FTX破綻を巡る想定外の事態と、この低迷から脱する道筋

FTX破綻に至る経緯

 FTXとは弱冠30歳で億万長者となったサム・バンクマン・フリード(SBF)氏が創設した暗号資産交換所だ。2019年に創立後、瞬く間にBinanceに次ぐ世界No.2の地位に上りつめた。その様子は2017年創業後、瞬く間に世界No.1に上り詰めたBinanceと似ている。

 ビジネスモデルを見ても、豊富な品ぞろえと100倍を超えるレバレッジ、独自トークン発行による資金調達など類似点は多い。

 AML・CFT対策強化と本人確認強化が進み各国が暗号資産交換業に免許・登録制を敷き規制を強化する中、セーシェルやケイマン、バハマなどに本社を置くことでそうした規制から逃れ、最近でこそ厳しくなったが当初はメールアドレスだけで口座開設できる手軽さでユーザーを増やしていった。

 加えて米株市場のマーケットメーク業者出身のSBF氏は当初暗号資産市場でのアービトラージやマーケットメークを行うアラメダ社を設立、その後立ち上げたFTXにアラメダ社が流動性を供給するビジネスモデルで人気を博した。

 BinanceのCEO、CZ氏も当初はFTXに出資していたが、FTXが急成長してBinanceのライバルに躍り出ると資本関係を解消、その代金の一部としてFTXが発行する多額の交換所トークンFTTを受け取った。

 この両者の対立が表面化したのは11月7日、CZ氏のツイートがきっかけだった。

 Liquidating our FTT is just post-exit risk management, learning from LUNA. We gave support before, but we won't pretend to make love after divorce. We are not against anyone. But we won't support people who lobby against other industry players behind their backs. Onwards.

[私たちの FTT を売却することは、LUNA から学ぶ、(FTX投資の)出口後のリスク管理にすぎません。以前はサポートしていましたが、離婚後は愛し合うふりはしません。私たちは誰にも反対していません。しかし、陰で他の業界関係者に対してロビー活動を行う人々をサポートすることはありません。]

 同時に同氏は5億8,400万ドル分のFTTを売却のために移動したことを明らかにした。

 CoinMarketCapによれば、これはFTTの流通量の1割強にあたる。あるトークンの1割以上保有している投資家が全部売りますよと宣言したわけで、これで価格が暴落しない方が不思議だ。

 かくして11月7日、FTTは3割暴落、FTTを担保に資金を調達していたアラメダ社の資金繰りが急速に悪化、FTXに取付騒ぎが発生、同社の求めに応じる形でBinanceが救済買収の合意を発表した。

 しかし、この合意がBinance側からいつでも破棄できる内容と判明するとFTTの下落が再開、遂には元の水準から9割近く暴落、FTXの財務状況を見たBinanceは市場が懸念した通り買収を白紙撤回、FTXは日本でいう民事再生法にあたるチャプター11を申請、BTCは6月に付けた年初来安値を更新し、1万5,500ドルまで下落した。

FTT/USD価格推移

出典:Trading View

FTX破綻後

 この後、BTC相場はいったん上昇に転じる。最悪の結果となったにせよ、FTXが待つか待たないかという最大の売り材料が終わったことによるBuy the FactとFTXのように本拠地をカリブ海などに置き、グローバルに展開する交換所の破綻処理をどうするのかという問題を米裁判所があっさり引き受けたことによる安心感だろう。

 これが同社が本社を置くバハマや法人格を登録しているといわれるバミューダ諸島で破産処理が行われるとしたら、さらにパニックが大きくなったかもしれない。

 その後、米CPI(消費者物価指数)が弱く出たことによる急速な円高で円建てのBTC価格は下落したが、ドル建てのBTC価格はしばらく底堅く推移した。するとFTXの乱脈経営が明らかになる。

 グループ内での不透明な資金のやり取りや顧客資金の流用などが報じられ、ついには広告塔だった大谷選手や大坂選手に対する訴訟まで提起された。あたかも、FTTの暴落やFTXの破綻は同社の乱脈経営による特殊なケースで他の暗号資産や交換所は大丈夫だと言わんがごとくだった。

不安心理の拡大

 しかし、市場参加者はもっと複雑な反応を示した。すなわち、FTTの暴落とFTXの破綻は暗号資産市場に二つの懸念を巻き起こした。「他の暗号資産業者は大丈夫なのか?」と「他の暗号資産は大丈夫なのか?」の二つだ。

 真っ先に売られたのは他の暗号資産交換業者発行のトークンだ。この交換所トークンとは交換所が発行するトークンで、保有すると手数料が割引になるなどの特典がある。BinanceがBNBを発行したのが始まりで、グローバルな交換所の多くで発行されている。

 自社株に似た資金調達方法だが、株などと異なり保有者の権利は定かではない。そのうち世界No.2とも評されていたFTXのトークンが一夜にして1/10になれば、他の交換所トークンの保有者が焦らないわけがない。

 特に、システム改修などの理由でCrypto.comが出金を一時停止すると同社のトークンCronos(CRO)が急落したが、その後、出金を再開すると下げ止まり始めた。BNBやHuobiのHTなども反発し始めた。

 またそれ以外のアルトコインについても月末にかけてLitecoinやDogecoinなど個別銘柄を物色買いする動きも見られ始め、「他の暗号資産は大丈夫なのか?」という不安は後退した。

交換所トークン価格推移

出典:Tradingviewより楽天ウォレット作成

 FTX破綻の一因は出金ラッシュによる取付騒ぎだ。暗号資産市場には最後の貸し手となるべき中央銀行制度がないため、取付騒ぎによる信用不安の連鎖が収まり難いという弱点を持っている。CointelegraphなどはFTX破綻直後はグローバルな交換所からの資金流出が増えたと報じている。

 そうした中、大手暗号資産企業グループのDCG傘下のGenesis Tradingがレンディング部門の不振により破産申請する可能性をBloombergが報じるとBTCは年初来安値を更新した。

 さらに28日にはFTXから救済を受けていたレンディング大手BlockFiが破産を申請したが、FTX破綻の直接の影響を受けた企業の不振は伝わるものの、信用不安による破綻の連鎖にまでは及ばず、「他の暗号資産業者は大丈夫なのか?」という不安も後退、市場は徐々に落ち着きを取り戻していった。

原因を探る動き

 FTX破綻原因を巡る不安心理にも落ち着きが見られ始めた。当初は業界No.2と目されJPモルガンの再来とまで言われたFTXが一夜にして破綻したことで市場はパニックに陥りかけた。次にこの破綻はFTXの乱脈経営によるものとの報道が相次いだ。

 あたかも、破綻は個別企業の特殊なケースで他の暗号資産業者に問題はないと言わんばかりだったが、市場の不安心理は払しょくしきれなかった。しかし、月末にかけてSBF氏がNY Timesのイベントに登壇し、FTXに関する米上院公聴会でCFTC委員長がコメントする中で、徐々に問題点が明らかになってきた。

 SBF氏はFTXが預かった証拠金を兄弟会社アラメダ社の借入の担保として融通したことを認めたが、NY Timesの記者は、この行為は米国の証券法で禁じられているが、FTXの本社がバハマにあることが問題を複雑にしているとコメントした。

 公聴会で委員長はFTX傘下のデリバティブ交換所でCFTCの監督下にあるLedgerXの顧客資産は守られていることを例に挙げ、CFTCの監督権限の拡大を議会に訴えた。

 すなわち、暗号資産業界にはFATFの要請に従い各国当局の免許なし登録を受けた交換所とFTXのようなカリブ海などに本拠を置くグローバルな交換所があり、後者に利用者保護などの規制がかかっていないことが根本的な問題にあるという見方だ。

 一方、各交換所は自主的に預かり資産の残高証明(Proof of Reserves)を示す動きやBinanceなど交換所主導で事業再建基金を立ち上げる動きなども見られ始めた。

不安心理の後退

 もう一つ市場心理の改善につながる動きも見られた。米国の有名投資家Ark InvestmentのウッドCEOはFTX破綻後、Coinbase株とビットコイン・ファンドを追加購入した。

 破綻したのは規制の及ばないFTXで、米国の規制を受けナスダック総合指数に上場までしているCoinbaseと同じに見るべきでなく、同社はFTXという最大のライバルがいなくなりチャンスと見るべきで、混乱は暗号資産業界の問題で、ビットコインそのものに問題が生じたわけではないことなどを理由に挙げた。

 まだ一部だが、こうした冷静な見方が広がるにつけ、市場は下げ渋るようになっていった。

 つまり、FTXの破綻は市場に大きな混乱をもたらしたが、どうやら原因は証拠金取引会社が証拠金でレバレッジ投資をして大損を出したという古くからよくある話で暗号資産に限った話ではないということが徐々に分かってきた。

 また、他の金融市場では各国の金融当局が規制をかけ、そうしたことで投資家が損をしないように保護しているが、暗号資産市場にはカリブ海などに本拠を置き規制の対象外となっている業者がいくつもあるため、こうした問題が発生したという見方が、当局などを中心に浮上した。

 その結果、暗号資産業界にはまだまだ激震が走る可能性はあるが、業界の問題と暗号資産そのものとは別という考え方が広がりつつある。

出典:Cointelegraphより楽天ウォレット作成

2018年との類似性

 今回の騒動とビットコイン相場の状況は2018年11月から12月の動きと似ている、と考える。2018年11月、ビットコインキャッシュのアップデートに際し、ウー氏らとライト氏(のちのBSV派)とが対立しブロックチェーンが二つに分岐することになった。

 ブロックチェーンには長く続いた方を正当とみなすというルールがあったため、この両者の対立とブロック生成競争が激化し、遂にはBSV側が相手チェーンへの攻撃予告をするといった事態にまでエスカレートした。

 この事件でブロックチェーンという仕組みが存続できるのかというビットコインに対する「信用」が傷ついた結果、ビットコインは2017年のピークから下落後、しばらくサポートとなっていた6,000ドルを割り込み、3,000ドル台に下落した。新しい「お金」として誕生したビットコインや暗号資産の価値の源泉は「信用」であり、それが傷つくと価値が不安定となるからだ。

 そうして、どちらの陣営がより長いチェーンを作れるかといった競争をしばらく続けていたのだが、翌12月になると、実はこの勝負の勝者はビットコインキャッシュという名前を使えるだけで、両チェーンとも存続できることが徐々に判明していき、ついにはBSV側が名前を変えることで決着がついた。その結果、ビットコイン相場も12月に大底を付けている。

出典:Cointelegraphより楽天ウォレット作成

 今回の場合、FTTの急落で暗号資産には価値があるという「信用」が傷ついた結果、市場全体が全面安となった形か。ただ、ビットコインから派生、同じプログラムを使っているビットコインキャッシュと比べ、ビットコインとFTTとはかなり異なるため、影響は小さかったのかもしれないが、それでも業界No.2の交換所が一夜にして破綻に追い込まれたのはショックだった。

 しかし時間の経過とともに、問題は暗号資産業界内の話だが、実は金融界では昔からよくあった話で、今回は暗号資産業界の歴史が浅く投資家を保護する規制の整備が不十分なために起こった話だということが徐々に明らかになり、投資対象であるビットコインそのものとは別の話だという考えが広まりつつある。こうした意味では、大底は近いと考えている。