迫り来るスタグフレーション的債務危機

 米国の長期金利上昇に逆回転が起き始めている。低金利は、グロース株を中心とした株式の上昇を後押しするだけではなく、コロナ禍における緊急的かつ大規模な財政出動が必要となる現在の局面では好ましい環境だと言えるであろう。

 ただし、経済の体温計である長期金利の低下は思わぬ副反応をもたらす。

 景気後退(スタグネーション)と物価上昇(インフレーション)が同時に進行する現象をスタグフレーションと言う。

 通常、景気が停滞すれば需要が落ち込むため、物価は下落しデフレーションとなるが、原油価格の高騰や原材料、素材関連の価格上昇などによって不景気の中でも物価が上昇するケースがある。

 景気の後退で賃金が上がらないにもかかわらず物価だけが上がっていく場合、生活者にとっては極めて厳しい状況になる。

 世界は1970年代のオイルショック後に厳しいスタグフレーションを経験した。ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授が、再び、世界的なスタグフレーションが起きる可能性を指摘している。

 長年にわたる超緩和的な財政・金融政策により、世界経済は今後数年のうちにスローモーションのような列車事故に見舞われることになり、事故が起きると1970年代のスタグフレーションと2008年以降の債務危機が相まって、主要な中央銀行は不可能な状況に陥るだろうと…。

 それは、米国だけではなく、欧州中央銀行、日本銀行、イングランド銀行にとっても同様だという。さらに問題なのは、それが「もし」ではなく「いつ」であるとしている。

 プロジェクトシンジケートに掲載された「The Looming Stagflationary Debt Crisis(迫り来るスタグフレーション的債務危機)」の一部を抜粋してご紹介しよう。

 今日の高い株価収益率、低い株式リスク・プレミアム、膨張した住宅とハイテク資産、SPAC(特別目的買収会社)、暗号セクター、高利回り企業債、担保付貸付債権、プライベート・エクイティ、ミーム・ストック、暴走した小売店のデイトレードを取り巻く不合理な高揚感など、警告の兆候はすでに明らかだ。どこかの時点で、このブームはミンスキー・モーメント(突然の自信喪失)で最高潮に達し、金融引き締め政策がバストとクラッシュを引き起こすだろう。

 しかし、その間、資産バブルに拍車をかけている同じ緩い政策が消費者物価の上昇を続け、次の負の供給ショックが来るたびにスタグフレーションの条件が整うことになる。このようなショックは、保護主義の再燃、先進国および新興国における人口動態の高齢化、先進国における移民の制限、製造業の高コスト地域への移転、あるいはグローバルなサプライチェーンの分断などが考えられる。

 気候変動やCOVID-19パンデミックの影響で各国政府が自立を強めている中、米中のデカップリングは世界経済を分断する恐れがある。さらに、重要インフラへのサイバー攻撃がますます頻発することによる生産への影響や、不平等に対する社会的・政治的な反発も加わり、マクロ経済を混乱させるレシピが完成している。

 さらに悪いことに、中央銀行は事実上独立性を失っており、債務危機を回避するために巨額の財政赤字をマネタイズするしかなくなっている。公的債務も民間債務も急増しており、債務の罠に陥っている。今後数年間、インフレ率が上昇するにつれ、中央銀行はジレンマに直面する。

 インフレに対処するために非伝統的な政策を段階的に廃止し、政策金利を引き上げれば、大規模な債務危機と深刻な不況を引き起こすリスクがある。しかし、緩い金融政策を維持すれば、二桁台のインフレに陥り、次の負の供給ショックが発生したときに深いスタグフレーションに陥るリスクがある。

 ヌリエル・ルービニ教授は、FRB(米連邦準備制度理事会)は少なくとも2018年12月から債務の罠に陥っていたと指摘している。

 コロナウイルスのパンデミックに陥る1年前に株式市場と信用市場の暴落によって政策引き締めの撤回を余儀なくされたことが現在の莫大(ばくだい)な債務を抱えたままのインフレ率の上昇という状況に陥っていると。

 金融インフレの時代には資産価格がほぼ際限なく、つまりシステム全体が破綻するまで上昇する。

 過去の超インフレ期に株価がどう動いたか、1919~1923年のワイマール共和国や1978~1988年のメキシコをみればわかるように、金融インフレに積極的に関与するシステムは、つまるところ破綻する。インフレ期には実質賃金が減少して大衆の生活水準が落ちてしまうからだ。