※本記事は2014年10月3日に公開したものです。

今年ベストのビジネス書

 今回は、秋の読書への推薦図書をご紹介しよう。ピーター・ティール「ゼロ・トゥ・ワン」(関美和訳、NHK出版)が素晴らしい。筆者は特に書評を専門としている訳ではないが、今年発売されたビジネス書として、断然のナンバーワンだと評価する。

 著者のティール氏は多才な人物で、もともとは法律分野の秀才だったが、ペイパル、パランティアの共同創業者という成功したベンチャー経営者であり、さらに、スタートアップに投資するエンジェル投資家でありヘッジファンドの運用者でもある投資家の顔も持っている。後者では、たとえば、フェイスブックの最初の外部投資家として有名だ。

 彼の新著「ゼロ・トゥ・ワン」は、主にスタートアップ企業を題材にベンチャー・ビジネスの経営を語った本だが、同時に、経済とビジネスの仕組みを深く洞察していて、著者自身が投資家であることもあって、投資家が読んで得るところの多い本にもなっている。

 本書の経営書としての読み方は別の場所に書いたので(ダイヤモンド・オンライン「ゼロから「1」をつくるベンチャー企業経営術とは? ~読書の秋に『ゼロ・トゥ・ワン』を読むべき理由」)そちらをご参照頂きたいが、今回は、投資家読者のために株式投資、特に新興企業に対する投資の参考書として本書をご紹介したい。

 筆者(山崎)は元ファンドマネジャーだが、ベンチャー投資とは縁が深くなかった。筆者のゲームは、主に一部上場企業に投資して、TOPIXに対して相対的なリスクを管理しながら、TOPIXに少し勝つことを目指す、といったものだったので、「ゼロ・トゥ・ワン」の視点はとても新鮮だった。

儲かるビジネスのキモは「独占」

 ティール氏の経済観・経営観で最も顕著な特色は、「競争」を嫌うことだ。世の中の多くの凡庸な企業は競争に巻き込まれて利益を失い、成長出来ないか、消えて行く。投資して儲かる企業とは、現在、何らかの分野で独占的なポジションを得ていて、利益を上げ、成長している企業、ないし将来それが可能な企業である。

 企業が大きく成長するためには、無から有を作り出すような(ゼロを「1」にするような)、何らかの特質を作らなければならない。

 ティール氏は、スタートアップ企業の構想を練るにあたって、「そのビジネスは10年後に間違いなく存在しているか」を問うべきだと強調する。このチェック・ポイントを覚えておくだけで、結果的に無駄になる新興企業への投資を相当な数節約出来るのではないか。

 たまたまIPO(株式公開)に辿り着いた企業でも、既存企業の後追いを少々のコストカットで行っただけだったり、製品やサービスを容易に真似されて競争の渦中に飲み込まれそうだったりする企業はダメなのだ。特に、ネットのビジネスは、立ち上がりも早いが、競争の進展も早い。

 ティール氏は、独占企業は自らが競争環境下にあるように振る舞い、競争下にある(普通の)企業は自らの独占性を強調する傾向があるという。これは、なるほどと思わせる傾向性だ。

 独占は、一般に悪い事とされていて、かつて強かった頃のキリンビールやマイクロソフトは独占禁止法対策に大変苦労した。真の独占企業は、むしろ自らを弱く見せるように振る舞うものなのだ。

 具体的には、例えば、現在のグーグルは、検索エンジンと従って検索連動広告にあって、圧倒的な優位を持っているが、自分達を厳しい競争に晒されている総合的なテクノロジー企業であるかのように自らを説明する。

 逆にIRで自社の独占的地位を強調するような会社は、眉にツバを付けて評価した方がいいということだ。

 スタートアップ企業の戦略として、ティール氏は小さくても独占的なポジションを取ることができるマーケットに集中して、そこで勝ってからその適用範囲を拡げていくことを推奨する。初期のペイパルは、イーベイのオークションに特に熱心に参加する数千人を対象にサービスを普及させて、成長の切っ掛けを掴んだ。

 ニッチ市場で圧倒的に勝っている企業が市場を拡大して勝てる可能性を正しく評価することが出来れば、良い投資に辿り着くことが出来る。

 ティール氏は、競争を「資本主義の対極にあるものだ」とまで嫌う。一方、独占企業の利潤が、消費者の支払うコストによるものだ、という点も認める。

 この矛盾を、ティール氏は、「クリエイティブな独占は消費者に新たな選択肢を提供することで消費者と社会に貢献する」と考える事で解消する。確かに、初歩のミクロ経済学の教科書にあるようなモデルは、技術が一定であり、且つ調整コストは仮定によりゼロだから、利潤がゼロの完全競争状態が直ぐに達成されてしまう。

 ティール氏の言葉を引用すると、次のような感じだ。「クリエイティブな独占環境では、社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたらされる。競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになる」。今、円安で一息ついているが、近年の日本の家電業界が後者の実例だろう。

 現実のビジネスと経済は、(1)イノベーション→(2)独占=独占利潤の獲得→(3)競争の浸透→(4)利潤の縮小、といったプロセスを辿るのだと考えると見通しが良くなる。