今こそ、材料の俯瞰が必要。“ドル高・金高”は稀有な事象ではない

 ここまで、2月3週の週初から起きた、金を含んだ貴金属価格の上昇、新型肺炎の中国以外の国への拡大、欧米の主要株価指数の下落、などについて書きました。ここからは、今後、金相場の動向考えていく上で、筆者が重要だと考える点について書きます。

 先週(2月3週目)、複数の人から、同じような質問・声がけがありました。

“ドルが上昇しているのに、金(ドル建て)が上昇しているなんて珍しいですよね?”

“現在は、ドル高と金(ドル建て)高が同時進行する、稀にみる事象”

 という内容です。

 これらの問い・声がけは、今後の金相場を考える重要なヒントにつながる意味のある内容なのですが、答えは非常にシンプルで、以前の「極限状態の中、金(ゴールド)に恋をしてはいけない」で述べた、“有事が金相場の変動要因のすべてではない”ということと同様、“ドルの動向が金相場の変動要因のすべてではない”、といえます。

 ドル高・金高(ドル建て)が、稀有な事象に見えるのは、材料を点で見ているためだと思います。以前の「トロフィーの値段は2,000万円!?13年で3倍、その変化から金相場を探ろう」で述べたとおり、近年、特に世界的な大規模な金融緩和が始まった2009年以降、金市場では“材料の多層化”が進んでいます。

 多層化が進む以前は、有事=金買い(有事鎮静化=金売り)、株安=金買い(株高=金売り)、ドル安=金買い(ドル高=金売り)、などと単純な方程式で相場の変動を説明することが比較的容易でしたが、さまざまな技術革新が進んで高度化かつ大衆化した現代の市場は、多層化が年々進行していると考えられ、そのような単純な方程式だけで金相場を説明することが困難になっています、

 以下の通り、金相場に、同時に影響を及ぼす材料は複数あります。複数の材料による影響が連続的に相殺されながら、金相場は日々、動いているといえます。

図:金相場の上昇要因のイメージ

出所:筆者作成

 ここで言う“相殺”とは、単純な、足し算と引き算をイメージしています。

 上図のとおり、筆者は、現在の金相場の材料は、大きく5つに分類できると考えています。“有事”、“中央銀行”、“代替資産”、“代替通貨”、“宝飾需要”です。

 時間軸という切り口で考えれば、“中央銀行”と“宝飾需要”の2つは、比較的長期の変動要因に分類できると思います。

 金の需給データの多くが、四半期ベースで公表されることから、中央銀行の保有高やインドや中国をはじめとした宝飾向け需要のデータを確認できるのが数カ月に一度であることや、もともと、中央銀行も宝飾品として金を買う個人も、頻繁に売買を行う傾向はないためです。

“有事”、“代替資産”、“代替通貨”の3つは、短期・中期・長期、いずれの変動要因にもなる可能性があるため、足元の価格動向を考える上では、この3つ材料の影響度の“足し引き”が重要です。

“有事”とは、現在直面している新型肺炎などの世界的な感染症をはじめ、テロ、戦争、大規模な災害などを含む、“大規模なマイナス要因の総称”と言えると思います。“代替資産”は、株式や不動産などの他の資産と比較し、金が買われているか売られているか、“代替通貨”は、ドルや他の通貨と比較し、金が買われているか売られているか、ということです。

先述の“ドル高・金高”の件は以下の図のとおりで、2月初旬から3週目までその傾向がありました。

※ドル指数は、複数の主要国通貨に対する総合的な強弱を示す指数です。

図:NY金とドル指数との値動き

出所:CMEのデータをもとに筆者作成

 ドル高でも金高が起きた訳ですが、この時に起きていたことは、春節明けに上海総合指数が急落したこと、欧米の主要株価指数が下落し始めたこと、など、2月初旬から主要な株価指数の下落が目立ったことによる“代替資産”の側面で、同時に、株安の要因でもある新型肺炎の中国での蔓延、欧米での感染拡大などによる“有事”の側面で上昇要因が発生したためだと考えられます。

 単純な計算で示せば、ドル高(下落要因)+株安(上昇要因)+有事(上昇要因)=金高、となります。非常にシンプルな話です。

“有事”、“中央銀行”、“代替資産” 、“代替通貨” 、“宝飾需要”、中短期であれば、“有事” 、“代替資産” 、“代替通貨”の3つの材料を相殺しながら金相場のことを考えれば、おおむね、現代の金の値動きを説明することはできると筆者は考えています。

 過去の経験則に縛られず、材料俯瞰し、相殺しながら、金相場のことを考えることが重要です。

 以上、今回は、新型肺炎が欧米に飛び火し、新しい段階に入り、金をはじめとした貴金属相場が騰勢を強めていること、新型肺炎の中国国内外の感染状況、金相場の今後を考える上で重要だと考えられる点を述べました。

 目先、新型肺炎の欧米での影響拡大により、仮に再びドル高が起きても、株安・有事の側面から、金高(ドル建て)が起きる可能性はあると思います。短期的には、NY金先物価格は1700ドルを目指す可能性があると、現時点で考えています。