中東情勢の混迷で原油と金が大幅上昇。金は6年半ぶり、原油は9カ月ぶりの高値水準

 2020年1月3日(金)、イラクで起きた米軍によるイラン要人殺害のニュースに世界が震え上がりました。

 このニュースを受け、中東からの原油の供給が減少する懸念や、事態が悪化して世界景気が鈍化する懸念が生じ、原油と金の価格が騰勢を強めました。

図:2019年12月4日以降の、原油と金の価格(NY先物市場、中心限月、日足、終値)

出所:CME(シカゴマーカンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

 もともと原油と金は2019年12月中頃から上昇傾向にありました。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物は、OPECプラス(石油輸出国機構=OPECと、非加盟国で構成される組織)が12月5日・6日の会合で合意した新ルールで2020年1月から減産を始めることや、主要な株価指数の上昇を受け、世界の石油消費が増加する期待が生じていたことなどから、1バレルあたり60ドル台を定着させつつありました。

 また、NY金先物は、主要な株価指数は上昇しているものの、貿易戦争の渦中にある米国と中国の経済指標が冴えず“実態を反映しない株価上昇への不安”が目立ち始めていたことから、1トロイオンスあたり1,500ドル台を定着させつつありました。

 原油も金も、重要な節目に達して定着しつつあった中で今回の事件が発生し、さらに上値を伸ばしたわけです。日本時間1月6日(月)午前時点で、WTI原油は1バレルあたり63.90ドル、金は1574.75ドル近辺で推移しています。

 また、以下のとおり現在は、原油は9カ月ぶり、金は6年半ぶりの水準ですが、原油も金も、過去に経験したことがない高値水準ではありません。

 このため、今後、上値を伸ばす展開になった場合、市場参加者がこれ以上の上昇に対して尻込みする(過度に高値を警戒する)可能性は低いと考えられます。

図:2012年1月以降の、原油と金の価格(NY先物市場、中心限月、月足、終値)

出所:CME(シカゴマーカンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

 仮に、米国とイランの間で大規模な軍事衝突が発生した場合、中東からの原油の供給懸念や世界景気の鈍化懸念がさらに強まり、原油も金もさらに上値を伸ばす可能性があります。

 この場合、あくまで短期的にですが、WTI原油は1バレルあたり70ドル、NY金は1,600ドルに達する可能性があると、筆者は考えています。

 2020年の原油と金の見通しについては、以前のレポート「株高なら上昇?トランプ砲で下落?2020年原油価格をズバリ予測!」と「2020年の金・プラチナ最高値をズバリ予測!」をご参照ください。

事件は、過去数カ月で進行したトランプ大統領に関わる複数の事案によって起こった

 まずは地理的条件を確認します。

図:イラク、イラン、サウジなどの位置

出所:筆者作成

 トランプ米大統領は事件について、発生当日、“戦争を始めるためでなく、やめるために行った”と述べました。

 米国に10年以上テロリストとして認定され続けた、イラン革命防衛隊の精鋭部隊と名高い「コッズ部隊」の元トップ、イランの最高指導者ハメネイ氏に次ぐナンバー2の実力者、ガセム・ソレイマニ司令官を殺害することで、中東における米国に関わる状況を、これ以上悪化させないようにすることが目的だったとみられます。

 昨年(2019年)10月下旬以降、イラク国内にある米国関連施設への攻撃が活発化していたと報じられていますが、米国政府は、これらの攻撃をイランが支援するイスラム教シーア派の犯行だとしてきました。

 年末の12月27日(金)、イラク北部のキルクーク地区にあるイラク軍の基地が攻撃され、米国の民間業者1名が死亡しました。その後、12月29日(日)、米軍が報復として、この攻撃に関わったとされる武装組織の拠点を空爆しました。

 そして、この米軍の報復に対し、12月31日(火)、イラクのバグダッドにある米国大使館前で数千人規模のデモが行われました。

 思い返せば、昨年5月と6月にホルムズ海峡付近でサウジや日本のタンカーが被弾して航行を妨害された時も、9月にサウジの石油施設へのドローンにより攻撃を受けた時も、米国はそれらにイランが関わっている可能性があるとしながらも、行動を起こしませんでした。

 しかし今回、具体的に行動を起こしたのは、米国関連の施設への攻撃が活発化していた最中、実際に米国人が死亡したことを機に、これらの攻撃を主導し、かつこれまでの事件に関わった可能性があるイランの司令官を殺害することで、これまで続いてきた争い(戦争)に、ここで終止符を打つためだったと考えられます。

 ただ、筆者はこの点だけでなく、ここ数カ月間に目立ち始めた複数の事案も、インパクトの大小はあるものの、事件の原因になったと考えています。殺害を指示した事件の直接的な当事者であるトランプ大統領の思惑ともに、6つの事案に注目します。

図:イラン要人殺害事件につながる複数の事案とトランプ大統領の思惑

出所:筆者作成

 数カ月前から、
(1)在イラク米国人が、イランが支援する武装組織に攻撃を受ける
(2)イランが核開発を行っている疑惑が浮上。欧州諸国もこれを問題視
(3)米シェール生産増加で、米国の原油在庫は高止まりのまま
(4)ロシア疑惑等でトランプ大統領が窮地に立たされる
(5)サウジでは石油関連施設やタンカーへの攻撃が相次ぐ
(6)米中貿易戦争において、合意を重ねるムードが強まる

 などの事案が目立っていました。

 イランやイラク、サウジといった中東だけでなく、イランの核開発という点ではそれを懸念する欧州諸国、そしてイランと同じく核開発を実行しているとみられる北朝鮮、北朝鮮の核を強く懸念する日本などの周辺国、また、原油生産量が急増して過剰在庫が積み上がったままの米国、貿易戦争の渦中にある米国と中国など、世界各地で同時に複数の事案が発生していたわけです。

 これらの事案について、トランプ大統領は上記の図で示した思惑を抱いていたと考えられますが、実際に、イランの要人を殺害したことで、これらの事案がどのように変化するでしょうか?

 筆者は、
(1)については米国人に被害が生じる戦争をやめるきっかけが生まれ、
(2)についてはイランの核合意違反をさらに強くけん制することができ、
(3)については米国のエネルギーの販売網が拡大し、
(4)については大統領選に向けてトランプ氏に不利な事柄から世間の目がそれ、
(5)についはサウジとの蜜月がさらに深まる、

 などの変化が生じると考えています。

 このように考えれば、今回の事件は、この数カ月間で目立った複数の要素に、一度に大きな変化をもたらすきっかけになったと言えます。トランプ大統領が意図して、大きな変化をもたらすために、事件を起こした可能性はゼロではないと筆者は思います。

 なぜなら、事件後に生じる変化は、あと11カ月間、再選を目指して戦うトランプ氏に利する要素が複数存在するためです。

 米国国内においては、
・米国民を守り、多額の費用が生じる戦争の長期化を避ける姿勢を示しながら、
・米国民の愛国心をくすぐり、
・積み上がった原油の過剰在庫を取り崩す機会を作って米国のエネルギー会社にメリットを与え、
・世間の目を、選挙戦で不利になる疑惑から目をそむける

 などが実現すれば、トランプ氏は選挙戦を有利に進めることができるとみられます。

 また、対外的には、
・イランにより強く毅然とした態度をとり、
・核合意違反をさらに強くけん制し、
・貿易問題で対立する欧州に部分的な賛同を示し、
・北朝鮮の核開発を抑止して東アジア諸国の懸念を取り除き、
・中東から原油供給が途絶する懸念を和らげ、
・サウジの国防強化に協力する

 などの貢献につながります。

 このようなメリットを一度に享受するために、過去数カ月間で起きた事案や大統領選挙までのスケジュールを考慮した上で、事件を起こした可能性がゼロではないと筆者は思います。

 イランはすでに、事件への報復として米国の関連機関に対し、サイバー攻撃をしかけてきています。そして、本日(1月6日)、3日間服した喪が明けるため、今後、イランの報復が表面化する可能性があります。

 ただ、過去数カ月間、米中貿易戦争において合意ムードが強まってきていたため、仮にイランからの報復が頻発して中東情勢の緊張が強まり、世界経済の減速懸念が強まったとしても、世界規模の懸念である米中貿易戦争を鎮静化させることで、中東での懸念の拡大を相殺しようとする可能性があります。

 トランプ大統領は、貿易戦争の相手国である中国、中東で衝突するイランやイラク、それぞれを手玉に取りながら“全体的に”懸念を低下させながら、大統領選挙を戦うつもりでいるのかもしれません。

事件は、OPEC減産とアラムコ株に関連し、サウジに複数のメリットを与える

 ここからは、今回の事件とOPECプラスが実施している協調減産について考えていきます。

 現在のOPECプラスの協調減産は、サウジ以外で、かつ“減産に参加している国”の生産量の削減が強く求められる状況にあります。

 イランは3つある減産免除国の1つであるため、いくら生産量が減少しても(米国の制裁によって減少させられても)、減産がうまくいっているかどうかを示す、減産順守率には関係がありません。

 減産順守率は、100%の場合、予定された削減量と同量の削減を行っていることを意味します。100%を超えれば、予定量以上の削減を行い、余裕をもって減産を守っていることになります(減産順守状態)。逆に、100%割れは、予定量を下回る削減にとどまり、減産が守られていないことを意味します。

 減産順守率は、減産に参加している国の削減予定量と実際の削減量によって計算されるため、減産に参加していない国、つまり減産免除国の生産量は考慮されません。このため、先述のとおり、イランの原油生産量がいくら減少しても減産順守に貢献することはありません(イランの原油生産量の減少は、世界全体の石油需給の面で言えば、需給バランスを引き締める効果はあります)。

 OPECプラスの配下組織であるJMMC(共同閣僚監視員会)が公表する月ごとの減産順守率は、減産がうまくいっているかどうかを示す重要なデータです。OPECプラスは減産を実施する以上、減産参加国の足並みがそろっていることや、減産が目的通り行われて過剰に積み上がった世界の石油在庫減少に貢献していることを示し続ける必要がある、つまり減産順守率が100%を超える状態を維持する必要があります。

 減産順守率100%以上を維持するために必要なことは、減産に参加している国それぞれが、合意内容に基づいた減産を着実に実施すること以外にありません。

 ただ、以下のグラフのとおり、イランの司令官殺害事件が起きたイラクは、増産傾向にあり、減産順守率の上昇を阻んでいます。イラクの原油生産量と減産時における生産量の上限を示していますが、上限を下回った生産をすれば減産順守、逆に、上限を上回った生産をすれば減産非順守です。

 2017年1月から始まったOPECとロシアなどの一部の非OPEC諸国によるOPECプラスの協調減産は、2度、削減量についてルール改定が行われました。このため、生産量の上限(オレンジの横線)が上下しています。

図:イラクの原油生産量と減産時における生産量の上限

単位:千バレル/日量
出所:OPEC(石油輸出国機構)のデータより筆者作成

 上図によれば、イラクは2017年1月のOPECプラスの協調減産開始以降、減産免除国にならず、継続して減産に参加していますが、一度も減産を順守したことがありません。

 OPECプラス全体としては、サウジが合意内容以上の減産を行い、イラクのような増産国の肩代わりをしている状態が続いています。

 2019年12月の会合で減産のルールが改定され、イラクにおいては、2019年1月から12月までよりも減産のルールが厳しくなりましたが、これまでの経緯を考えれば、減産を順守するかどうかは不透明と言わざるを得ません。

 このような状況の中、イラクで事件が起きました。そして、米国は、イラクに軍を増派したと同時に、民間人に対してイラクから退去するよう勧告しました。

 報道では、イラクから退去した米国人には、イラク国内の石油関連施設で働く人が含まれているとされ、退去措置により、イラクの原油生産量が減少する可能性があります。

 減産合意を破って増産を続けてきたイラクでしたが、事件発生を機に、米国に強制的に減産をさせられる可能性があるわけです。

 以下の表のとおりイラクは、協調減産開始後、継続して減産に参加している国の中で最も生産量を増加させている国であるため、自発的に生産量を減少させる必要があります。

 しかし、自発的に行えないのであれば、表の下部にあるイランやベネズエラのように、米国の介入によって生産量を減少させられる可能性があります。

図:OPEC加盟国の生産量の増減(2017年1月と2018年11月を比較)

単位:千バレル/日量
出所:OPECのデータより筆者作成

 事件を機に、イラクの原油生産量が減少することを好感するのがサウジです。

 OPECプラスのリーダー格として協調減産を主導する上で、参加国の足並みがそろえば、世界の石油の需給バランスを引き締めやすくなるだけでなく、市場に、OPECプラスがまとまっている、というプラスの印象を与えることができます。

 サウジは、特に、昨年9月にエネルギー大臣が代わってから、各国、減産を順守するよう強く発信してきました。増産を続けるイラクは、サウジにとって目障りだったと言えます。

 また、イラクの原油生産量が減少することで、世界の石油の需給バランスが引き締まり、原油価格が上昇する展開になれば、石油会社であるサウジアラムコの株価が上昇する期待が高まり、サウジにとってまた別のメリットが生じます。

 アラムコ株は昨年12月に、サウジ国内市場に上場しましたが、今年以降、NYやロンドン、東京や香港などで上場するのではないかと言われています。サウジ国外での上場となれば、それに関わる金融機関に手数料が得られるメリットが生じ、上場後は、市場規模が拡大して取引所側にメリットが生じ、加えて、個人投資家や機関投資家に収益機会が増えるというメリットが生じます。

 アラムコの株を使ったさらなる資金調達を目論むサウジと、先進国の金融機関や取引所や投資家らは、ともにアラムコ株のサウジ国外での上場を達成したいと考えているとみられ、そのためには原油価格を少なくとも下落させないことが必要だとお互いが思っている可能性があります。

 今回の事件は、OPECプラスの減産やアラムコ株の環境にも影響を与える可能性があります。

 2020年は、イランの要人殺害という大きな出来事で幕を開けました。本レポートで述べたとおり、当該事件の影響範囲は中東だけではありません。また、米中貿易戦争も米中だけの問題でないことを考えれば、関連性に留意しながら、複数の材料をできるだけ俯瞰することが重要だと言えます。

 点で存在する材料を線で結び、その線からにじみ出る要素を拡張して面にして、面と面をつなぎあわせ、複数の材料を一つのかたまりとして認識することが、材料を俯瞰するために必要な作業だと筆者は考えています。

 2020年も、独自の視点を取り入れつつ、コモディティ市場を分析していきます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。