「一つの中国」と「中華民国台湾」

 三つ目に、中国共産党、解放軍、そして国内世論内部における気運の変化です。端的に言えば、中国国内では、台湾における“台湾化”が内外の影響を受ける形で進んでおり、このまま放っておくと、台湾独立が既成事実化してしまうという懸念が急速にまん延しています。

 私自身、人民解放軍の関係者らと議論をしていると、「この期に及んで何を躊躇(ちゅうちょ)する必要があるのか? いま武力行使で統一しなければ、契機はますます遠のいてしまう」という思いがひしひしと伝わってきます。軍人が問題解決に軍事的手段を見出すのはどこの国でも同様でしょう。

 習近平率いる共産党は、政治、経済、外交などさまざまな分野、角度から、プラスマイナスを含め総合的に考慮、判断した上で決断するのは必至。故に、解放軍関係者の軍事的主張をうのみにするのは理性的ではないと私は考えます。解放軍はどこまでいっても共産党の軍なのです。

 仮に、中国が台湾に武力行使をした場合、それは「解放軍の暴走」などでは決してなく、「共産党の意思」によるものです。

 実際に、最近の台湾の動きを見ると、確かに“台湾化”を彷彿(ほうふつ)とさせる動向が見られます。中国側が特に気にしているのが、昨年5月20日、蔡英文氏が第15代総統就任演説にて、初めて「中華民国台湾」という表現を使用した事実です。これまで、公の場では「中華民国」、あるいは「台湾」と語ってきました。この新たな表記は、近年台湾内部で高まる、国号を「中華民国」から「台湾」へと変更する要望に応えたものだと理解できます。

 実際に、とりわけ香港での混乱を受けて、台湾人の「中国」への信用や好感は下がっており、香港人が香港人アイデンティティーを高める以上に、台湾人アイデンティティーを高め、あらゆる分野で中国とは一線を画す施策が試みられています。

 例えば昨年9月、台湾政府はパスポートの「TAIWAN」(台湾)の英語表記を大きくし、「REPUBLIC OF CHINA」(中華民国)を小さくするデザイン変更を発表しました。当局は、「台湾市民が中国国民と混同されるのを避けるため」と説明しています。

 これらの動向は、中国の党・政府・軍関係者だけでなく、知識人や一般市民の対台湾ナショナリズムを刺激しているようです。旧知の中国中央電視台(CCTV)の番組編成を担当する幹部は、「我々はどんなことをしてでも台湾を取り返す。これは既定路線だ。それができなければ、中華民族は中華民族としての存在意義を失う」と語気を強めて私に言いました。

 そう、主語は「我々中華民族」なのです。官と民、都市部と農村部、富裕層と貧困層、国内居住者と海外華僑といった区別はほぼ存在せず、挙国一致で「祖国の完全統一」を願い、それを脅かす勢力や動向に対しては、武力行使をしてでも阻止するという選択と行動を、絶対多数の中国人は支持するでしょう。そういう気運や趨勢(すうせい)が、昨今、目に見える形で高まっている。中国全土を覆うこの世論は、習近平の政治的意思決定に影響を与えずにはいません。私から見て、習近平にとって、いまだ不確定、不透明な任期内における最大の政治目標が台湾統一です。解放軍と世論に背中を押され、かつ自らの政治的野心に火がついた場合、習近平がいまだ放棄していない武力の行使に打って出るシナリオは現実味を持ちます。そして、その可能性は21世紀に入って以来最も高まっていると言えるでしょう。

 これが三つ目の理由です。