たった数日間で天国から地獄へ…

 前代未聞となる200億ドル(約2兆2,000億円)規模の株式ブロック取引が26日に行われ、世界中の投資家を震撼(しんかん)させた。著名投資家ジュリアン・ロバートソンのタイガー・マネジメントで働いた経歴のあるビル・ファンは、自身のヘッジファンドを閉鎖した後、ファミリーオフィスとしてアルケゴスを設立した。

 事情を知るトレーダーによれば、同氏は自己資金の数倍の資金を借りて非常に大きくレバレッジを効かせる形でロング・ショート戦略を採用していたという。ビル・ファンは今、史上最大級のマージンコールの渦中にあり、同氏の巨大ポートフォリオは厄介で痛みを伴う清算過程にある。

 また、このブロック取引の余波なのか、米国の野村證券で多額の損失が生じる可能性があると29日に報道が出ている。ビル・ファン氏のファミリーオフィス、アルケゴス・キャピタル・マネジメントによる取引巻き戻しに関連し、その請求額は26日時点での市場価格に基づく試算で約20億ドル(約2,200億円)という。

 アルケゴス・キャピタル・マネジメントが絡むポジションが強制的に清算されたことで影響を受けた金融機関の損失は合計で50億ドル~100億ドル(約5,510億円~1兆1,030億円)に上る可能性があるという。

 バブルのピーク近辺では粉飾決算や詐欺事件が多発する。2008年のバーナード・マドフの詐欺事件やエンロン・ワールドコム事件などはその典型である。

 米国ではサブプライム不動産詐欺事件が、GFC(世界金融危機=リーマンショック)を引き起こした。しかし、このリーマンショックでは多くの不正行為が明らかになったが、監獄に行った人間は一人もいない。ウォール街はいつも「やったもの勝ち」なのである。

 今回のアルケゴスの騒動が、「人けのない道路で発生した単発の事故なのか、それともいつ起きてもおかしくない玉突き事故なのか」(3月31日 ウォール・ストリート・ジャーナルの『アルケゴス危機は投資家への警告』)が問題だが、ゴキブリは1匹ではない。これは氷山の一角であろう。

 ウォーレン・バフェットは、「トータル・リターン・スワップやこれと似たデリバティブは【金融の大量破壊兵器】であり、今は隠れているものの、潜在的に多大な損害を及ぼす危険をはらんでいる」と2013年から警鐘を鳴らしていた。

 アルケゴス・キャピタル・マネジメントでビル・ファンがファミリーオフィスで匿名的にひそかに積み上げた巨額の資産は、たった数日で消失した。

 史上最高の投機家と呼ばれたジェシー・リバモアは、

【株取引には、楽に金がもうかるといった印象があり、人を魅了するが、愚かで安易な考えから相場に手を出せば、簡単にすべてを失ってしまう。無知の対極にある知識は、大きな力となる。 無知を警戒せよ。学習、研究をしっかりおこなうこと。遊び半分ではなく、本腰を入れて取り組まなければならない】

【相場の動きを漫然と「期待して待つ」のはばくちであり、忍耐強く待ち、シグナルを見いだした瞬間「反応する」のが投資・投機である。現金をもたない相場師は、在庫をもたない小売商と同じで、相場師としての命脈は保てない】

 と語っている。

 拝金主義と緩和中毒のなかで、われわれは今こそジェシー・リバモアの言葉を思い起こすべきであろう。ジェシー・リバモアは、「ウォール街にあるいは株式投資・投機に新しいものは何もない。ここで過去に起こったことは、これからもいく度となく繰り返されるだろう。この繰り返しも、人間の本性が変わらないからだ」と述べた。過去に起こったことが何度でも繰り返されるというのは、どういうことなのか? <投機のサイクル>というのは、おおむね以下のようなサイクルで構成されているということだ。

<投機のサイクル>

出所:リアルインベストメントアドバイス

1)バリューレベルで投資家がマーケットに参入 
2)株価が上昇 
3)変化が始まる 
4)投機家がIPOに目を止める
5)初心者投資家がマーケットに参入
6)株価が上昇 
7)ポジティブ・フィードバック・ループ、株価は上昇するのみ 
8)株価の上昇が心理的に強化される 
9)陶酔感が広がる 
10)レバレッジをかけた投資家が増える 
11)陶酔感が熱狂になり、クレジットが拡大
12)熱狂によりリスクの許容度が高まる
13)リスク許容度の高まりによって詐欺や相場操縦が横行する
14)マーケットがクラッシュし、投機が一掃される
15)新たな規制とともに政府が介入
16)投資家はすべてのリスクを避ける