“面子経済学”から考える中国人にとっての春節とお金

 中国人にとって、春節は、家族だんらんの時間であるだけでなく、お金を使う舞台でもあります。

 参考までに、2019年の春節期間中のお正月当日からの1週間で、全国の小売り、飲食における消費が初めて1兆元(約16兆円)を突破しました。この額は、2013年頃から毎年約1,000億元のペースで増え続けていました。

 1年に一度のお正月ですから、日本でも同様のケースも多々あろうかと思いますが、大人が家具を買い替えたり、もらったお年玉で子供がおもちゃを買ったりと、消費が促進されるきっかけにはなるでしょう。ただ、春節の現場に何度も足を運んできた人間として、私が感じるのは、中国人のお正月期間におけるお金の使い方は、日本人のそれとは勝手が異なります。

 一言でいえば、1年に一度、家族や親戚が集まる場で、面子(メンツ)を見せつけ合う、そのために、お金を使うというものです。やはり、中国人は、家やレストランで、円卓を囲んで、飲み食いをし、ワイワイやるのが好きですから、食事をごちそうする、お酒やたばこ、果物や高級食材を贈り物として持参するというのは基本的な使いどころです。

 お酒といえば、2月8日の上海総合指数が3,500ポイントを上回りましたが、白酒(中国酒)生産の貴州茅台酒(まおたいしゅ)の株価は上場来高値を更新しています。これも、春節効果の一つでしょう。

 また、春節を機に、下着、コート、セーター、ズボンといった服装を買い替える、冷蔵庫、洗濯機、ソファ、エアコンといった家具を買い替えるというのも、一年に一度、顔を見る家族や親戚の前で、みずからの面子を保つためという動機が色濃く反映されているように感じるのです。

 服や家具だけではありません。自動車や住宅も当然ながら春節期間中の投資の対象になります。

 例えば、田舎で暮らす50代半ばの男性が、都市部から帰ってくる甥(おい)っ子を鉄道の駅まで迎えにいくとします。ここで外国産の新車で出迎えれば、甥っ子は感動し、この出来事は瞬く間に親戚一同に知れ渡ります。この男性は、この感覚と過程を享受するのです。極端にいえば、この面子が満たされる感情をかみしめるために、1年間懸命に働き、節約に励み、春節期間中の大きな買い物に備えるのです。

 中国の不動産大手25社の2021年1月の住宅販売額は、前年同期比で平均73.5%増えています。万科(Vanke)が715億元(+30%)、恒大集団(Evergrande Group)が581億元(+43%)、金地集団(Gemdale Corp)が243億元(+98%)といったところ。各自治体の不動産市場への引き締め策などの影響も受けますが、春運中、多くの企業は、最大30%引きくらいの価格で集中セールを仕掛けるなど、人々の消費を誘発しようとしています。

広東省茂名市で体験した「共産主義の起源」

 最後に、私が春節期間中に感じた、最も印象的な場面を紹介します。

 2016年、私はお正月から数日が経った春節中、茂名市という広東省西部、広西チワン族自治区や海南省に近い、人口約650万人の中級沿岸都市を訪れました。そこで、中国全土でも、茂名市と隣接する湛江市の一部にしか残っていない「年例(ニエンリー)」という伝統的風習に遭遇しました。

 年例とは、簡単にいうと、春節期間中、自宅で食事を用意し、やってくるお客さんを無料で迎え入れ、おもてなす文化です。お客さんには、親戚、友人、同僚、そして見知らぬ通行人もいます。原則、誰でも好きな時に来て、好きなだけ食べて飲んで、好きな時に好きなように帰っていく、決まったルールや制限がない、自由自在、悠々自適な空間です。現地では、口コミなどで、どこの家がお正月から何日目に年例をやるのかが広まり、人々はそれに便乗して、一斉に動き始めるのです。

 私が赴いた家庭には、円卓が20ほど並べられていて、1テーブルに10人くらい、お客さんの出入りは比較的頻繁で、常時200人ほどが食べたり飲んだりを繰り返していました。広東料理が存分に提供され、白酒以外に、多くの方はウイスキーやブランデーをロックで飲んでいました。

 現地の政府官僚によれば、テーブルの数は少なくて二つ、多ければ100を超すようです。「共同富裕」という言葉に代表されるように、いつだれが、どれだけ食べても無料、相互扶助の精神で、細かいことはいちいち気にせずに、みんなでその時空を楽しむという意味で、茂名市の人々は、この年例という文化こそが、共産主義の起源だと自慢げにしていました。

 茂名市に3日間滞在し、複数の年例の現場を体験しながら、切実に感じたのが、このイベントを主催するのには、ものすごいお金がかかっているなという点です。主催者たちに話を聞くと、年収の半分以上を年例の主催関連費用に割くというケースが少なくなかったのです。中には年収の8割という人もいました。

 まさに、春節とお金の関係性を象徴する風習・文化だといえます。

 その場を純粋に楽しむ、そのためにお金を使うというのが年例の第一義的な目的なのでしょう。一方で、年例の主催を通じて、現地での人間関係、親戚関係、職場関係をマネージし、恩の売買、人脈の形成と拡大などを含め、人生を有利に運ぶための踏み台にするという、中国人のしたたかな生きざまも垣間見た気がしました。