筆活動をスタート
 

「やらない」より「やる」を選んで、ベストセラーに

――『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』の大ヒット、おめでとうございます。読ませていただきましたが、ビジネス本ながら小説の形になっているので読みやすく、冒頭からグイグイ引き込まれました。

田内さん:ありがとうございます。中高生以上の幅広い年代の方に読んでもらいたかったので、そう言っていただけるとうれしいです。書き上げた原稿は、中学生になる僕の子どもに最初に読んでもらって、意見を聞きました。その時に、分かりにくいと指摘された箇所を一つ一つ修正していったので、最終的に誰にとっても読みやすい仕上がりになったかなと思っています。

――本書は田内さんにとって3冊目の書籍ですが、作家としての活動を始められるまでは名編集者であり、起業家としても著名なコルク代表の佐渡島庸平さんの下で修業されたと伺いました。ゴールドマン・サックス証券で16年間金利トレーダーをやってこられた上での転身ということで、かなり異色の経歴ですね。

田内さん:僕はもともとバリバリの理系で、文章を書くことにはずっと苦手意識を持っていたくらいなので、自分が作家になるなんて思ってもみませんでした。

 本を書きたいと思ったのは、トレーダーの仕事で日々お金と向き合い続ける中で、「このままだと日本の将来はまずいんじゃないか」という思いと、僕なりの「こんなふうになったら、日本はもっと良くなるのではないか」という仮説が生まれ、それを多くの人に伝えたくなったからです。

 とはいえ、ろくに文章を書いたこともなく、何のツテもない自分には無理だろうと諦めていたのですが、友人に佐渡島さんを紹介してもらったことで状況が変わりました。ちょうど人生を見つめ直そうと休職していた時期に、その友人と会って「お前、何か一つくらいやりたいことはないの」と尋ねられたんです。

 そこで、ポロっと「本を書きたい」という思いを口にしたことが、佐渡島さんとの出会いに結び付きました。

――佐渡島さんの下で修業をし、そこからさらにビジネス書の出版社とつながって、出版に至ったと。

田内さん:そんなトントン拍子というわけでもないですけどね。

 でも、佐渡島さんと初めて会った時に「こんなふうになったら、日本はもっと良くなるのではないか」という思いを本にまとめたい、と話したところ、佐渡島さんから「本を作って、その内容が正しければ大勢の人に読まれて、ゆくゆくは田内さんの思いが(当時の)安倍晋三首相にだって伝わりますよ」と言ってもらえたのが、大きなモチベーションになりました。

 後に、安倍さんが出席する勉強会に講師として登壇することになり、実際に思いを伝えられた時は感慨深いものがありました。

 加えて、佐渡島さんに手取り足取り文章の指導をしてもらえたのもラッキーだったと思います。佐渡島さんからの提案で、当時連載中だったマンガ「ドラゴン桜2」の三田先生との打ち合わせに毎回同席させてもらうなど、貴重な体験もできましたし。

「ドラゴン桜2」には印象的なセリフがたくさん出てきますけど、その一つに「やらない」方向に成功はない、「やる」方向には失敗もあるが成功の可能性は常にある。本当のバカはやらないやつだ――みたいな言葉があるんです。これ、実は雑談中に話した僕のポリシーを、三田先生がマンガに取り上げてくださったものなんです。

 僕が『きみのお金は誰のため』をようやく全部書き終えて、ちょうど初校が出たくらいのタイミングだったかな。佐渡島さんに「これはこれでいいけど、もう一度最初から全部書き直したら、もっといい作品になるんじゃない?」と言われて。

 3~4カ月くらいかけてようやく書き上げた何万字もある原稿を、もう一度全部書き直せと言われたら、頭が真っ白になるじゃないですか(笑)。普通なら「やらない」という選択をすると思うんですけど、僕はそこで『ドラゴン桜2』のセリフにもなった、自分のポリシーを思い出したんです。

 この本を書くにあたって、僕は「なるべく多くの人に読んでもらいたい」と思っていました。だったら、完成度を高めるために、できることは何でもやるべきじゃないだろうか――そう思って、佐渡島さんの助言どおり一からまた全部書き直したんです。だから僕、この本2回書いているんですよ。

自分のお金を増やすことしか考えないと、競争が激化するだけ

――『きみのお金は誰のため』の序盤で、お金の指南役である「ボス」が「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯めても意味がない」と言い、主人公が「そんなの謎過ぎる、すべて真逆じゃないか」と疑問を呈する場面が印象的でした。

 主人公は中学生ですが、現実には大人も含めて、ボスの言葉の真意をとっさには理解できない人が多そうです。

田内さん:そうですね。最近の日本は投資ブームで、お金があれば何でもできると思っている人が多い気がします。一方で、お金が関わる問題の「本質」については、あまり話題にされていません。

 本質とはどういうことかというと、例えば今は、多くの人が年金に不安を感じており、新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)などを活用して老後資金を増やすことに高い関心を持っていますよね。実際、老後に向けて資金準備をするのは大事なことです。ただ、みんなで頑張ってお金を貯めるだけでは、大元の問題は解決できません。

 当たり前ですけど、お金があっても、お金そのものが病気を治したり、介護をしてくれたりして、老後に直面しがちな問題のあれこれを解決してくれるわけじゃない。お金はただの道具に過ぎず、実際に問題を解決するのはあくまで「働く人」です。

 しかし、このまま行くと働く人の数が減り続けます。そうなると、供給されるモノやサービスも減ってしまう。いずれは、モノやサービスが欲する人全員に行き渡らなくなるでしょう。希少なものの値段は上がっていくのが必然なので、物価は上昇していきます。

 まるで、座れるイスの数がどんどん減っていくイス取りゲームのように、お金を出せない人がはじき出される構図が鮮明になっていきます。

――そういえば、5年ほど前に「必要な老後資金=2,000万円」という試算が話題になりましたが、最近は「インフレが加速するなら、単身者で3,000万円、夫婦で5,000万円必要になる」という見方が出ています。

 短期間でグンと金額が上昇していることに驚かされますが、この数字だけ見ると「イス取りゲームに勝つには、もっともっと頑張ってお金を増やさなければ」という気もしてしまいますね。

田内さん:私たち一人一人が自分のお金を増やすことを頑張るだけでは、競争の激化は止められません。さらに物価が上がって、ますますお金が必要な事態になるだけです。まさに『きみのお金は誰のため』で詳しく描いた部分ですが、それぞれが老後に向けてお金を増やそうとしても、それ以上のインフレが起きるだけで問題解決にはなりません。

 ただお金を増やそうとするだけでなく、問題の本質を注視し、インフレ下での過度な競争社会を回避する道を模索していかなければなりません。

 移民を受け入れたり、有効な少子化対策を打ち出したりして人口を増やすことも一案。また、少ない人数で効率的かつ持続的に社会を支える手だてを考えることも必要です。元凶となっている社会問題の解決に多くの人が関心を持ち、知恵を寄せ合っていくようになれば、イス取りゲームのイスの数は減る一方ではなく、次第に増えていく可能性もあります。

社会を良くしようと考えることは「利他」ではない

―――選挙の投票率の低さなどにも表れていますが、日本では「社会を良くするために、自分が何かしたい」と考えている人が少数派という気がします。自分のことだけでなく社会について考えるというのは、心に余裕がある状態でないと難しいのでしょうか。

田内さん:社会について考えることは決して「利他」的なことではないんです。社会とは「自分を含む自分たちの話」である――という視点が抜け落ちているのかもしれません。例えば、極端な円安になってしまうと、輸入してくるエネルギー原料のコストが上がるので、電気代なんかも高くなる。もちろん、その他の輸入品も全て値上がりして、家計を圧迫します。

 自分たちの生活にダイレクトに影響してくるこうした問題を、多くの人に「自分ごと」として認識してもらい、じゃあどうするかという議論を活発化させることが、日本の社会、経済を良くしていくためには絶対に必要です。「きみのお金は誰のため」を中高生にも読めるように意識したのは、特に若い人たちにこそ、こういう意識を持ってもらいたいと考えたからです。

 2024年に日本財団が日本、米国、イギリス、中国、韓国、インドの17~19歳の男女を対象に行った「18歳意識調査(国や社会に対する意識)」の中に、「自分の行動で国や社会を変えられると思うか」という質問項目がありました。日本人でYESと回答した人の割合は46%で、6カ国中最下位。日本の若者の自己効力感の低さが浮き彫りになっています。

 ただ、同じ質問を2年前の同じ調査でした時は、YESの割合が20%台、5年前にした時は10%台だったことを考えると、直近でだいぶ意識が変わってきていることが分かります。だからこそ、僕は若い人たちに期待しているし、正しくお金について学んでほしいんです。

 

――2022年度から高校の授業に金融教育が導入されて、お金について学ぶ機会が設けられるようになりました。これはいい傾向といえるでしょうか。

田内さん:金融教育の授業でも、株や債券なんかに投資する話をすることが多いようなのですが、ここまでにもお話ししてきたように、それだけでは不十分です。

 自分がお金を出して「投資する側」になることばかりでなく、自分が何か社会に役立つことをするため、挑戦をするために誰かにお金を出してもらい、「投資される側」になることだってできるんだよ、ということもきっちり教えてほしい。

 先ほど、少ない人数で効率的かつ持続的に社会を支える手だてを考えることが必要、とお話ししましたが、そのためには生産性を高めるようなイノベーションを起こす人たちに、投資されたお金が流れることが重要です。究極的には、投資する人以上に投資される側の人が増えていくことが理想です。

――若い世代はもちろん、その親世代、教育する側にも『きみのお金は誰のため』を読んでもらいたいですね。本書の冒頭で、主人公が将来について先生に問われて「年収の高い仕事に就きたいです」と答えていましたが、読了後には「年収の高い仕事に就くよりも大事なことがある」と気付かされました。

 お金について見直す中で、自分にとって本当に大事なものは何かを考えさせられた思いです。ちなみに、田内さんご自身が一番大事にされているものはなんですか?

田内さん:月並みですが、家族、子どもという答えになります。だからこそ、これから子どもたちが生きていく世界をより良いものにしたい――そんな思いも込めて書きました。この本が、親子でお金の本質を見直すきっかけになればうれしいです。

書籍紹介

きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」(東洋経済新報社)