事件は、OPEC減産とアラムコ株に関連し、サウジに複数のメリットを与える

 ここからは、今回の事件とOPECプラスが実施している協調減産について考えていきます。

 現在のOPECプラスの協調減産は、サウジ以外で、かつ“減産に参加している国”の生産量の削減が強く求められる状況にあります。

 イランは3つある減産免除国の1つであるため、いくら生産量が減少しても(米国の制裁によって減少させられても)、減産がうまくいっているかどうかを示す、減産順守率には関係がありません。

 減産順守率は、100%の場合、予定された削減量と同量の削減を行っていることを意味します。100%を超えれば、予定量以上の削減を行い、余裕をもって減産を守っていることになります(減産順守状態)。逆に、100%割れは、予定量を下回る削減にとどまり、減産が守られていないことを意味します。

 減産順守率は、減産に参加している国の削減予定量と実際の削減量によって計算されるため、減産に参加していない国、つまり減産免除国の生産量は考慮されません。このため、先述のとおり、イランの原油生産量がいくら減少しても減産順守に貢献することはありません(イランの原油生産量の減少は、世界全体の石油需給の面で言えば、需給バランスを引き締める効果はあります)。

 OPECプラスの配下組織であるJMMC(共同閣僚監視員会)が公表する月ごとの減産順守率は、減産がうまくいっているかどうかを示す重要なデータです。OPECプラスは減産を実施する以上、減産参加国の足並みがそろっていることや、減産が目的通り行われて過剰に積み上がった世界の石油在庫減少に貢献していることを示し続ける必要がある、つまり減産順守率が100%を超える状態を維持する必要があります。

 減産順守率100%以上を維持するために必要なことは、減産に参加している国それぞれが、合意内容に基づいた減産を着実に実施すること以外にありません。

 ただ、以下のグラフのとおり、イランの司令官殺害事件が起きたイラクは、増産傾向にあり、減産順守率の上昇を阻んでいます。イラクの原油生産量と減産時における生産量の上限を示していますが、上限を下回った生産をすれば減産順守、逆に、上限を上回った生産をすれば減産非順守です。

 2017年1月から始まったOPECとロシアなどの一部の非OPEC諸国によるOPECプラスの協調減産は、2度、削減量についてルール改定が行われました。このため、生産量の上限(オレンジの横線)が上下しています。

図:イラクの原油生産量と減産時における生産量の上限

単位:千バレル/日量
出所:OPEC(石油輸出国機構)のデータより筆者作成

 上図によれば、イラクは2017年1月のOPECプラスの協調減産開始以降、減産免除国にならず、継続して減産に参加していますが、一度も減産を順守したことがありません。

 OPECプラス全体としては、サウジが合意内容以上の減産を行い、イラクのような増産国の肩代わりをしている状態が続いています。

 2019年12月の会合で減産のルールが改定され、イラクにおいては、2019年1月から12月までよりも減産のルールが厳しくなりましたが、これまでの経緯を考えれば、減産を順守するかどうかは不透明と言わざるを得ません。

 このような状況の中、イラクで事件が起きました。そして、米国は、イラクに軍を増派したと同時に、民間人に対してイラクから退去するよう勧告しました。

 報道では、イラクから退去した米国人には、イラク国内の石油関連施設で働く人が含まれているとされ、退去措置により、イラクの原油生産量が減少する可能性があります。

 減産合意を破って増産を続けてきたイラクでしたが、事件発生を機に、米国に強制的に減産をさせられる可能性があるわけです。

 以下の表のとおりイラクは、協調減産開始後、継続して減産に参加している国の中で最も生産量を増加させている国であるため、自発的に生産量を減少させる必要があります。

 しかし、自発的に行えないのであれば、表の下部にあるイランやベネズエラのように、米国の介入によって生産量を減少させられる可能性があります。

図:OPEC加盟国の生産量の増減(2017年1月と2018年11月を比較)

単位:千バレル/日量
出所:OPECのデータより筆者作成

 事件を機に、イラクの原油生産量が減少することを好感するのがサウジです。

 OPECプラスのリーダー格として協調減産を主導する上で、参加国の足並みがそろえば、世界の石油の需給バランスを引き締めやすくなるだけでなく、市場に、OPECプラスがまとまっている、というプラスの印象を与えることができます。

 サウジは、特に、昨年9月にエネルギー大臣が代わってから、各国、減産を順守するよう強く発信してきました。増産を続けるイラクは、サウジにとって目障りだったと言えます。

 また、イラクの原油生産量が減少することで、世界の石油の需給バランスが引き締まり、原油価格が上昇する展開になれば、石油会社であるサウジアラムコの株価が上昇する期待が高まり、サウジにとってまた別のメリットが生じます。

 アラムコ株は昨年12月に、サウジ国内市場に上場しましたが、今年以降、NYやロンドン、東京や香港などで上場するのではないかと言われています。サウジ国外での上場となれば、それに関わる金融機関に手数料が得られるメリットが生じ、上場後は、市場規模が拡大して取引所側にメリットが生じ、加えて、個人投資家や機関投資家に収益機会が増えるというメリットが生じます。

 アラムコの株を使ったさらなる資金調達を目論むサウジと、先進国の金融機関や取引所や投資家らは、ともにアラムコ株のサウジ国外での上場を達成したいと考えているとみられ、そのためには原油価格を少なくとも下落させないことが必要だとお互いが思っている可能性があります。

 今回の事件は、OPECプラスの減産やアラムコ株の環境にも影響を与える可能性があります。

 2020年は、イランの要人殺害という大きな出来事で幕を開けました。本レポートで述べたとおり、当該事件の影響範囲は中東だけではありません。また、米中貿易戦争も米中だけの問題でないことを考えれば、関連性に留意しながら、複数の材料をできるだけ俯瞰することが重要だと言えます。

 点で存在する材料を線で結び、その線からにじみ出る要素を拡張して面にして、面と面をつなぎあわせ、複数の材料を一つのかたまりとして認識することが、材料を俯瞰するために必要な作業だと筆者は考えています。

 2020年も、独自の視点を取り入れつつ、コモディティ市場を分析していきます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。