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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「夏季ダボス会議が中国で開催。李強首相が語った経済政策と米国へのけん制」
李強首相が中国政府を代表して大連夏季ダボス会議に出席
6月25~27日、世界経済フォーラムが主催する夏季ダボス会議が中国遼寧省の沿海都市・大連で開催されています。コロナ禍で中断していた経緯もあり、大連での開催は5年ぶり。中国では、大連市と天津市が交互に主催しており、コロナ禍明けの昨年は天津で4年ぶりに開催されていました。
今年で15回目となる夏季ダボス会議ですが、中国はこの国際会議を戦略的に位置付け、活用しようとしてきました。毎年スイスのダボスで行われるダボス会議は、世界各国から政府首脳、ビジネス&オピニオンリーダーなどが集結する、世界を代表する官民融合の国際会議と言えるでしょう。冬に開催されるそんなダボス会議の夏季版を自国に誘致し、毎年開催する権利を得たわけですから、中国にとっては大きな投資であったはずです。
中国としては当然、夏季ダボスを開催する過程で、あるいはその結果として、中国の経済と市場が世界に開かれていることをアピールし、より多くの外資を中国に誘致することで、国際社会における孤立を回避し、中国経済の持続的成長を実現していきたいという思いなのでしょう。
一方の世界経済フォーラム側にも戦略的意図があるはずです。
中国が国際関係や世界経済システムの中で、内に閉じこもるのではなく、国際社会と融合し、制度やルールを共有した上で、開放的、包容的な市場、社会になっていくプロセスに積極的に関与(エンゲージ)するという目的があるのでしょう。だからこそ、ダボス会議の夏季版を開催する権限を付与したのだと思われます。
開幕日だった25日、中国政府を代表して出席した李強(リー・チャン)首相は世界経済フォーラムのシュワブ会長と会談し、中国と同フォーラムが密に連携、協力していく点で合意しています。
中国経済の現在地と中国政府の「野望」
25日、李強首相は基調講演を発表しました。私が注目した発言のポイントは以下です。
・中国の水力、風力、太陽光、原子力発電の設備規模は長年世界一を保持しており、再生可能エネルギー設備が占める割合は50%を超える。
・中国企業が生産する電気自動車、リチウムイオン電池、太陽光発電商品などは国内需要を保障すると同時に、国際市場における供給を豊富にし、世界のインフレ圧力を緩和し、気候変動問題への対応に積極的な貢献をしてきた。
・中国は市場化、法治化、国際化したビジネス環境の構築に力を入れ、市場参加や公平な競争を制限する不合理なルールを取り除くことで、あらゆるイノベーション要素を企業に集結させ、優秀な起業家精神を大々的に奨励し、企業がもたらす活力を十分に放出させる。
・中国市場は開放的な大市場である。外国企業と中国企業は公平な舞台で技術を競争し、交流、競争していく。
・今年に入ってから、中国経済は回復、改善の趨勢(すうせい)を示しており、1-3月期は前年同期比5.3%の成長を遂げ、良いスタートを切った。4-6月期も引き続き安定の中で改善を見せるだろう。通年で5%前後の成長目標を達成する自信と力を我々は有している。
これらの発言に対して、ツッコミを入れたくなる見方もあるでしょう。対外輸出が急増している中国の電気自動車には、過剰生産を助長しているという批判が欧米を中心に提起されています。中国市場は閉鎖的で、グローバルスタンダードとは相いれないという疑念も投げかけられています。中国国内において、中国企業と外国企業は公平ではなく、後者はますます排除されるようになっているというのが近年における広範な認識だと思います。
従って、李強首相が何を語ったかよりも、中国政府が今後実際にどう動いていくかを我々は真剣に観察しなければなりません。
李強首相は、シュワブ会長との会談で次のように語っています。
「昨今、世界経済の回復が遅れているが、新たな成長の原動力を探しだすことが鍵を握る。未来の産業は世界経済の成長にとって最も活力に満ちた力になる。人工知能、バイオ技術、グリーンエネルギーを代表とする技術革新は高成長をもたらす新たな舞台と業態を創造するだろう。中国は『人工知能+』と題した行動を展開しているが、人工知能の広範な応用を通じて経済成長に強靭(きょうじん)な原動力を注入しようとしている」
中国政府が今後特に注力しようとしている分野を野心的に語っています。人工知能、バイオ技術、グリーンエネルギー。特に、最初のAIの発展に政府主導で大々的に投資をしていくと言っているのです。我々が今後、中国の市場や産業を見ていく上で重要な情報だと思います。
李強首相が語った「世界経済の成長が鈍化している理由」
中国の首脳がダボスのような国際会議で発言する場合、名指しすることはめったにありませんが、往々にしてライバルである米国を暗にけん制、批判することが多いです。
今回もそうでした。
李強首相は基調講演の中で次のように語っています。
「世界経済の成長ジレンマに直面する中で、各国が自国の利益を最大化することだけを考え、他者の利益を顧みず、歴史を逆走し、デカップリングや『スモールヤード・ハイフェンス』といった措置を取れば、経済運営のコストは上がり、地域間の経済連携は引き裂かれ、矛盾と紛争が激化し、世界各国が経済成長のパイを奪い合う競争に走る中で、パイ自体はどんどん小さくなっていくという悪循環に陥ってしまう」
李首相が言及した「スモールヤード・ハイフェンス」(小さな庭に高いフェンスを設ける)というのは、重要な先端技術分野を『小さな庭』の範囲に特定した上で、その分野の技術は流出しないよう『高いフェンス』を設けて厳格に管理する、という概念を指し、米国のバイデン政権による、中国を念頭に置いた経済安全保障政策です。中国政府はこれを中国に対する「封じ込め」政策だとして批判してきました。
李強首相がこの文言を使ったということは、上記の段落は米国を念頭に語られているということです。米国が対中通商政策で取っているデカップリングやスモールヤード・ハイフェンスといった措置こそが、世界経済にとってのリスクになっているというナラティブを、夏季ダボス会議という舞台を活用することで、国際世論に訴えたかった。これが中国政府の思惑なのでしょう。
先端技術や通商政策を巡る米中間の攻防は引き続き世界経済にとっての不安要素になります。バイデンVSトランプの構図で推移している米国の大統領選挙の模様を含め、引き続き密にウオッチしていきたいと思います。