独禁法違反で3,000億円の巨額罰金。アリババ社の認識と対応は?

「アリババへの締め付けは3,000億円の罰金で一区切りという考えでいいのでしょうか? それとも、まだまだ当局からの指導が厳しくなっていくのでしょうか?」(香港在住の日本人金融マン)

 先週末から、本レポートを執筆している4月14日(水)午前時点にかけて、国内外の機関投資家や金融ブローカーの方々から頻繁に聞かれている質問です。読者の皆さまの多くも、メディアなどを通じて耳にしているニュースでしょう。

 今回は、このテーマを深堀りし、現時点での私なりの見方を書きとどめていきたいと思います。

 まずはニュースを整理しましょう。

 4月10日土曜日、中国の政府機関であるSAMR(国家市場監督管理総局)がEC(電子商取引)大手アリババグループに対し、《独占禁止法》違反で約182億元(約3,050億円)に上る罰金を科すと発表しました。自社通販サイトの出店企業に、競合サイトとの取引を認めない慣行を問題視し、当局が処罰に踏み切りました。この金額は、2015年、SAMRが半導体大手の米クアルコム社に対して、同じく独禁法違反で科した過去最大の罰金額約10億ドル(約1,100億円)の3倍に当たります。

3,000億円…過去最大の罰金額…アリババは大丈夫か?

 この制裁は、米市場、香港市場に重複上場し、世界中の投資家たちが注目するアリババという中国企業の動向を占うと同時に、勢いのある民間のIT企業を、中国政府が今後どのように扱うつもりかを読む上でも、重大なケースになります。冒頭の問題提起は、同社と中国マーケットの今後を懸念する投資家心理を赤裸々に体現するものだといえますし、私自身、懸念や注目に値する事象であると考えます。

 3,000億円という金額は、アリババ社の2019年国内売上高の約4%に相当しますが、中国の法規制の罰金額上限、前年度売上高の10%を下回るものです。

 4月10日、SAMRの決定を受けて同社は「今日という日は、弊社が発展していく過程における極めて重要な一日」と題した書簡を公開しました。そこでは、当局による罰金という決定を同社として「真摯(しんし)に受け入れ、断固服従する」と書かれています。また、ここ数カ月、当局による調査に全力で協力する過程で、国のプラットフォーム経済に対する政策や要求を真剣に学んできたとした上で、「今日の処罰は、我々にとっては警告とムチを意味しており、業界の発展を規範化、保護する類の策であり、国として公平な競争に裏打ちされた市場の環境を守るものだ」と、当局の政策を完全に擁護、支持する内容になっています。そして「この日を新たなスタートとし、問題を直視し、鋭意革新していく」と決意表明をしています。

 アリババ社の張勇(ダニエル・チャン)最高経営責任者(CEO)は12日、メディアとアナリスト向けのオンライン会見を開き、当局による罰金と指導を受け、自社通販サイトに出店を希望するEC事業者に対する参入障壁や経費を下げるための方策を講じる考えを示し、重大な影響は見込んでいないという見解を示しました。

 私も、幹部を含めた同社の従業員を複数知っていますが、11日から13日にかけて、彼らが私に語ったことをまとめると、今回の当局による罰金は、金額や時期を含めて、同社としては完全に想定内のものであり、引き続き中国というマーケットでビジネスをしていく上で必要なコストとプロセスだという認識のようです。また、某幹部は「これから数十億元を投資し、ビジネスモデルを刷新するための新たなサービス・商品を開発する。すでに着手している」と私に語りました。

 実際、同社の当局による処罰への対応や態度を受けて、多くの投資家も、アリババのビジネスモデルや当局との関係をめぐる不安要素がある程度取り除かれ、とりあえず一段落だという見通しが広まったのか、週明けの12日、香港株式市場のハンセン指数が0.9%下落する中、アリババ社株は6.5%逆行高という結果でした。投資家心理として、当局のアリババ社への締め付けは限定的であり、かつある程度終了したと信じたい、ただ実際のところはまだ分からないといったあたりが真相でしょう。故に、同社にも投資をする多くの機関投資家が、より一層不安を解消すべく、私に中国政府当局の政策的意図を聞いてきたのだと思います。

3,000億円で本当に終わりなのか?

 結論から言えば、「3,000億円で終わり」という判断、予測は、根拠と説得力に欠けるものです。投資家たちの希望的観測に過ぎません。私自身、冒頭の質問を投げかけてきた機関投資家に対しても、そのように答えてきました。

 私がそう考え、答える最大の根拠は、習近平(シー・ジンピン)や李克強(リー・クーチアン)といった国家指導者たちが主導する形で、党・政府・軍など各機関の間で合意が形成され、実践されている「国策」にあります。

 中国において、国策とは非常に重いものであり、それはすなわち既定の路線、枠組みであり、これに逆らう、背くことは、理性的なプレーヤーであればあり得ません。アリババ社の上記対応は、中国のそういう国情を如実に反映しているといえます。

 3月に開催された全国人民代表大会(全人代)でも審議されましたが、反独占はすでに法律であると同時に、「国策」の次元にまで高められている方針です。私がアリババ社の社員らと話をしていても、同社自身、これまで自社が強硬的な手段で競争相手をマーケットの辺境に追いやってきた経緯を認めています。また、アリババ社を独禁法違反で処罰するという政策は、突然降ってきたものではありません。例として、昨年11月に同社グループのアント・フィナンシャル社のIPO(株式の新規公開)が延期になった経緯とも、関係ありません。

 私が知っている限り、中国金融当局は、遅くとも2015年あたりから、アリババ社が不当な形で市場を独占している現象を問題視し、同時に、特に2020年1月以降、《独禁法》の改正に努めてきました。とりわけ、同社が、自社通販サイトの出店企業に対し、「弊社と取引をしたいのなら他とは取引をするな」と要求する姿勢はその代表例であり、多くの同業者が当局に告発してきた経緯があります。

 その意味で、今回の3,000億円規模の罰金というのは、アリババ社の発展史におけるひとつの節目であり、ターニングポイントということもできるでしょう。今後、さらなる罰金が科されるのか、新たな指導が入るのか、ポイントとなるのはアリババ社がそれらを受けてどのようにビジネスモデルを刷新していくかに他なりません。

 当局側の方針はすでに「国策」として定まっているのですから。

 アリババ社がこれまで、中国の消費者たちにどれだけ素晴らしいサービスを提供してきたか、どれだけ中国経済をけん引してきたか、消費を促してきたか、海外の投資家にとっての中国マーケットの魅力向上に貢献してきたかはともかく、これからは、アリババ社が独禁法に違反する形で、市場で支配的な地位を占めることは容認しないということです。

 この点を誰よりも痛切に、そんな国策に従う形で企業成長をもくろむしかないと考えているのがジャック・マー(馬雲)氏でしょう。私が金融当局の関係者と話をする限り、マー氏は非常に協力的であり、当局からの罰金や指導にも自ら進んで応じ、自社のサービスやマネージメントに変革を起こすべく精力的に行動しているとのことです。上記で言及した「数十億元を投じた新サービス・商品の開発」も一例だといえるでしょう。

 私自身は、アリババ社が、今回の罰金措置を「必要なコストとプロセス」と捉えているように、同社が引き続き中国という強大経済をけん引し、人口14億という巨大マーケットを後ろ盾に成長し、そのうまみや果実を海外の投資家とも共有するという長期的視点から見れば、今回の処罰をポジティブに捉えています。

 中国の政策分析を生業(なりわい)にしてきた立場から、アリババ社に注目する、あるいは同社の株を保有する機関投資家、個人投資家の方々へ伝えたいのは、仮に今後、アリババ社や、同じくIT大手であるテンセント社などに対して、例えば独禁法違反で何らかの罰金や指導が科されたとしても、そこに一喜一憂せずに、長い目で捉えるべきだということです。この2社を含め、当事者としての中国企業は、「国策」が何を意味するのかを十二分に理解しており、かつ、当局との対話や協調を通じてのみ、中国マーケットを背景に持続的に成長していけると考えています。そして、当局もまた、中国経済が、グローバル経済と連動する、海外の投資家たちにとって魅力的な形で成長していくためには、アリババやテンセントといった民間企業が不可欠だと考えているのです。

人民解放軍女性幹部はアリババ社、ジャック・マーをどう見ているのか?

 今回の「アリババ罰金事件」を分析する上で、中国の消費者たちがどう捉えているのかというのは重要な要素です。アリババ社がこれまで発展してきた最大のよりどころが、14億人から成るマーケットだからです。

 総じて言えば、今回の当局による決定を、中国の消費者たちは「しかるべき」「当然」「断固として支持する」と捉えているというのが私の見方です。なぜか。当局による同社への罰金が発表された直後、私は、旧知の人民解放軍女性幹部(40代)と話をする機会があり、この事件についても若干触れました。軍人として国家の安全、社会の治安を死守する立場にある彼女ですが、その立場を超えて、一国民、消費者としての考え方は、多くの中国人民に通ずるものがあると解釈しました。

 以下、私(K)と彼女(J)の会話の記録を書きとどめることにします。

K:当局のアリババへの処罰をどう見ていますか? 必然的なのでしょうか?

J:おっしゃる通り。当然そうあるべきという類いの対応だ。世論の注目度も高い。故に、党としても慎重に対処した結果だ。

K:アリババは確かに市場を独占していたとお考えですか?

J:そう考えている。この辺でしっかり頬をたたいておかないと、ジャック・マーは神様になってしまう。党としてそれを容認するはずがなかろう。人民も容認しない。取引先に二者択一を迫る、独占的で、高圧的なジャック・マーのやり方に、人民は強い不満を抱いていた。

K:なるほど。長期的視点から、人民や市場全体の利益を考慮した上でたたいたのですね。

J:ただ、たたいたのは右の頬だけだ。今回の処罰が引き金となり、市場や世論が中国経済に対して悲観的になることを我々は望んでいない。処罰を軽くしたのには、そういう事情もある。仮にこれが米国だったら、アリババは分割を命じられた可能性すら大いにあろう。その意味で、今回の処罰は「小警告」に過ぎないといえる。

K:党として、アリババへの自信や期待は揺らいでいますか? 市場や世論の同社への見方についても何か思うところはありますか?

J:揺らいでいない。ジャック・マーは調子に乗り過ぎていた。自分には何でもできる、みんな自分の言動を許してくれると勘違いしていた。いまは反省しているだろう。仮に、彼が今回の「小警告」を真摯に受け止めなければ、党としては「大警告」を出すだろうが、今のところ、その心配はなさそうだ。

K:党としても、アリババのような企業、マー氏のような実業家を必要としているということですね。

J:無論だ。アリババやジャック・マーが、党が定めた政策やルールを軽視して中国で成長することはあり得ない。と同時に、彼らは党にできないことをやっている。我々は互いに互いを必要としている。

 米市場や香港市場に上場するアリババ社にとって、株主には多くの外国人投資家が含まれます。しかし、同社が成長していく上で必要不可欠なのが14億人から成る巨大な中国マーケットです。そう考えると、当局のアリババ社への処罰が、中国人消費者たちから支持されているという現状は大きな意味を持つといえます。3,000億円で当局と“和解”し、引き続き14億の消費者たちにサービスや商品を提供していける権利を得たのですから。安いものです。