アリババ支持派の当局者も「かばいきれない」

 このスピーチの直後、10月25日、私は中国証券監督管理委員会の幹部と話す機会があったのですが、彼は激怒しながら次のようにアントを批判しました。

「彼らはIT企業を装って金融ビジネスをしている。しかも、政府に監視監督されたくないだと、冗談はほどほどにしろ! 我々だってこれまで、大手銀行から圧力を受けつつも、アリババは人民の間で人気があり、そのサービスも広範に使用されてきたから、ある意味目をつむっていた。アントは銀行がやりたがらない、信用リスクの高いビジネスをやってきた。それらは人民に必要とされ、中国経済成長にとっての新たな原動力ともなった。多くの中小企業や個人を救った。ただ、アントの借款は当然利子も高くつく。資本主義社会に見られるような、行き過ぎた消費主義を中国にもたらしたのだ。党・政府内にはアリババのビジネスモデルに批判的な勢力はごまんといる。昨日の演説で、馬雲は今回銀行を時代遅れで、経済発展にとってお荷物な存在だと批判した。我々としてもかばいきれなくなる」

 この幹部の発言は、中国共産党、政府、そして伝統的な金融ビジネスをしてきた大手国有銀行の内部における普遍的な見方や感情を反映していると私は思います。

 私自身、この話をしたときには、アントの上場が見送られるとは思いもよりませんでしたが、少なくとも、中国共産党のなかで、マー氏やアリババのビジネススタイルに不満がたまっている空気感は大いに伝わってきました。

 上場延期の発表後、私は再びこの幹部に連絡を取り、思うところを聞いてみると、次のように返ってきました。

「国家が緊急的にアントの上場を止めたことは、金融バブルを未然に防ぐためでもある。良いことなのだ。今後、政策の抜け道を狙って、高利貸しで荒稼ぎをする“IT企業”が増えることを当局として許容しないという、マーケットへのシグナルにもなる。我が国はいかなる形の経済危機にも耐えられない。その意味で、行き過ぎた消費主義が引き起こす金融バブルは、経済危機を引き起こす可能性を含む、非常に大きなリスクになるのだ。」

 中国の金融当局のアント上場延期をめぐる考え方の根本にある、重要な発言です。私の観察によれば、そもそも、アントの史上最大規模の上海・香港同時IPOをめぐっては、中国共産党指導部のなかでも異なる意見が存在していました。

 例えば、支持派のなかには、特にコロナ禍において経済成長に不安要素が投げかけられ、米国との貿易戦争など対外関係にもリスクが存在する中で、「中国経済には外からのお金が必要」(中国商務部対外貿易担当課長)といった立場があります。

 一方の反対派には、アリババは市場の秩序を乱し、中国経済を資本主義化しようとしている、「馬雲が例外主義を享受することなどあり得ない。大小、優劣問わず、すべての企業や人民は平等に扱われるべきだ」(中国公安部局長)といった立場があるようです。

 そして、前出の証券監督管理委員会幹部の発言にも露呈されているように、アントIPOをめぐり、党・政府内部において、支持派と反対派が意見をぶつけ合わせる中で、意思決定という意味で、流れが前者に傾き、上場に向けて準備が進んでいた。

 ところが、マー氏の上海における中国共産党に対して“けんかを売る”発言が引き金となり、イデオロギーを大事にする傾向の強い反対派(保守派といってもいい)が息を吹き返し、マーケットを大事にする傾向の強い支持派(改革派といってもいい)が、マー氏とアントをかばいきれなくなってしまった、というのが真相ではないか。以上が私の仮説を含んだ分析です。

 マー氏は上海での演説で「7~8年までに私が提起したインターネット金融には、3つの核心的要素が必要だと考えている。1つ目が豊富なデータ、2つ目がビッグデータに基づいたリスク管理技術、3つ目がビッグデータに基づいた信用システム」だと指摘しました。

 一方、アリババ・グループ内部には、自社のビジネスモデルをめぐってさまざまな意見があるようです。最近アントを辞めた知人は、同社のビジネスを「ビッグデータの独占者。データを独占的に収集し、高利貸しで利潤を最大化するスタイル」と形容し、「これが、私たちが見たい中国金融の未来だろうか」と疑問を呈していました。