「融資」への出資比率が低いことも問題視

 アントグループが設立した2014年、当時北京にある某外資系投資銀行で働いていた、北京大学の同級生は、頻繁にアリババと連絡を取っていました。

 彼が働いていた銀行の部署、そして競合他社は、アリババ社にアント上場と具体的戦略をアドバイスしていました。「ジャック・マーは非常に乗り気で、そんなこと言われなくても当然考えて動いている、遅かれ早かれ実現するという様子だった」(同級生)とのことです。

 前出の元アント社員によれば、「会社は、固定給を低く抑える代わりに、自社株を持たせることで、従業員のやる気を促していた、そこには、いずれ自社が上場するという気運があった」といいます。

 つまり、マー氏は数年以上前からアントフィナンシャルの歴史的なIPOをもくろみ、時間をかけて準備を進めてきたということです。

 そして、そんなマー氏が今年8月25日に上海証券取引所と香港証券取引所にIPO申請を提出し、受理され、11月というタイミングでの上場を狙った要因の一つが、11月2日午後、パブリックコメントの募集が始まった、国務院傘下の中国銀行保険監督管理委員会と中国人民銀行(中央銀行)が連名で公表した『インターネット小額貸付業務管理暫行弁法』という公式文書です。

 中国金融当局はこれまでも、アントの貸し付け原資を問題視してきました。同社は、貸し付けた債権をもとに資産担保証券(ABS)を発行して資金を調達する手法を取ってきました。

 アントが当局からの規制や監視をかいくぐりつつ、利潤を最大化するための常とう手段だと言えます。その小口融資は2兆1,000億元(約33兆円)という残高に達しているものの、同社の自前資金による融資は2%にとどまっています。

 2日に公表された文書では、共同融資の最低出資比率は30%と定められており、アントは必然的に現行のビジネスモデルの再考、修正を余儀なくされることになります。

 ここで、アント上場延期をめぐる時間軸を振り返ってみます。

 10月24日、物議を醸したマー氏の上海演説。

 11月2日午前、中国人民銀行、中国証券監督管理委員会、中国銀行保険監督管理委員会、国家外貨管理局という4つの金融当局がマー氏らアリババ幹部を召喚し、業務指導、命令を下す。

 11月2日午後、『インターネット小額貸付業務管理暫行弁法』(パブリックコメント募集)公表。

 11月3日、アント上場延期決定の発表。

 私の中国共産党への理解に基づいて言えば、2日午後に発表された国務院による公式文書が、マー氏の上海での演説を受けて、7~8日間内に、アントの上場を防ぐために起草された可能性は限りなく0%に近いです。

 中国金融市場のルールや秩序に重大な影響を与えるようなこの手の文書は、複数の金融関連当局の間で意見をぶつけ合わせ、幾度となく修正や加筆を繰り返して初めて脱稿する、最低でも7~8週、長ければ7~8カ月という歳月をかけてすり合わせていくものです。

 そう考えると、アントIPO延期にとっての決定的要因は、マー氏の演説そのものではなく、アントのビジネスモデルに必然的修正を迫る同文書でした。

 ここからは私の推察ですが、中国共産党へのロビイングに長けたマー氏は、この文書が練られ、2020年のうちに発表される情報を事前につかみ、それが発表される前にIPOする戦略を持つに至ったのではないでしょうか。

 言うまでもなく、IPO完了後に、同社のビジネスを制限し得るこの手の文書が出れば、アントの株価は打撃を受けるでしょう。とはいえ、文書が出ることによってIPOが阻止される損失に比べればたいしたことはありません。

 上海での演説において、マー氏は10月23日夜、上海の地でIPOに際する1株の定価を決定したと言いました。その時点で、マー氏はまさか上場延期を余儀なくされるとは思っていなかったでしょう。

 IPOの3日前に当たる11月2日午後に同文書が発表されることも知らなかったのでしょう。2日午前、召喚を食らったマー氏は、私が推察するに、当局から午後に同文書が発表されること、アントのビジネスは同文書の規定に背いていること、迅速にビジネスモデルを修正しなければ、IPOの延期を命じる予定であることなどを言い渡され、決定を受け入れた、というよりは従ったということでしょう。