多彩な状況になった金(ゴールド)相場

 シンプルを多彩に、については次の事例が参考になります。以下は、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始して世界中が一気に有事ムードに包まれた2022年の各種銘柄の騰落率と、その時の金(ゴールド)の値動きの背景です。

図:ウクライナ危機が発生した2022年の各種銘柄の騰落率など

出所:マーケットスピードIIなどのデータをもとに筆者作成

 世界的に有事ムードが高まった2022年の金(ゴールド)の騰落率は、ドル建てがマイナス0.3%、円建てがプラス19.9%でした。シンプルに「有事の金買い」に従えば、世界の指標であるドル建ては上昇するはずですが、実際はそうなりませんでした。このケースでは、過去の同じような事象にあてはめて相場の方向性をうらなう「シンプル」な考え方は誤りだったわけです。

 こうした値動きの背景を図の右で説明しています。2022年のドル建て金(ゴールド)相場は、資金の逃避先需要を生む「有事ムード」、株の代わりの「代替資産」、ドルの代わりの「代替通貨」の三つのテーマ起因の上下の圧力に挟まれ、結果的にほぼ動かず、だったと考えられます。

 有事発生を受けて資金の逃避先需要が増したり、株価が乱高下したりして二つの文脈で金相場(ドル建て)に上昇圧力がかかったものの、FRB(米連邦準備制度理事会)が利上げを急いだことをきっかけとしたドル高によって「代替通貨」起因の下落圧力が同時にかかりました。

「シンプル」な発想どおりに相場が推移しなかったのは、現在の金(ゴールド)相場が、多彩な状況になっているためです。「有事ムード」だけでなく「代替資産」と「代替通貨」を、同時に考慮する必要があるのです。

 さらに状況を混乱させたのは、円建て金(ゴールド)が高騰したことでした。円建て金(ゴールド)価格は、ドル建て金(ゴールド)とドル/円の各相場から計算されているケースがほとんどです。

 当時、FRBによる利上げと日本銀行の緩和的な措置が同時進行し、急速に円安が進んでいました。この急速な円安が円建て金(ゴールド)高騰の最も大きな理由でした。不安拡大をきっかけに日本国内の投資家らが国内で大量に金(ゴールド)を買っているから価格が急上昇している、わけではなかったのです。

 このように、「シンプル」な発想だけでは、ドル建て金(ゴールド)価格の騰落率がマイナスだったことや、円建て金(ゴールド)価格が急騰したことを正しく説明することができません。

 現在の投資環境で価格動向を考えるためには、多彩であることが欠かせません。このことは金(ゴールド)相場に限った話ではなく、新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)で取引が可能な投資信託でもETF(上場投資信託)でも個別株でも同じです。社会の変化を受けて市場環境は変化しています。変化したからこそ、シンプルではなく多彩な発想が必要なのです。