中国人にとっての「祝日とお金」
2月12日、中国は1年に一度の春節(旧正月)を迎えます。中国の人々にとって、最も重要な祝日です。旧暦ということもあり、大みそかやお正月の日にちは、毎年異なります。2019年は2月5日、2020年は1月25日でした。
今回のレポートは、この春節に焦点を当てます。
これまでも、本連載にて「中国人の資産運用はどうなっているのか?」という類いのテーマを扱ってきました。そこで今回も、春節という中国人が最も大切にする祝日において、どのようにお金を使うのかを描写することを通じて、読者の資産運用に何らかのインスピレーションをもたらし、参考・比較材料を提供することができれば、望外の喜びです。
私自身、これまで中国での生活や中国人との付き合いを通じて、中国の春節を体験する機会を得ましたが、それらを盛り込みつつ、中国社会、人民にとっての「祝日とお金」について、議論していければと思います。
中国人にとって「春節」とは何を意味するか?
約18年間、中国人と付き合ってきた経験からすると、中国の人々は「家族」「家庭」をとても大切にします。もちろん、家族や家庭を大事にするのは、中国人だけではありません。
過去に、政治的、経済的に困難な状況にある国を訪れたことがあります。ベネズエラのカラカス、キューバのハバナ、パレスチナのベツレヘムなどで、現地の家庭にお邪魔しましたが、家族の絆は非常に強いと感じました。親戚を含め、みんなで一丸となって難局を乗り越えようという、意志、信念、そして行動力を感じさせられました。
ただ、中国人にとっての「家」というのは、それらとは一味違うというか、特殊な角度から理解しないと、その実態がつかめないように思うのです。
例えば、中国には「修身斉家治国平天下」という「礼記(儒教の経書で「五経」の一つ。主に礼の倫理的意義について解説した古説を集めたもの)」に由来する言葉があります。天下を治めるには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭を整え、次に国家を治め、そして天下を平和にすべきである、という教えです。
中国では、国家統治は家庭整理の延長であるという考えが普遍的で、政治にも「家父長制」的な考えが深く浸透しています。中国共産党という「お上」は絶対的な存在であり、最高指導者である習近平(シー・ジンピン)氏は、14億の人民にとっての“お父上”たる権威的存在なのです。
「家」という概念は、中国政治(の盛衰)を理解する上で極めて重要であると私は考えています。と同時に、「家」は、中国経済の行方を追う上でも特別な要素であると考えます。
若干飛躍的な表現を使えば、中国人の生きざまという意味で、不動産市場と株式市場は、同等ではないのです。以前、本連載で紹介したように、中国では投資目的で不動産を購入する人がたくさんいます。いわゆる富裕層だけでなく、中産階級であっても、また農村部で生活する人にとっても、不動産という資産は、特に経済が上向いている間において、魅力的な投資対象であるようです。この傾向はしばらく続くでしょう。
ただ、「家」という住宅、不動産は、中国人にとって、投資の対象である以上に、人生の基盤を意味するというのが私の理解です。家族みんなが帰ってくる場所、苦楽を分かち合い、寄り添える空間、それが家なのです。
そして、春節というのは、普段は全国各地、世界各地で生活している家族(ここには親戚も含まれる)が、1年に1回だけ集結する時期であり、そのためになくてはならない空間が「家」なのです。不動産と株式が、中国人の人生にとって同等であるはずがない、両者は別次元の存在と私が断言する所以(ゆえん)がここにあります。
私が見る限り、中国の人々は、春節期間中の「回家(帰省)」をとても楽しみにしています。そのために、日々つらいことにも耐えているように見受けられます。中国人にとっての1年、365日は、春節とそれ以外の日常という二つで成り立っているといっても過言ではないのです。
中国経済社会にとって「春運」とは何を意味するか?
中国人にとって、1年に一度きりの楽しみである春節。日本にも「帰省ラッシュ」といった言葉がありますが、人口約14億人の中国社会におけるそれは、規模や次元が異なるというのが、私の実感です。
春節期間中に中国の鉄道の駅を利用したことがある方は、特に印象に残っていると思いますが、とにかく切符が手に入りません。いまとなっては、インターネット上で購入し、当日に駅で、身分証明証(ID)を自動販売機にタッチして、切符をピックアップ(外国人はパスポートを持って、駅の窓口で、長列に並ばなければならない)できますが、以前は、寒空の下で数時間も並び、必死の忍耐を経てようやく1枚の、帰省のための切符を手に入れられるという状況でした。
春節期間中の帰省ラッシュを、中国では「春運」(チュンユン)と言います。一般的に、春節当日前の15日間と後の25日間、計40日を指します。今年でいえば、1月28日から3月8日です。
この期間の、人々の電車、飛行機、バスなどを使った移動は、まさに「民族大移動」と言うにふさわしいものだと思います。
参考までに、2018年、2019年の春運期間中、のべ30億人が公共の交通機関を使って移動しています。人口1人あたり1往復以上ですね。新型コロナウイルスに見舞われた2020年の春運は、前年より50%以上減り、のべ14.8億人にとどまりました。交通運輸省の見積もりによれば、今年は、のべ17億人が移動する見込みとのことです。
春節を毎年楽しみにしている、これだけの人数が移動するわけですから、特に交通や治安の政府機関に勤務する中央、地方の公務員にとっては、1年の間で最もプレッシャーのかかる時期。円滑、安全な移動ができるように、全神経を集中させて業務に取り組んでいます。仮にそれが達成されないようであれば、人民の「お上」に対する不満が爆発し、深刻な政治問題にまで発展しかねないからです。
今年は、昨年ほどではないにしても、新型コロナの影響を受け、春運の警戒も予断を許さない状況が続いています。すべての移動者には、1週間以内に受けたPCR検査の陰性証明を持参、登録することが義務付けられています。仮に春運が原因で、中国各地で再び新型コロナの感染者が増える、クラスターが発生するといった状況になれば、せっかくここまで何とか実現してきたコロナ抑制と経済再生に向けての努力が水の泡になってしまう可能性もありますから、当局はものすごい緊張感を持って、民族大移動を管理しようとしているでしょう。
“面子経済学”から考える中国人にとっての春節とお金
中国人にとって、春節は、家族だんらんの時間であるだけでなく、お金を使う舞台でもあります。
参考までに、2019年の春節期間中のお正月当日からの1週間で、全国の小売り、飲食における消費が初めて1兆元(約16兆円)を突破しました。この額は、2013年頃から毎年約1,000億元のペースで増え続けていました。
1年に一度のお正月ですから、日本でも同様のケースも多々あろうかと思いますが、大人が家具を買い替えたり、もらったお年玉で子供がおもちゃを買ったりと、消費が促進されるきっかけにはなるでしょう。ただ、春節の現場に何度も足を運んできた人間として、私が感じるのは、中国人のお正月期間におけるお金の使い方は、日本人のそれとは勝手が異なります。
一言でいえば、1年に一度、家族や親戚が集まる場で、面子(メンツ)を見せつけ合う、そのために、お金を使うというものです。やはり、中国人は、家やレストランで、円卓を囲んで、飲み食いをし、ワイワイやるのが好きですから、食事をごちそうする、お酒やたばこ、果物や高級食材を贈り物として持参するというのは基本的な使いどころです。
お酒といえば、2月8日の上海総合指数が3,500ポイントを上回りましたが、白酒(中国酒)生産の貴州茅台酒(まおたいしゅ)の株価は上場来高値を更新しています。これも、春節効果の一つでしょう。
また、春節を機に、下着、コート、セーター、ズボンといった服装を買い替える、冷蔵庫、洗濯機、ソファ、エアコンといった家具を買い替えるというのも、一年に一度、顔を見る家族や親戚の前で、みずからの面子を保つためという動機が色濃く反映されているように感じるのです。
服や家具だけではありません。自動車や住宅も当然ながら春節期間中の投資の対象になります。
例えば、田舎で暮らす50代半ばの男性が、都市部から帰ってくる甥(おい)っ子を鉄道の駅まで迎えにいくとします。ここで外国産の新車で出迎えれば、甥っ子は感動し、この出来事は瞬く間に親戚一同に知れ渡ります。この男性は、この感覚と過程を享受するのです。極端にいえば、この面子が満たされる感情をかみしめるために、1年間懸命に働き、節約に励み、春節期間中の大きな買い物に備えるのです。
中国の不動産大手25社の2021年1月の住宅販売額は、前年同期比で平均73.5%増えています。万科(Vanke)が715億元(+30%)、恒大集団(Evergrande Group)が581億元(+43%)、金地集団(Gemdale Corp)が243億元(+98%)といったところ。各自治体の不動産市場への引き締め策などの影響も受けますが、春運中、多くの企業は、最大30%引きくらいの価格で集中セールを仕掛けるなど、人々の消費を誘発しようとしています。
広東省茂名市で体験した「共産主義の起源」
最後に、私が春節期間中に感じた、最も印象的な場面を紹介します。
2016年、私はお正月から数日が経った春節中、茂名市という広東省西部、広西チワン族自治区や海南省に近い、人口約650万人の中級沿岸都市を訪れました。そこで、中国全土でも、茂名市と隣接する湛江市の一部にしか残っていない「年例(ニエンリー)」という伝統的風習に遭遇しました。
年例とは、簡単にいうと、春節期間中、自宅で食事を用意し、やってくるお客さんを無料で迎え入れ、おもてなす文化です。お客さんには、親戚、友人、同僚、そして見知らぬ通行人もいます。原則、誰でも好きな時に来て、好きなだけ食べて飲んで、好きな時に好きなように帰っていく、決まったルールや制限がない、自由自在、悠々自適な空間です。現地では、口コミなどで、どこの家がお正月から何日目に年例をやるのかが広まり、人々はそれに便乗して、一斉に動き始めるのです。
私が赴いた家庭には、円卓が20ほど並べられていて、1テーブルに10人くらい、お客さんの出入りは比較的頻繁で、常時200人ほどが食べたり飲んだりを繰り返していました。広東料理が存分に提供され、白酒以外に、多くの方はウイスキーやブランデーをロックで飲んでいました。
現地の政府官僚によれば、テーブルの数は少なくて二つ、多ければ100を超すようです。「共同富裕」という言葉に代表されるように、いつだれが、どれだけ食べても無料、相互扶助の精神で、細かいことはいちいち気にせずに、みんなでその時空を楽しむという意味で、茂名市の人々は、この年例という文化こそが、共産主義の起源だと自慢げにしていました。
茂名市に3日間滞在し、複数の年例の現場を体験しながら、切実に感じたのが、このイベントを主催するのには、ものすごいお金がかかっているなという点です。主催者たちに話を聞くと、年収の半分以上を年例の主催関連費用に割くというケースが少なくなかったのです。中には年収の8割という人もいました。
まさに、春節とお金の関係性を象徴する風習・文化だといえます。
その場を純粋に楽しむ、そのためにお金を使うというのが年例の第一義的な目的なのでしょう。一方で、年例の主催を通じて、現地での人間関係、親戚関係、職場関係をマネージし、恩の売買、人脈の形成と拡大などを含め、人生を有利に運ぶための踏み台にするという、中国人のしたたかな生きざまも垣間見た気がしました。
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