トランプ革命と貿易戦争の行方

 貿易戦争が相場のメインテーマの一つとして戻ってきた。このところのマーケットは、米中貿易交渉の行方を楽観視し過ぎていたようだ。日本が長期休暇の間、米国株は再び高値圏で推移し、マーケットは楽観と安穏の中にあった。貿易戦争は双方にとってメリットがないということは米中ともに理解しており、交渉はスムーズに進むだろうという期待に包まれていた。しかし、産業補助金の扱いや、発動済みの関税の扱いなどを巡り、米中間の溝は埋まらず、マーケットが抱いていた期待はトランプ米大統領のツイッターによっていとも簡単に打ち砕かれた。

 去年10月に米ハドソン研究所で行われたペンス米副大統領の講演を思い出してほしい。中国が政治、経済、軍事的手段、プロパガンダを通じて米国に影響力を行使しているとして中国を激しく非難した。ペンス氏の強い姿勢に米中新冷戦の幕開けとも言われた。今回、中国が通商交渉において約束を反故にしたというのは、米国の態度を硬化させたあくまで一つの側面に過ぎない。水面下では米中間において安全保障全般を含めた激しいせめぎ合いがなされている。4月26日に米外交問題評議会でFBI(連邦捜査局)のクリストファー・レイ長官が講演を行なった。その一部を抜粋してご紹介しよう。

「以前にも増して経済スパイ活動が脅威となっている。そのターゲットは国家インフラ、斬新なアイデア、イノベーション、研究開発、先端技術などの国家資産となっている。そして、中国ほど広範かつ執拗にこうした機密情報を盗む脅威をもたらす国は他にはない。それは中国のインテリジェンス組織、国営企業、プライベート企業、大学院生、研究者等、多くのプレーヤーが中国という国家の代わりに働いている。

FBIは全米56のオフィスで企業犯罪の捜査を担当しているが、犯罪のほとんどが疑いなく中国によるものである。またその企業スパイはあらゆる業界に広がっている。私が話している事例は「正当な競争」とはもちろん言えず、常軌を逸した不当な競争だ。それは法律違反であり、安全な経済活動にとってあきらかな脅威である。そして結局は国家安全保障の問題につながる。

しかしもっと根源的な問題がある。これらの行動は法律を犯しており、国際競争における公正と誠実の原則を破るものである。第二次世界大戦後に世界で合意されたルールを破るものである。中国は米国の犠牲のもとにいろいろなものを盗んで経済成長の階段を駆け上がろうと決めているに違いない。一つ言っておく。米国はどんなことがあっても彼らのターゲットにはならない。

中国のアプローチは大変戦略的であり計画性がある。目的を達成するために、彼らは今までにないやり方を取ってきている。それは合法だけではなく非合法なものも使っている。例えば企業への投資や買収を行い、それとともにサイバー攻撃で企業に入り込んだり、サプライチェーンを攻撃したりする。中国政府は大変長期的な視点を持っている。とても計算高く、狙い撃ちをし、忍耐強く、そして執拗。彼らはテクノロジーを使って目的を達成する。

そのテクノロジーというのは5Gの様な通信技術、AI、機械学習、仮想通貨、無人飛行機など。久しぶりに政府に戻ってきたら、赤信号があちこちで点灯している。こういった状況を私は数十年続く脅威と呼んでいる。それはこの国の在り方を決め、また我々を取り巻く世界も変わってくる。今後10年、20年、50年後我々がどのようになっているか、それはこういった脅威を如何に対処していくかによって決まっていく。」

 一連の展開について、トランプ政権のピボット(方向転換)やトランプ大統領の手のひら返しというような報道も見受けられるが、決してそうではない。トランプ大統領は就任当初から全くぶれていない。これまでと同じ土俵には上がらず、トランプ大統領独自の手法と流儀で政治を行なっている。既存勢力に絡め取られては世の中を大きく変えることはできない。トランプ大統領の誕生は米国の建国以来、真の意味での政権交代が初めてなされたことを意味している。

 トランプ大統領は就任演説で「ずっと前から、ワシントンDCの小集団・エスタブリッシュメントだけがもうけ、あなたたち米国民は失業や貧困にあえいでいる。だが今日からは違う。米政府はあなたたち米国民のものだ。この運動は、米国の国家を(少数のエリートや軍産複合体から解放し)、米国民のための存在に変えるためにある。」と語った。

 トランプ大統領はグローバリストではなくナショナリストであり、米国内の仕事が増え、米国の経済が成長すればよい。エスタブリッシュメントと言われる既存のエリート達にとっては到底我慢ならない考え方であろうが、そうした単純な価値観に基づいて政策を決めている。トランプ大統領にとってはグローバルの経済やサプライチェーンがどうなろうが知ったことではない。彼が気にしているのは目の前に積み上がった米国の貿易赤字であり、米国の雇用である。こうした発想の一環にあるのが今回の米中貿易戦争であり、米中の交渉にも表れている。そう考えればいたってシンプルである。

 トランプ大統領にとって貿易戦争は通貨切り下げへの序章に過ぎない。貿易戦争に勝者はいないというのは歴史がすでに証明しており、米中ともに損を被ることになる。しかし、トランプ大統領はそれでもいい。数量規制をしようが高い関税をかけようが、どのみち貿易赤字は減らないので、最後は為替で調整する。次の選挙でトランプ大統領が再選を果たした場合は、プラザ合意2.0を実行するだろう。今回はあくまでそのお膳立てである。したがって、貿易戦争はすぐには終わらない。それは簡単な理由ではなく、ペンス副大統領やFBIのレイ長官が指摘しているように安全保障の根幹に関わる問題が根深く横たわっているからである。

 世論調査会社ギャラップが先月実施した世論調査によると、トランプ大統領の支持率は過去最高の46%となった。このまま経済が好調を維持すれば支持率は50%を突破する可能性があり、来年の米大統領選での再選に向けプラス材料になり得るとも言われている。トランプ大統領は再選に向けてこれからもハードなことをやってくるだろう。貿易戦争も通貨戦争ももっとひどくなる。貿易問題を大きくして、最後は負債を減価するために通貨の切り下げを行うというのが米国の常とう手段である。トランプ大統領は隠し玉としてGESARA(世界経済安全保障および改革法)を用意していると噂されているが、これについてはまた別の機会に取り上げたい。

ドル/円(月足) 為替の歴史は政治の歴史…米国のご都合主義で動いてきた。

出所:石原順