【原則2】ベストな対象のみに投資する

 新NISAの利用について、前記の視点で資金移動の能率が悪い投資家がいるのではないかという心配の外に、もう一つ心配で且つより大きなものは、不適切な投資対象を選ぶ投資家がいるのではないかということだ。不適切な投資対象の選択は、意思決定として投資家の損に直結する。

 結論から言うと、つみたて投資枠と成長投資枠の投資対象は同じでいいし、同じにすることが正しい。本項目で以下に述べる一定の仮定に基づく最適選択は「全世界株式のインデックスファンド」だ。

 それ以外の選択が、最適解としてはあり得ないことを以下に説明しよう。

 先ず、つみたて投資枠で投資しても、成長投資枠で投資するとしても、効率よく(リスクを考慮した期待リターンが高く)運用できるといいので、リスクとリターンの評価にあって「ベストな対象にのみ」投資すればいいことは納得できるだろう。比喩的に言うと、お金に色は着いていない。投資としては、最も効率よく増やすことができる対象以外に用は無いのだ。

 つみたて投資枠で投資できる対象と成長投資枠で投資できる対象は異なり、後者の方が範囲が広い。しかし、幸いなことに、ベストな投資対象はつみたて投資枠の中に存在するし、その対象に成長投資枠で投資することが問題なく可能なので、悩む必要はない。

 では、なぜインデックスファンドがいいのか。それは、現象面では、(1)インデックスファンドの運用成績がアクティブファンドの運用成績の平均を上回り、且つ(2)相対的に運用成績が優れたアクティブファンドを選ぶことがプロも含めて誰にも困難だからだ。

 世間では、投資家にとっても非効率的なファンドも売らなければならないという大人の事情のために「ファンド選択の目利き」(=良いファンドを選ぶこと)のような作業が可能であったり、それが可能なプロがいるかのごとくに振る舞う人(間違いなく「大人」)がいるが、そのような方法や人は存在しないと考えていいし、仮に存在しても広く一般的に利用可能ではない。つまり、合理的な投資家はアクティブファンド選択について「気にしなくていい」。

 現象面で(1)、(2)が起こる理由は、主にインデックスファンド(時価総額加重で市場平均を持つタイプ)が市場に存在する「アクティブ運用の平均」をもって「余計なトレードコストを払わずにじっとしている」からだ(加えて、商品としても運用管理費用の設定が低い)。

 この原則は、努力の当たり外れが平均化されるような賭けのゲームにあっては、ゲームの参加手数料コストを節約することが有利だという単純だが頑健な原理によって支えられている。アクティブ運用は「努力の当たり外れが平均化されるような賭けのゲーム」そのものだ。ゲームの構造を見抜くことができないとすると、知的に大変残念だ。

 こうした理由が背景にあるので、相場の見通しはインデックスファンドの優劣に関係ない。「全体としては下げ相場が予想されるので、優良な銘柄への選別投資が有効だ」とか「市場全体ではボックス相場が予想されるので、アクティブ運用が優位だろう」といったことを言う人は「相当に愚か」だと考えられる。より正確には、本当に愚かなのか、愚かなふりをしている「大人」なのかいずれかにちがいない。

 なぜなら、インデックス運用とアクティブ運用の優劣が平均の上下に無関係な相対的なものであることを見落としているし、ついでに言うと、「下げ相場」、「ボックス相場」などと相場の先行きが分かると思っているなら二重に誤っているからだ。もちろん、この種のことを言う人の側にだけ問題があるわけではない。このような話に耳を傾ける情報の受け手の側も早く目を覚ます方がいい。無益なコミュニケーションはない方がいい。

 さて、リスク資産への投資に関して「ライバルの平均に投資すること」は有利だ。これを、「国内株式」のような1つのアセットクラスに適用したものが、S&P500やTOPIXなどに連動するインデックスファンドであり、その運用競争上の価値はアクティブ運用の平均値を大凡代表していて、よく分散された回転率の低い(売買コストの小さい)ポートフォリオとなっていることだ。

「ライバルの平均に投資すること」は、アセットアロケーションにも応用が可能だ。運用に関する競争が規格化されていて、運用成績のデータが整備されている年金運用の世界では、年金基金や運用会社がアセットアロケーションの単位でライバルと競争しており、ライバルの平均を意識した運用を行っている。

 NISAの投資家がどのような投資家をライバルと見るのがいいかは議論が分かれる余地があるが、日本の年金基金などの投資家のアロケーションとグローバルに運用する世界の運用資金とのアロケーションの、アロケーション自体と結果のリターンの両方の差が縮小する傾向にあり、「世界の投資家の概ね平均であって且つ運用の基準として意識されている」点で全世界株式のインデックスファンドを「ライバルの平均」の代理変数として選ぶことは日本の投資家にとっても概ね現実的だと言っていいだろう。

「ベストな対象」を「複数のインデックスファンドの組み合わせ」と解釈して投資することも現実に悪くはないし、仮定の置き方によってはもっともらしいポートフォリオができる。仮に、筆者が自分の資産を投資する場合、3つか4つのインデックスファンドを組み合わせたくなるかも知れないとも思うのだが、仮にそうするとしても、それは「趣味としてそうする」のであり、その状態と「全世界株式のインデックスファンド1本との優劣は分からない」のが現実だ。

 では、ポートフォリオとしての優劣がはっきり分からないことを前提とすると、この場合、投資対象を1本に絞るとリバランスの配慮が不要になるなど、管理がシンプルになることのメリットが大きいことに気づく。

 つまり、筆者のような趣味に逸脱しかねない投資家も、理屈を考え、メリット・デメリットを比較すると、全世界株式のインデックスファンド1本に絞る方が賢いということに気がつきそうだ。自分のお金を運用する場合があれば、やはり筆者もそう考えることにする。

 さて、現実の多くの投資家の投資対象選択にあって心配なのは、「成長投資枠」で全世界株式のインデックスファンド以外のアクティブファンドなどに投資するのがいいのではないかという先入観を持って、これに影響されることだ。

 そもそも「成長投資枠」というネーミングがかなり怪しげだが、筆者はこれを、制度を作る際に政治家や金融業界を納得させて大きな投資枠を獲得するための「方便」だったと解釈している。一時の方便であって、もう役割を終えているので、賢い投資家は本来これを気にするには及ばない。

 他方、ビジネスで手数料を稼ぎたい金融業界の「大人」たちは、「成長投資枠」という言葉のイメージを最大限に利用しようとするだろう。

 具体的には、年金運用の世界で多用されている「コア・サテライト運用」のイメージを個人投資家に押しつけてくることが予想される。

 コア・サテライト運用とは、インデックス運用を「コア」(中核)として、その周囲にバランスを取りながらアクティブ運用を組み合わせて並べる運用のことを指す。「コア」と「サテライト」の比率は基金によって様々だが、大規模な基金ではコアが7割から8割程度を占めることが多い。

 一般に、他人の愚かさは、自分の愚かさよりもよく見えやすい。個人投資家は、年金基金のコア・サテライト運用の愚かしさを見て、一度腹の底から「嗤って」(軽蔑しながら笑うという意味だ)みるといいと筆者は思う。

 なぜなら、インデックス運用がコアとされる理由は、「インデックス運用の方がアクティブ運用よりも平均的に優れていて、且つ相対的に良いアクティブ運用を事前に選び出すことが不可能だから」であり、この理由が成立しないのなら、全体を堂々とアクティブ運用の組み合わせで運用すればいい。そうしない現実性があるにも関わらず、サテライトと称する部分を設けているのは、年金基金、運用会社、年金コンサルタントなどの年金業界の利害関係者が暗黙の談合の下に「余計な仕事」を作って、仕事をしている気分に浸りつつ報酬を得たいからからという理由に他ならない。

「コア・サテライト運用」は、それ自体が論理矛盾を形にした恥ずかしい実例なのだ。プロがやっているからといって、個人投資家は真似しない方がいい。プロにはプロなりの「大人の事情」があるのだ。個人投資家は大らかに嗤ってやって欲しい。