「期待リターン」はどう決まるのか

 投資家にとって、「期待」のつく言葉で最も馴染み深くて、同時に興味の対象でもあるのは「期待リターン」だろう。

「各資産クラスの期待リターンとリスク、相関関係のデータをもとにアセットアロケーション(資産配分)を求めることが出来る」という場合の「期待リターン」だ。この場合、例えば「国内株式」や「外国株式」といった資産クラスの期待リターンはどのように求められるのか。

 建前としては、「期待リターン=予想リターン」なのだから、例えば投資家が「今年の国内株式は十数パーセント後半の値上がりがありそうだし、配当を込みにすると20%くらいのリターンかな」と予想した場合、「20%」を期待リターンとすることで何の問題もない。但し、例えばアセットアロケーションであれば、その数字が、将来のリターン予測を起こり得る確率で加重平均した値として扱われるということだ。

 ここで、将来に関する多数のシナリオの生起確率と予測の値をデータとしてまとめて期待リターンとリスク(標準偏差)を求めるのが本来の考え方なのだが、それはなかなかに面倒だ。現実にはリスクに関して過去データから求めた値を使うケースが殆どだ。計算方法に多少の工夫を凝らす場合があるが、年金基金や運用会社などでも、リスクに関しては過去データから計算したものを使うことが多い。

 但し、この場合、「過去のデータから求めた値(多くは平均的な値)を将来の予想値として使っている」という自覚が必要だ。分析の条件によっては、過去のデータから求めたリスク値が不適切な場合もある。

 では、「期待リターン」の場合はどうか。

 結論を述べると、プロの運用の世界やアカデミックな研究の世界では、「過去のデータの平均は期待リターンとしては殆ど役に立たない」とされている。

 過去のリターンをそのまま期待リターンに用いて計算をするのは、たまたまテキストを見てアセットアロケーションのワークシートを作ってみた投資の初心者のような人くらいだ。

 過去のリターンの平均値が、将来のリターンの予測値として不適切であることは、例えば、現在のように長期的に金利が低下する局面があった後の債券の期待リターンを考えてみると明らかだろう。「長期に亘る過去のデータの平均値だから客観的な期待リターンだ」と言い張ってみても、現在投資可能な債券の利回りが大きく低下してしまっているのだから、予想値としての期待リターンとして使い物にならないことは明らかだ。「車の運転と一緒です。バックミラーではなくて、前を見て下さい」といった皮肉を言われておしまいだろう。

 では、将来を予測して、多くのあり得るケースの平均値を探ると考えると、期待リターンを決めることは俄然難しさを増す。

 では、「現実に」機関投資家などはどのように期待リターンを決めているのだろうか。

 遠慮を排してあけすけに言うと、周りの様子や定説を意識しながら、「少し」自分たちの意見を加えて、バランスを見ながら決めている、という姿が年金基金や運用会社の現実だ。

 思い切って要約すると、「プロが使う期待リターンは社会的に決まっている」と言い切っていいかも知れない。

 プロには、顧客がいて、ライバルがいる。顧客の希望に沿わなければならないし、ライバルに「大きく負けるわけにはいかない」。一方、期待リターンに関しては客観的な答えの求め方が確立されているわけではない。それでは、どうするか。

 期待リターンをライバル達が使う値の平均に寄せたり、期待リターンについて独自の数字を使う場合には計算方法にアレンジを加えたりして、「無難な(ライバルからの乖離が現実的な範囲の)アセットアロケーションの結果」を狙うプロセスの中で期待リターンが決まっているといった状況が現実だ。

 筆者は、例えば株式の期待リターンとして「無リスク資産の利回り+リスクプレミアムが5〜6%くらいが定説なので、やや慎重にリスクプレミアムを5%だとして運用計画を考えましょう」(リスクは過去データからの推定値を使う)というくらいの説明で本を書く場合が多いが、これは機関投資家と似たことを手の内を明かしながらやっていると言っていいだろう。