「唯一の」を敢えて強調する理由

 2024年から新しいNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)制度(以下「新NISA」)がスタートする。新NISAは、これまでのNISA、つみたてNISAなどの制度の不満点の多くを解決し、税制優遇の規模としても大きな拡大がなされた、投資家にとって素晴らしい制度だ。

 行政や政治に対しては、公に発表する文章ではどうしても批判や注文が多くなりがちだが、褒めるべき時には大いに褒めていい。新NISAはその対象にしていいと筆者は考えている。金融庁をはじめとする関係者は、よくやってくれたと思う。

 今回は、新NISAをどのように使うのが「正しい」かについて述べることにする。「正しい」と付加すること自体がそもそも強調なのに、更に「論理的に」、「唯一の」とタイトルに付け加えると力が入りすぎているような気がしなくもないが、世間には、敢えてこの点を曖昧にして、「人によって最適な運用方法は異なる」、「相場の状況によって正しい運用方法は異なる」という前提を忍び込ませて新NISAの運用方法を説明したがる向きがあるので、今回は違いを敢えて強調することとしたい。

 曖昧な前提を忍び込ませたい側の理由は、比喩的に一言で言うなら「大人の事情」であり、もっと有り体に言うと、ビジネス的な思惑があるか、情報の発信者が物事を正確に理解していないかのどちらかだ。これらの事情に左右された記事などを発信することは人間として残念なことだが、広告収入をあてにしなければならないマスメディア媒体や、不正確な知識でも専門家のようにふるまわなけれならない「大人」は現実に存在する。

 では、新NISAの論理的に正しい唯一の運用方法とはどのようなものか。結論を一言でまとめると、「なるべく大きく使って、ベストな対象にのみ投資する」ということになる。

 以下、筆者なりに丁寧且つ具体的に説明する。「正しく」て、「唯一」であることを強調するために、それ以外の方法や方法の説明者・実行者などに対して些か強い言葉を並べることになるかも知れないが、「大人」たちも様々な事情を抱えているので、どうか彼ら(彼女ら)にも「少しだけ」同情してあげて欲しい。

【原則1】大きく使う

 新NISAの正しい使い方の第一原則は、大きく使うことだ。資産の運用の大きさは、運用する資産の「額」と運用期間の「長さ」のかけ算で概ね決まるので、この両者を大きくすることが行動原理になる。

 言うまでもなく「NISA」は投資の置き場所であって、投資対象そのものではない。言葉として、「NISAに投資する」は不正確であり「NISAで投資する」が正確なのだということの意味が分かればいい。

 投資は、何らかの「対象」に対して、何らかの「場所」(具体的には金融口座)で資金を投じることなので、与えられた条件・制約の下に「対象」と「場所」を最適化すると正しい実行方法に辿り着く。

 NISAは「有利な投資資産の置き場所」なので、先の要約の前半部分は、先ずこの有利な置き場所をなるべく「大きく」使おうと述べている。

 新NISAは、一年間に、つみたて投資枠120万円と成長投資枠240万円の合計360万円までの投資が可能で、この合計が1,800万円になるまで税制優遇を得た投資が可能な制度だ。

 投資家は、先ず自分の投資資産を、なるべく「早く」、可能な限り「大きく」、NISA口座に移すことが最適な行動になる。既に360万円以上の投資資産を証券会社の特定口座などに持っている投資家は、最速の手続きで360万円をNISAに移すことが「最適」だ。

 資金の管理上は毎月の積立が便利かも知れないので、「毎月30万円×12ヶ月」や「毎月10万円の積立+240万円の一括投資」というくらいの設定が現実的かも知れないが、「年間1回」が定期的な積立として可能なら、つみたて投資枠を年の初めに年間一回で埋めてしまうことが厳密には合理的になる(そこまでやらなくてもいいとは思うが)。

 例えば毎月30万円に相当するような規模の投資を続けるほどの資力が継続的には無い場合でも、既に投資している資産や現在銀行預金等に預け入れている資産を「なるべく早く」NISA口座に移すといい。

 新NISAの投資枠は、税制優遇対象とする投資期間を無期限としつつ、解約した場合には対象資産の簿価(取得価格)金額に応じて一人1,800万円を上限としながら「枠」が復活する仕組みなので、NISAに資産を移すこと及びNISA口座から部分換金した資金を引き出すことに関して相当程度の自由度がある。「枠」への再投資は年間360万円までのつみたて投資枠と成長投資枠を通じて行わなければならないので、1年で復元できる解約額は360万円となるが、この自由度は、中間層くらいまでの富裕度の国民にとって十分な大きさだろう。

 尚、NISA口座の中に運用資産があることのメリットの大きさだが、大まかには「年率1%の利回りに近いメリット」と考えておくといいだろう。NISA口座の中で投資する対象の期待リターンを年率5%とやや控え目に見積もって、「5%の収益に掛かる税金約2割が免除されるからメリットは1%」と考える程度の概算だ。無リスクで運用できる利回りやリスクプレミアム(リスクを取ることによって得られると期待される追加的な利回り。株式の場合年率5〜6%と考える研究者・実務家が多い)は時によって変化するので、メリットの大きさも変わるはずだが、「大まかに年率1%」と考えておくといいと思う。

 尚、運用資産を最速でNISA口座に移動するために年間360万円を投資することを「唯一の正しい方法」として述べたわけだが、これは、既にリスク資産に投資してもいいと考える運用資産が360万円以上ある人向けの話だ。

 まだ十分な額の運用資産がない、典型的には若いサラリーマンのような方は、毎月3万円、5万円、10万円など、ご自分に可能なペースで積立投資を行うことが、その時点その時点での最適額への投資になると考えたらいい。成長投資枠も積立投資は可能なので、合計で毎月15万円といった積立投資も可能だ。

 もちろん、積立投資の金額は変更できる(年単位では変更できることになるはずだ)はずだし、前述のようにお金が必要な場合の部分解約が損なくできるので、新NISAは誰にとっても気楽に利用しやすい制度のはずだ。

【原則2】ベストな対象のみに投資する

 新NISAの利用について、前記の視点で資金移動の能率が悪い投資家がいるのではないかという心配の外に、もう一つ心配で且つより大きなものは、不適切な投資対象を選ぶ投資家がいるのではないかということだ。不適切な投資対象の選択は、意思決定として投資家の損に直結する。

 結論から言うと、つみたて投資枠と成長投資枠の投資対象は同じでいいし、同じにすることが正しい。本項目で以下に述べる一定の仮定に基づく最適選択は「全世界株式のインデックスファンド」だ。

 それ以外の選択が、最適解としてはあり得ないことを以下に説明しよう。

 先ず、つみたて投資枠で投資しても、成長投資枠で投資するとしても、効率よく(リスクを考慮した期待リターンが高く)運用できるといいので、リスクとリターンの評価にあって「ベストな対象にのみ」投資すればいいことは納得できるだろう。比喩的に言うと、お金に色は着いていない。投資としては、最も効率よく増やすことができる対象以外に用は無いのだ。

 つみたて投資枠で投資できる対象と成長投資枠で投資できる対象は異なり、後者の方が範囲が広い。しかし、幸いなことに、ベストな投資対象はつみたて投資枠の中に存在するし、その対象に成長投資枠で投資することが問題なく可能なので、悩む必要はない。

 では、なぜインデックスファンドがいいのか。それは、現象面では、(1)インデックスファンドの運用成績がアクティブファンドの運用成績の平均を上回り、且つ(2)相対的に運用成績が優れたアクティブファンドを選ぶことがプロも含めて誰にも困難だからだ。

 世間では、投資家にとっても非効率的なファンドも売らなければならないという大人の事情のために「ファンド選択の目利き」(=良いファンドを選ぶこと)のような作業が可能であったり、それが可能なプロがいるかのごとくに振る舞う人(間違いなく「大人」)がいるが、そのような方法や人は存在しないと考えていいし、仮に存在しても広く一般的に利用可能ではない。つまり、合理的な投資家はアクティブファンド選択について「気にしなくていい」。

 現象面で(1)、(2)が起こる理由は、主にインデックスファンド(時価総額加重で市場平均を持つタイプ)が市場に存在する「アクティブ運用の平均」をもって「余計なトレードコストを払わずにじっとしている」からだ(加えて、商品としても運用管理費用の設定が低い)。

 この原則は、努力の当たり外れが平均化されるような賭けのゲームにあっては、ゲームの参加手数料コストを節約することが有利だという単純だが頑健な原理によって支えられている。アクティブ運用は「努力の当たり外れが平均化されるような賭けのゲーム」そのものだ。ゲームの構造を見抜くことができないとすると、知的に大変残念だ。

 こうした理由が背景にあるので、相場の見通しはインデックスファンドの優劣に関係ない。「全体としては下げ相場が予想されるので、優良な銘柄への選別投資が有効だ」とか「市場全体ではボックス相場が予想されるので、アクティブ運用が優位だろう」といったことを言う人は「相当に愚か」だと考えられる。より正確には、本当に愚かなのか、愚かなふりをしている「大人」なのかいずれかにちがいない。

 なぜなら、インデックス運用とアクティブ運用の優劣が平均の上下に無関係な相対的なものであることを見落としているし、ついでに言うと、「下げ相場」、「ボックス相場」などと相場の先行きが分かると思っているなら二重に誤っているからだ。もちろん、この種のことを言う人の側にだけ問題があるわけではない。このような話に耳を傾ける情報の受け手の側も早く目を覚ます方がいい。無益なコミュニケーションはない方がいい。

 さて、リスク資産への投資に関して「ライバルの平均に投資すること」は有利だ。これを、「国内株式」のような1つのアセットクラスに適用したものが、S&P500やTOPIXなどに連動するインデックスファンドであり、その運用競争上の価値はアクティブ運用の平均値を大凡代表していて、よく分散された回転率の低い(売買コストの小さい)ポートフォリオとなっていることだ。

「ライバルの平均に投資すること」は、アセットアロケーションにも応用が可能だ。運用に関する競争が規格化されていて、運用成績のデータが整備されている年金運用の世界では、年金基金や運用会社がアセットアロケーションの単位でライバルと競争しており、ライバルの平均を意識した運用を行っている。

 NISAの投資家がどのような投資家をライバルと見るのがいいかは議論が分かれる余地があるが、日本の年金基金などの投資家のアロケーションとグローバルに運用する世界の運用資金とのアロケーションの、アロケーション自体と結果のリターンの両方の差が縮小する傾向にあり、「世界の投資家の概ね平均であって且つ運用の基準として意識されている」点で全世界株式のインデックスファンドを「ライバルの平均」の代理変数として選ぶことは日本の投資家にとっても概ね現実的だと言っていいだろう。

「ベストな対象」を「複数のインデックスファンドの組み合わせ」と解釈して投資することも現実に悪くはないし、仮定の置き方によってはもっともらしいポートフォリオができる。仮に、筆者が自分の資産を投資する場合、3つか4つのインデックスファンドを組み合わせたくなるかも知れないとも思うのだが、仮にそうするとしても、それは「趣味としてそうする」のであり、その状態と「全世界株式のインデックスファンド1本との優劣は分からない」のが現実だ。

 では、ポートフォリオとしての優劣がはっきり分からないことを前提とすると、この場合、投資対象を1本に絞るとリバランスの配慮が不要になるなど、管理がシンプルになることのメリットが大きいことに気づく。

 つまり、筆者のような趣味に逸脱しかねない投資家も、理屈を考え、メリット・デメリットを比較すると、全世界株式のインデックスファンド1本に絞る方が賢いということに気がつきそうだ。自分のお金を運用する場合があれば、やはり筆者もそう考えることにする。

 さて、現実の多くの投資家の投資対象選択にあって心配なのは、「成長投資枠」で全世界株式のインデックスファンド以外のアクティブファンドなどに投資するのがいいのではないかという先入観を持って、これに影響されることだ。

 そもそも「成長投資枠」というネーミングがかなり怪しげだが、筆者はこれを、制度を作る際に政治家や金融業界を納得させて大きな投資枠を獲得するための「方便」だったと解釈している。一時の方便であって、もう役割を終えているので、賢い投資家は本来これを気にするには及ばない。

 他方、ビジネスで手数料を稼ぎたい金融業界の「大人」たちは、「成長投資枠」という言葉のイメージを最大限に利用しようとするだろう。

 具体的には、年金運用の世界で多用されている「コア・サテライト運用」のイメージを個人投資家に押しつけてくることが予想される。

 コア・サテライト運用とは、インデックス運用を「コア」(中核)として、その周囲にバランスを取りながらアクティブ運用を組み合わせて並べる運用のことを指す。「コア」と「サテライト」の比率は基金によって様々だが、大規模な基金ではコアが7割から8割程度を占めることが多い。

 一般に、他人の愚かさは、自分の愚かさよりもよく見えやすい。個人投資家は、年金基金のコア・サテライト運用の愚かしさを見て、一度腹の底から「嗤って」(軽蔑しながら笑うという意味だ)みるといいと筆者は思う。

 なぜなら、インデックス運用がコアとされる理由は、「インデックス運用の方がアクティブ運用よりも平均的に優れていて、且つ相対的に良いアクティブ運用を事前に選び出すことが不可能だから」であり、この理由が成立しないのなら、全体を堂々とアクティブ運用の組み合わせで運用すればいい。そうしない現実性があるにも関わらず、サテライトと称する部分を設けているのは、年金基金、運用会社、年金コンサルタントなどの年金業界の利害関係者が暗黙の談合の下に「余計な仕事」を作って、仕事をしている気分に浸りつつ報酬を得たいからからという理由に他ならない。

「コア・サテライト運用」は、それ自体が論理矛盾を形にした恥ずかしい実例なのだ。プロがやっているからといって、個人投資家は真似しない方がいい。プロにはプロなりの「大人の事情」があるのだ。個人投資家は大らかに嗤ってやって欲しい。

まとめ

 新NISAは、(1)できるだけ早くNISA口座に資産を集めて、(2)全世界株式のインデックスファンド1本で運用すればいい。なすべきことは、それだけだ。

 投資できる資金の額と、その中でリスク資産に振り向けられる金額は個人差があるかも知れないが、「リスク資産に投資する部分」の扱いについては、本稿の前提条件の下に、この方法のみが正解だ。

 大きな前提条件は、(A)株式市場に投資する適切なタイミングを選ぶことはできないが期待値としては株式投資が有利だと考えていることと、(B)良い銘柄やファンドなどをライバルよりも上手く選べない時にはライバルの平均を持つのが有利だと分かっていることの2つだが、タイミングを選ばずに有利な場所で、平均値にフルインベストしてじっとしている以上に合理的な投資方法はない。

 この方法からの逸脱を唯一正当化できる理由は、「遊び」である。筆者もその種の遊びは好きだ。だが、遊びには手間とコストが掛かることの自覚が必要だ。運用が趣味でも仕事でもない人にとっては、「唯一の正しい方法」以外に注意を向けることは時間とコストの大きな無駄だ。

 ところで、あるインデックス投資家から、「世間では、インデックス投資に対して、アクティブ運用よりも一段レベルの低いものだというイメージがあることが不満だ」と聞いたことがある。運用というゲームの仕組み及び世間の仕組みを理解せずに無駄を重ねる不細工な姿に比べると、理屈を理解した上でインデックス投資を実行することの方が遙かに知的でスマートだと思うのだが、いかがだろうか。インデックス投資家は大いに自信を持って、新NISAを合理的に活用するといい。

【訂正】記事本文では、全てのリスク資産をできるだけ早くNISA口座に移すことが「常に」最適であるように書かれていますが、「例外」があることが分かりました。例えば、特定口座内に含み益率が非常に大きな(投資額の数百%の)銘柄を持っている場合に、利益を実現せずにそのまま特定口座内で運用し続ける方が得だと計算できる場合があります。記して、訂正すると共に、ご指摘頂いた方に感謝します。(2023年4月17日 山崎元)