独占企業の特徴

 さて、儲かる企業は独占企業でなければならない。では、どのような企業が独占企業になることができるのか。

 ティール氏によると、幸福な家庭がそれぞれに違っているように、独占企業もそれぞれに違っているが(他方、不幸な企業は競争状態にある点で似ている)、たいていは、次の4つの特徴を持つという。(1)プロプライエタリ・テクノロジー(固有で真似出来ない技術)の所有、(2)ネットワーク効果、(3)規模の経済、(4)ブランディングだ。

 製品やサービスの優位性は、少なくとも二番手の10倍優れている必要があるという。グーグルの検索アルゴリズム・速い検索結果表示・検索ワードの確度の高い自動表示などは、二番手を大きく引き離している。また、登場時のアマゾンは、書店として他の書店よりも少なくとも10倍の書籍を持っていた。

 利用者の数が増えるのと共に利便性(使用価値)が向上するのがネットワーク効果だが、そのネットワークがまだ小規模な時の初期ユーザーにとって価値あるものでない限り、効果は拡がらないという。ハーバードの学生の間で広まり、ついには世界に拡がったフェイスブックが好例だ。

 規模の経済は、オールドエコノミー企業でも強力に働いている原理だが、規模拡大の可能性を最初の段階からデザインに組み込むのが優れたスタートアップだとティール氏は言う。例としては、ツイッターが追加のユーザー獲得のために多くのカスタム機能を加える必要がないことを挙げている。

 これらの条件を揃えた上で、さらに強力なブランディングが加わると、現在のアップルのような成功につながる(但し、将来までは分からない)。

明日の独占企業の特徴

 過小評価されている独占企業を見つけること、あるいは、将来独占企業になることが可能な企業を見つけることが、投資家を幸せにする。それは、分かる。そして、投資家としてのティール氏によると、スタートアップへの投資は、一つの成功例の儲けが、残りの全ての儲けに勝るのが常だという。

「残り」があるということは、ティール氏といえどもある程度は分散投資しているということだが、大成功する一つを見つけるヒントはないか。

 投資の参考書としての「ゼロ・トゥ・ワン」が優れているのは、スタートアップを上手く経営する方法が具体的に書かれていることを通じて、「将来の独占企業の卵」を見つけるヒントが多数散りばめられていることだ。

 全てを説明することは筆者の手に余るが、印象的なポイントを幾つかご紹介しよう。

 先ず、ゼロを「1」にするようなクリエイティブな仕事に成功するメンバーは「使命感で結ばれた一握りの人たち」でなければならない。「大組織の中で新しいものは開発しづらく、独りではさらに難しいからだ」というのが、その理由だ。孤独な天才だけでは、ひとつの産業を丸ごと創造することはできない。

 ついでに、「機能不全が極まった組織では、実際に仕事を片付けるよりも鋭意努力中だとアピールする方が昇進しやすい(もし君の会社がそうならば、今すぐ辞めた方がいい)」とティール氏は付け加えてくれている。本題から逸れるが、多くのビジネスパーソンのご参考になろう。

 投資を検討している会社に、「真に強力な少人数のチーム」があるかどうかが大切だ。このチームは「カルト」に近いキャラクターを持つとのことだが、これとの対比として、自分のことばかり考えるニヒリスティックな人たちとして「コンサルタント」をティール氏が挙げているのは、なかなか面白い。

 コンサルタントが経営に関与するようなベンチャー企業はダメだ、とも読んでみたい。

 あるべきスタートアップ企業の特徴についても詳しい。幾つか列挙しよう。

 会計士や法律顧問のような専門職を除いて、スタートアップに関わる人はフルタイムで関わる必要がある。

 取締役の数は多くない方がいい。理想はビジネスの内容を分かった3人で、大規模な上場会社でないかぎり、5人を超えない方がいい。

 スタートアップでなくとも、有名人を多数社外取締役に起用してガバナンスを強化したようなふりをしている企業はダメなのだ。

 また、初期のベンチャー企業は、CEOの報酬が少ないほどいい、とも著者は言う(15万ドルが上限だそうだ)。ストック・オプションなど、会社の所有権が主な報酬になるべきだ。但し、所有権の付与をどう行うかは、非常に高度なマネジメント問題で、何株オプションを付与されているか従業員がお互いに知るようになると、管理が難しいといった、生臭い話も書かれている。

 そして、スタートアップの生き残りには、社内の平和が何より大事で、そのためには、幹部社員を持ち場を共通にして競争させるよりも、仕事の分担を分けて敵対関係を避けながら責任を持たせるのがいいというのが、経営者としてのティール氏の意見だ。

 二番手に10倍の差を付けた独占を目指すなら、小さな違いを追いかけるより大胆に賭ける方がいいし、出来の悪い計画でも将来の計画はある方がいいし、競争の激しい市場は避けるべきだし、販売はプロダクトと同じくらい大切だ。

 競合企業を真似たり、細かな環境適応を繰り返すことをはじめから計算したりしているような企業をティール氏はたいして評価しない。

 一方、営業を重視している点でもティール氏は非常に現実的だ。ベンチャー企業の失敗の原因は、ダメなプロダクトであるよりも、営業がダメな場合の方がずっと多いという。

 筆者の身の回りにも、起業中の人、起業を目指す人が何人かいるが、これらの条件をクリアするのは、なかなか難しいことであるように思う。

 上記の何れも、新興企業、ベンチャー企業への投資を考えるにあたって、大いにヒントになるのではないか。

 また、ビジネスパーソンにとっては、どのような企業で自分の時間を使うかが、真剣で且つ分散の効きにくい「投資」になるが、転職や就職を考える、ビジネスパーソン、学生の参考にもなるだろう。