投資の「タイミング」と「分散」について

 投資の技術的な側面について二つ補足しておこう。

 一つはタイミングだ。ティール氏の著作を読むと、スタートアップ企業の株価が将来の(予想)キャッシュフローによって評価されると書いてあり、この点には賛成なのだが、加えて、評価が変わるタイミングについて参考になる記述がある。

 筆者なりに要約すると、成功したスタートアップのIPOのようなケースでは、(1)リスクはあるけれども将来の可能性が過大評価されて熱狂的に高値が付く段階、(2)現実のビジネスが見えてきて過剰な期待が現実的に修正されて株価が低迷する段階、(3)ビジネスが続いていて様子が見えてきたことから将来の成長が具体的に見えるのと共に株価評価上の将来のキャッシュフローに対する「割引率」が縮小して株価評価が高まる段階、といったパターン化が出来るように思う。

(3)の段階では、将来利益が「べき乗則的に」(指数関数的に)増えることに対するが過小評価が修正される力と、理論的にはリスクに対して投資家が決めるはずの「割引率」が低下する力の両方とが働いて、株価を押し上げる。

 フェイスブックの長期間の株価推移などを見ると、このようなパターンが当てはまるのではないかと思うのだがいかがだろうか。

「一時評価を下げたけれども、それなりにビジネスが継続しているベンチャー」に投資するタイミングの考え方として、本書のアプローチは参考になる(ティール氏自身は、フェイスブックを上場時に売却したことで有名だが)。

 ベンチャー企業への投資が、分散投資で行われるべきか、集中投資で行われるべきかは難しい問題だ。一つの成功例が、他の全てを凌駕するのが、ベンチャー投資の世界であり、平均的なリターンとバラツキを持つとモデル化出来る既存大企業への投資とは異なることをティール氏は強調する(特に、人生は分散投資出来ない!)。

 だが、現実のベンチャー投資家は、ポートフォリオとして複数のベンチャー企業に投資している。ティール氏も明らかにそうしているのが現実だ。

 万能の予言者でない以上、投資家は分散投資から離れることができない。強気なティール氏は、著書にこのことを書いていないが、現実にはそういうことなのだろうから、この点だけは、投資家の側で補ってご自分の投資を考えるといい。

 とはいえ、「ゼロ・トゥ・ワン」を読むと、「大成功する一つ」を見つけるヒントが多数見つかるし、何よりも、多くの投資をしても無駄な企業への投資を避けることが出来るようになるだろう。

 読者の、ビジネス・ライフと投資の両方を改善する本書は文句なしに優れた投資対象である。

【コメント】

 ピーター・ティール氏の「ゼロ・トゥ・ワン」は近年で最も優れたビジネス書だと思っている。この頃のティール氏の記述はまだ直裁で「フレッシュ」だ。その後、彼が関わった企業群は、ペイパルやフェイスブックなどに代表されるように、今や巨大な時価総額を持っている。同書を紹介した拙稿は2014年の記事だが、この後にもっと優れたビジネス本があったとは思えない。自分が書いた記事を読んでみて、「確かに、その通りだ」と思い直す点が多い。投資家には、是非「ゼロ・トゥ・ワン」を再読することをお勧めする。(2021年10月2日 山崎元)