3,000億円で本当に終わりなのか?

 結論から言えば、「3,000億円で終わり」という判断、予測は、根拠と説得力に欠けるものです。投資家たちの希望的観測に過ぎません。私自身、冒頭の質問を投げかけてきた機関投資家に対しても、そのように答えてきました。

 私がそう考え、答える最大の根拠は、習近平(シー・ジンピン)や李克強(リー・クーチアン)といった国家指導者たちが主導する形で、党・政府・軍など各機関の間で合意が形成され、実践されている「国策」にあります。

 中国において、国策とは非常に重いものであり、それはすなわち既定の路線、枠組みであり、これに逆らう、背くことは、理性的なプレーヤーであればあり得ません。アリババ社の上記対応は、中国のそういう国情を如実に反映しているといえます。

 3月に開催された全国人民代表大会(全人代)でも審議されましたが、反独占はすでに法律であると同時に、「国策」の次元にまで高められている方針です。私がアリババ社の社員らと話をしていても、同社自身、これまで自社が強硬的な手段で競争相手をマーケットの辺境に追いやってきた経緯を認めています。また、アリババ社を独禁法違反で処罰するという政策は、突然降ってきたものではありません。例として、昨年11月に同社グループのアント・フィナンシャル社のIPO(株式の新規公開)が延期になった経緯とも、関係ありません。

 私が知っている限り、中国金融当局は、遅くとも2015年あたりから、アリババ社が不当な形で市場を独占している現象を問題視し、同時に、特に2020年1月以降、《独禁法》の改正に努めてきました。とりわけ、同社が、自社通販サイトの出店企業に対し、「弊社と取引をしたいのなら他とは取引をするな」と要求する姿勢はその代表例であり、多くの同業者が当局に告発してきた経緯があります。

 その意味で、今回の3,000億円規模の罰金というのは、アリババ社の発展史におけるひとつの節目であり、ターニングポイントということもできるでしょう。今後、さらなる罰金が科されるのか、新たな指導が入るのか、ポイントとなるのはアリババ社がそれらを受けてどのようにビジネスモデルを刷新していくかに他なりません。

 当局側の方針はすでに「国策」として定まっているのですから。

 アリババ社がこれまで、中国の消費者たちにどれだけ素晴らしいサービスを提供してきたか、どれだけ中国経済をけん引してきたか、消費を促してきたか、海外の投資家にとっての中国マーケットの魅力向上に貢献してきたかはともかく、これからは、アリババ社が独禁法に違反する形で、市場で支配的な地位を占めることは容認しないということです。

 この点を誰よりも痛切に、そんな国策に従う形で企業成長をもくろむしかないと考えているのがジャック・マー(馬雲)氏でしょう。私が金融当局の関係者と話をする限り、マー氏は非常に協力的であり、当局からの罰金や指導にも自ら進んで応じ、自社のサービスやマネージメントに変革を起こすべく精力的に行動しているとのことです。上記で言及した「数十億元を投じた新サービス・商品の開発」も一例だといえるでしょう。

 私自身は、アリババ社が、今回の罰金措置を「必要なコストとプロセス」と捉えているように、同社が引き続き中国という強大経済をけん引し、人口14億という巨大マーケットを後ろ盾に成長し、そのうまみや果実を海外の投資家とも共有するという長期的視点から見れば、今回の処罰をポジティブに捉えています。

 中国の政策分析を生業(なりわい)にしてきた立場から、アリババ社に注目する、あるいは同社の株を保有する機関投資家、個人投資家の方々へ伝えたいのは、仮に今後、アリババ社や、同じくIT大手であるテンセント社などに対して、例えば独禁法違反で何らかの罰金や指導が科されたとしても、そこに一喜一憂せずに、長い目で捉えるべきだということです。この2社を含め、当事者としての中国企業は、「国策」が何を意味するのかを十二分に理解しており、かつ、当局との対話や協調を通じてのみ、中国マーケットを背景に持続的に成長していけると考えています。そして、当局もまた、中国経済が、グローバル経済と連動する、海外の投資家たちにとって魅力的な形で成長していくためには、アリババやテンセントといった民間企業が不可欠だと考えているのです。