2月第3週の貴金属相場は全面高。金は4%、パラジウム10%超上昇。今週も金は高い

 2月の3週目、貴金属相場が全面高となりました。最も売買高が多く人気がある金(ゴールド)を筆頭に、銀、プラチナ、パラジウムといった、積立、ETF、先物などを通じて日本の個人投資家が売買できる貴金属銘柄の上昇が目立ちました。

 2週目までのほぼ横ばいの状況から一転し、3週目は4つの貴金属いずれも、上昇が目立ちました。以下は、1週目(2月3~7日)、2週目(10~14日)、3週目(17~21日)、4週目(25日午前時点)の、週別の各貴金属の騰落率です。

図:ドル建て貴金属銘柄の騰落率(週足の始値と終値を比較)

出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

図:円建て貴金属銘柄の騰落率(週足の始値と終値を比較)

出所:TOCOM(東京商品取引所)のデータをもとに筆者作成

 2月3週目は、全体的には、売買高が最も多い金がけん引役となり、銀、プラチナ、パラジウムを上昇に導いたと考えられます。

 金よりも上昇率が高かったパラジウムは、この点に加え、従来からの需給の引き締まり感が継続していること、そして、その市場規模の小ささから、価格にトレンドが出た時、比較的少量の注文でも変動率が大きくなる傾向があることなどの要因が作用したとみられます。(パラジウムの需給については、以前の「プラチナ安値圏、パラジウム史上最高値。長期的に貴金属に投資するなら?」をご参照ください)

 2月3週目、貴金属相場が上昇一色となったわけですが、その背景には何があったのでしょうか?

新型肺炎、欧米へ“2つの飛び火”

 以前のレポート「極限状態の中、金(ゴールド)に恋をしてはいけない」で、新型肺炎の影響が、具体的に欧米に波及した場合、それは欧米にとって対岸の火事ではなく、欧米自体の火事となるため、ドル建ての金相場に上昇圧力をかける可能性があると書きました。

 実際に2月3週目、欧米で、新型肺炎の感染者や死亡者が出始め、新型肺炎のマイナスの影響が拡大したことで主要株価指数の下落が目立ち始めました。欧米に、新型肺炎が具体的で直接的に影響を及ぼし始めたことがきっかけとなり、欧米で主に取引される、金価格の国際的な指標であるドル建て金が上昇したと考えられます。

(1)欧米で新型肺炎の感染者が増加。欧州では死亡者が出始めた

 以下より、新型肺炎の感染者・死亡者のデータを確認します。以下のグラフは、WHO(世界保健機関)が毎日公表しているデータをベースに作成した、新型肺炎の感染者数および同肺炎による死亡者数の前日比を示したものです。

 日本時間25日(火)未明、WHOの事務局長は新型肺炎について、現時点では、パンデミック(世界的大流行)とは言えないものの、各国はそれに備える必要があると発言しました。

 このことは、これまで目立った影響が出ていなかった欧米で、徐々に新型肺炎の感染者・死者が出はじめたことを受けた発言と考えられます。

図:世界全体の新型肺炎の感染者数(前日比) 単位:人

出所:WHOのデータをベースに各種報道を参照の上、筆者作成

 中国における新型肺炎の感染者の増加のペースは、鈍化傾向にありますが、特に2月3週目から、中国以外での感染者の数の増加が目立ち始めています。2月24日には、中国以外における増加数が300人となり、220人だった同日の中国における増加数を上回りました。

 また、以下は、世界全体における新型肺炎が原因で死亡した人の数の前日比です。

図:世界全体の新型肺炎の新たな感染者の数(前日比) 単位:人

出所:WHOのデータをベースに各種報道を参照の上、筆者作成

 同じく2月3週目から、中国以外において、新型肺炎による死亡者が出始めていることがわかります。まだ規模は小さいですが、確実に、中国以外の感染者・死亡者が増加しています。

 以下は、中国国外の主要地域における、新型肺炎の感染者の前日比です。

図:欧州、米国、日本などの中国以外の新型肺炎の感染者数(前日比) 単位:人

出所:WHOのデータをもとに筆者作成

 2月3週目から、徐々に、欧米で感染者が増え始めています。欧州はイタリア、ドイツ、フランスで感染者が増えています。米国では、2月3週目の週末となった2月22日に、35人に増加しました。

 また、以下は、中国国外の主要地域における、新型肺炎の感染者の前日比です。

図:欧州、米国、日本などの中国以外の新型肺炎による死亡者数(前日比) 単位:人

出所:WHOのデータをもとに筆者作成

 欧米の感染者・死亡者のデータはまさに、新型肺炎の影響が欧米に“飛び火”したことを示しています。すでにイタリアでは、大規模なイベントが中止になったり、観光名所や一部の自治体が封鎖されたりしていると報じられています。

 これまでアジアが中心だった新型肺炎の影響が、いよいよ、欧米を含んだ中国以外の国や地域に“飛び火”し、世界的な懸念が強まっています。欧米での懸念の高まりが、金価格の国際的な指標であり、欧米で主に取引されているドル建て金価格を上昇させる一因になっているとみられます。

 以下より、新型肺炎の欧米への飛び火について、2つ目の事例を述べます。

(2)欧米の主要企業の業績見通しに悪影響を与えはじめた

 新型肺炎の影響が欧米に飛び火し、足元の金を含む貴金属相場を上昇させる要因となっている事例があります。

図:NYダウと上海総合指数(1月2日から24日まで)

出所:各種データ元より筆者作成

 2月3週目以降、新型肺炎の感染源である中国の株価指数の一つである上海総合指数は反発色を強め、春節前の急落する直前の水準まで戻ってきています。一方、NYダウ平均株価の下落が目立っています。

 また、以下は、欧州の株価指数の値動きです。

図:欧州の主要な株価指数の動き

出所:各種データ元より筆者作成

 2月3週目の後半から下落が目立ち始め、翌週2月24日には前日比、米国の主要株価指数を上回る、4~5%程度の下落となりました。先述のとおり、イタリアでの新型肺炎の感染が急速に広がる中、その他の欧州各国においても、不安心理の高まり、実体経済へマイナスの影響が懸念されていることがうかがえます。

 2月12日に米アップルが2020年1-3月期の売上高見込みを引き下げたのは序章に過ぎず、中国と関りが深い欧米の企業は、少なくとも1‐3月期の業績見通しの下方修正は避けられない状態にあるとみられます。

 資金供給や金利引き下げなどの中国政府による緩和的な措置により、上海総合指数が反発色を強めている一方、欧米では新型肺炎のマイナスの影響が大きくなってきていると見られます。2月3週目以降、新型肺炎の感染者数において、中国以外における増加数が、中国における増加数を上回ったことと一致します。

 欧米に新型肺炎が飛び火した具多的な事例を2つ、確認しました。2月3週目に、金の国際的な価格の指標となるドル建て金が主に売買されている欧米で、(1)新型肺炎の感染者、同肺炎による死者が増え始めて不安心理が急速に強まり、(2)主要企業が売上高の下方修正を余儀なくされるなど実体経済にマイナスの影響を与え始めた結果、金価格が上昇したと考えられます。

 2月の2週目までのような、新型肺炎の影響範囲が、アジアが中心だったことで、欧米のドル建て金相場が目立った上昇にならなかった状況が、一変した訳です。もはや新型肺炎は、欧米にとっての対岸の火事ではなくなったと言えます。

 個人的には、新型肺炎によって米国で死者が出た場合、マーケットに悲観的なムードが生じる可能性があると感じています。この点も合わせて、引き続き、各種データを注視していきたいと思います。

世界的な利下げムードは“通貨の地盤沈下”を招く。金にとって格好の上昇要因に

 上記のような、新型肺炎が欧米に飛び火したこと以外にも、金相場にとって、強気な材料が出始めています。世界的な利下げムードによる“通貨の地盤沈下”です。

 金利の引き下げ(利下げ)は、企業や個人の資金調達を容易にし、経済活動を活発化させる要因になります。2月に入り、主要国では、新型肺炎拡大により実体経済がマイナスの影響を被ることを予防することを目的とした利下げが相次いでいます。

 2月に入り、ブラジルなど10カ国以上で利下げが行われ、中国でも利下げに準じる策が講じられたと報じられています。また、利下げを休止する姿勢が示された米国では、新型肺炎の影響拡大を受け、徐々に、年内に利下げが行われる観測が強まり始めています。

 新型肺炎が飛び火し、心理面でも経済面でも不安が強まり始めた欧米でも、自らの通貨の価値を引き下げる側面を持つ、利下げが行われることとなれば、世界的な“通貨の地盤沈下”が起こりかねません。

 この時、“国の裏付けを必要としない世界共通のお金”という側面を持つ金に、消去法的に保有される動機が生じる可能性があります。

今こそ、材料の俯瞰が必要。“ドル高・金高”は稀有な事象ではない

 ここまで、2月3週の週初から起きた、金を含んだ貴金属価格の上昇、新型肺炎の中国以外の国への拡大、欧米の主要株価指数の下落、などについて書きました。ここからは、今後、金相場の動向考えていく上で、筆者が重要だと考える点について書きます。

 先週(2月3週目)、複数の人から、同じような質問・声がけがありました。

“ドルが上昇しているのに、金(ドル建て)が上昇しているなんて珍しいですよね?”

“現在は、ドル高と金(ドル建て)高が同時進行する、稀にみる事象”

 という内容です。

 これらの問い・声がけは、今後の金相場を考える重要なヒントにつながる意味のある内容なのですが、答えは非常にシンプルで、以前の「極限状態の中、金(ゴールド)に恋をしてはいけない」で述べた、“有事が金相場の変動要因のすべてではない”ということと同様、“ドルの動向が金相場の変動要因のすべてではない”、といえます。

 ドル高・金高(ドル建て)が、稀有な事象に見えるのは、材料を点で見ているためだと思います。以前の「トロフィーの値段は2,000万円!?13年で3倍、その変化から金相場を探ろう」で述べたとおり、近年、特に世界的な大規模な金融緩和が始まった2009年以降、金市場では“材料の多層化”が進んでいます。

 多層化が進む以前は、有事=金買い(有事鎮静化=金売り)、株安=金買い(株高=金売り)、ドル安=金買い(ドル高=金売り)、などと単純な方程式で相場の変動を説明することが比較的容易でしたが、さまざまな技術革新が進んで高度化かつ大衆化した現代の市場は、多層化が年々進行していると考えられ、そのような単純な方程式だけで金相場を説明することが困難になっています、

 以下の通り、金相場に、同時に影響を及ぼす材料は複数あります。複数の材料による影響が連続的に相殺されながら、金相場は日々、動いているといえます。

図:金相場の上昇要因のイメージ

出所:筆者作成

 ここで言う“相殺”とは、単純な、足し算と引き算をイメージしています。

 上図のとおり、筆者は、現在の金相場の材料は、大きく5つに分類できると考えています。“有事”、“中央銀行”、“代替資産”、“代替通貨”、“宝飾需要”です。

 時間軸という切り口で考えれば、“中央銀行”と“宝飾需要”の2つは、比較的長期の変動要因に分類できると思います。

 金の需給データの多くが、四半期ベースで公表されることから、中央銀行の保有高やインドや中国をはじめとした宝飾向け需要のデータを確認できるのが数カ月に一度であることや、もともと、中央銀行も宝飾品として金を買う個人も、頻繁に売買を行う傾向はないためです。

“有事”、“代替資産”、“代替通貨”の3つは、短期・中期・長期、いずれの変動要因にもなる可能性があるため、足元の価格動向を考える上では、この3つ材料の影響度の“足し引き”が重要です。

“有事”とは、現在直面している新型肺炎などの世界的な感染症をはじめ、テロ、戦争、大規模な災害などを含む、“大規模なマイナス要因の総称”と言えると思います。“代替資産”は、株式や不動産などの他の資産と比較し、金が買われているか売られているか、“代替通貨”は、ドルや他の通貨と比較し、金が買われているか売られているか、ということです。

先述の“ドル高・金高”の件は以下の図のとおりで、2月初旬から3週目までその傾向がありました。

※ドル指数は、複数の主要国通貨に対する総合的な強弱を示す指数です。

図:NY金とドル指数との値動き

出所:CMEのデータをもとに筆者作成

 ドル高でも金高が起きた訳ですが、この時に起きていたことは、春節明けに上海総合指数が急落したこと、欧米の主要株価指数が下落し始めたこと、など、2月初旬から主要な株価指数の下落が目立ったことによる“代替資産”の側面で、同時に、株安の要因でもある新型肺炎の中国での蔓延、欧米での感染拡大などによる“有事”の側面で上昇要因が発生したためだと考えられます。

 単純な計算で示せば、ドル高(下落要因)+株安(上昇要因)+有事(上昇要因)=金高、となります。非常にシンプルな話です。

“有事”、“中央銀行”、“代替資産” 、“代替通貨” 、“宝飾需要”、中短期であれば、“有事” 、“代替資産” 、“代替通貨”の3つの材料を相殺しながら金相場のことを考えれば、おおむね、現代の金の値動きを説明することはできると筆者は考えています。

 過去の経験則に縛られず、材料俯瞰し、相殺しながら、金相場のことを考えることが重要です。

 以上、今回は、新型肺炎が欧米に飛び火し、新しい段階に入り、金をはじめとした貴金属相場が騰勢を強めていること、新型肺炎の中国国内外の感染状況、金相場の今後を考える上で重要だと考えられる点を述べました。

 目先、新型肺炎の欧米での影響拡大により、仮に再びドル高が起きても、株安・有事の側面から、金高(ドル建て)が起きる可能性はあると思います。短期的には、NY金先物価格は1700ドルを目指す可能性があると、現時点で考えています。