トランプツイート、イラン制裁、サウジ増産発言、増産要請…線でつながる点と点

 次に原油増産を要請した相手がなぜOPECだったのかを考えてみます。

(2)なぜ要請した相手がOPECなのか

 この点を考える上で、4月下旬以降に起きた原油に関わるさまざまなトピックスを思い出す必要があると筆者は考えています。

 トランプ大統領のOPECについてのツイートは、減産という人為的な行為によって原油価格が上昇していることをけん制するもので、「減産の否定」という意味を含んでいます。

 米国のイラン核合意からの離脱はOPEC加盟国であるイランの原油生産量の減少、言い換えれば減産に取り組んでいる他のOPEC加盟国の「増産余地を作る行為」であると考えています。

 そしてそれに呼応するように、サウジがロシアとともに増産について言及。これは「増産の肯定」です。

 最後の米国によるOPECへの増産要請は、トランプ政権がOPECに「増産へのお墨付き(免罪符)を作った」行為と言えます。

 このように考えれば、一連の出来事は線でつながっているわけです。「減産の否定→増産の余地が生まれる→増産の肯定→増産がお墨付きを得る」ということです。

 米国側から見れば、「OPECの減産を否定する→OPECが増産できる余地を作る→サウジやロシアが増産したいという意思を公言したことを確認する→これまでの減産否定・増産余地を作る・サウジなどの意思の確認という流れの延長線上で増産を要請する」という流れです。

 一方のサウジ率いるOPEC側から見れば、「米国に減産を否定させる(してもらう)→米国に増産余地を作らせる(作ってもらう)→減産が否定され、増産余地がある上で増産について言及する→増産は米国に要請されたものというお墨付きをもらう」という流れです。

 この流れの先にあるのは、短期的には6月22日、長期的には今年11月もしくは12月に行われる2度のOPEC総会です。

 減産に参加しているOPECとロシアなどの非OPEC、合計24カ国の減産順守率は4月時点で155%という非常に高い水準にあります。

 減産順守率は、100%を超えれば2016年年末に減産参加国によってなされた減産合意が守られている、つまり合意した生産量の上限以下で生産が行われていることを意味します。

 100%なら合意した上限と同じ量の生産が行われている状態、一方100%未満なら合意した上限を超えた生産が行われている、つまり減産合意が守られていない状態を意味します。

 報道によれば、6月22日の総会で、減産を順守し続ける(減産順守率100%以上を維持する)ことを前提に、増産することが協議、決定される可能性があるようです。

 ここに「増産したいサウジ率いるOPEC」と、「増産させたい米国」の構図があると考えています。

 

「増産」を目指す米国とOPECは「呉越同舟」の関係

 では、100万バレルという量について考えてみます。

(3)なぜ、100万バレルなのか?

 図3はOPECの原油生産量の推移を示したものです。2018年4月時点で日量3,193万バレルです。赤い実線が示す日量3,250万バレルは、2016年11月のOPEC総会で合意した減産期間中におけるOPEC全体としての生産量の上限です。

仮に2018年4月の生産量に、米国が要請した日量100万バレル分が上乗せされれば、OPECの原油生産量は日量3,293万バレルになります。つまり、米国の要請にOPECが満額回答をすれば、OPECの合意内容が破られる可能性が出てきます。

図3:OPECの原油生産量の推移 

単位:千バレル/日量
出所:OPECのデータより筆者作成

 もちろん今後、報じられているとおり、ベネズエラのさらなる生産減少(自国都合の自然減)と、米国の単独制裁によるイランの生産減少は起こりうるのかもしれません。

 イランとベネズエラの件については、以前のレポート「原油70ドル超えは核合意破棄のせい?トランプ劇場とOPECの舞台ウラ」をご参照ください。

 イランとベネズエラ、この2カ国の生産量がどの程度減少するかという点も気になりますが、いずれにせよOPEC自ら減産合意を破るきっかけが、米国の増産要請となる可能性があります。これについて、どのような解釈ができるのでしょうか。

 米国とサウジ率いるOPECが「増産」という共通のテーマで両者が関わり合い、OPEC総会での「増産」決定に向けて歩んでいる可能性があることは、先述のとおり、ここ最近の複数の出来事が線で結ばれたことによって示されていると考えています。

 この点を鑑みれば、米国はあえてOPECに減産を破る口実を与えるための量を要請した可能性が出てきます(この場合でも、ロシアをはじめとした非OPEC側10カ国での生産量によって減産順守率を100%以上に保つことは可能だと思います)。

「呉越同舟」の言葉どおり、立場の異なる米国とサウジ率いるOPECは「増産」という旗印のもと、同じ方向へ向かっているとみられます。ただ、立場が異なるゆえ、両者の思惑も異なります。

 米国側(特にトランプ大統領)の思惑では、「OPECが増産を実施→人為的に操作された高い原油から開放→原油価格下落→およそ2年間、上昇の一途をたどってきた米国内のガソリン小売価格の低下→貿易戦争に見られる米国内の工業・農業従事者などの「米国内の個人」寄りの政策がさらに加速→米国内の個人の消費動向が改善→米国のGDPが好転することへの期待が高まる→11月の中間選挙に向けての支持強化」という実利が想定されます。

 加えて、米国はOPECに増産の口実(免罪符)を与えた、OPECは米国に増産をする口実を与えられたという関係が生まれることから、原油を取り巻く世界において米国はOPECよりも優位に立てる、という政治上のメリットもあります。

 OPEC(特にサウジ)の増産への思惑は以前のレポート「悪いサウジ、再び!?増産発言の裏に原油シェア奪還の思惑」をご参照ください。

 

増産はマイナスかプラスか?一般個人や資源を調達する企業にとってはプラス

 原油の増産という言葉を耳にすると、原油価格が下落することを連想する人は多いと思います。

 相場においては価格が下落することにマイナスのイメージを抱く人も多いと思いますが、「原油価格」の下落については必ずしもマイナスのことばかりではありません。

 たしかに、原油に関連する株式や関わりが深い通貨などにおいては一時的に資産の額が目減りすることはあると思います。

 一方で、原油価格の下落は、個人消費の拡大や原材料の調達にコストをかけている企業の業績が好転する要因になることも忘れてはならないと思います。

 長い目で見れば、そうした個人や企業の成長が、根強く持続的で大規模な経済成長の原動力になるのだと考えています。

 

政治色強まる原油市場。トランプ大統領が一歩リード

 現在の原油相場は政治的な側面を強くしていると感じています。

 2017年1月に始まった減産について、特に昨年2017年後半以降、OPECは減産を順守し続けていることを声高にアピールしてきました。また、減産の期間は2度にわたって延長し、今年12月まで続くことになっています。

 そのため、サウジやロシアにとって、よほどの口実がなければ増産を口にすることは難しかったと思います(実際には5月下旬にサウジ・ロシアは増産について言及)。

 米国はこれに助け舟を出すように、OPECが減産期間中にあるのにも関わらず、減産を非難し(トランプツイート)、増産の余地を与え(イラン核合意破棄)、さながら大鉈を振り下ろすよう増産を正当化して免罪符を与えた(増産要請)のだと思います。

 良くも悪くも実行力があるトランプ大統領だからことできたことなのかもしれません。

 増産を正当化してOPECにその機会を与えた米国、米国に増産実施の免罪符を与えられたOPECという構図は、今後の原油市場に大きな影響を及ぼす(禍根を残す)可能性があります。

 世界屈指の原油の生産国、同時に消費国のトランプ大統領率いる米国は、今回の一連の流れの中で、OPECの一歩先を行く、世界の石油市場さえも牛耳るリーダーの一歩を踏み出した可能性があります。

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