中国共産党が恐れる「統治リスク」に踏み込んでしまった

 最後に、中国金融当局による今回の決定には、習近平政権の政治的特徴が色濃く反映されているというのが私の見方です。

 決定発表当日、共産党機関紙『経済日報』が「アント・グループ上場延期には投資家の利益を守るという断固たる決心が表れている」と題した評論を発表しました。同記事は、文末において、この決定がマーケットに対して明確なシグナルを放ったといいます。そのシグナルとは次の内容になっています。

「登録制において、資本市場のすべての段階には市場のルールと厳格な監視管理が適用される。マーケットにおける各プレイヤーは主体的にルールを守り、敬うことが求められる。誰も例外ではないのだ。」

 最後の一言は、ジャック・マーに向けられたものでしょう。

 習近平政権の権力基盤・支持層に欠かせないのが、中国で大多数の人口を占める低中所得者層、企業で言えば中小、零細、民間企業です。

 仮にアントのビジネスモデルが引き金となり、金融バブルや信用リスクがあおられ、経済危機や社会不安の発生が現実味を帯びてくれば、習近平政権にとっての支持基盤となる人民たちの権益が損なわれることになります。

 だとしたら、それを引き起こした当事者であるマー氏、アントに「例外的待遇」を与えた中国共産党は、人民から「歴史の罪人」という審判を下されるかもしれません。習近平という指導者は、歴史に汚名が残ることに特に敏感に、警戒心を持って対応する傾向にあるのです。

 馬雲は、自らが習近平率いる中国共産党の一員であり、党が統治する中華人民共和国の企業であり、その領土内でビジネスをしていかなければならないという当たり前の事実を、軽んじたのかもしれません。