市場は財政出動の足音を察知している

リーマン・ショックという金融危機の後、中国をはじめ日・米・英・欧の各国政府は大規模な財政出動に動いた。それは需要の先食いであったが、この財政出動という需要の先食いのために各国政府は大きな借金を作った。膨れ上がった借金の金利負担を軽減するために、どこも金融抑圧政策(見えない実質大増税策)を行い、国債の金利が上がらないように中央銀行が国債を買い入れるスキームを作った。

量的緩和というのは、<国債を買い支える仕組み>なのであって、今のところ、日本も米国も欧州も長期金利を低く抑えることに成功している。金利をインフレ率以下に抑えるという仕組みを長期にわたって維持できれば、政府にとっては実質借金額と利払い負担の両方を減らすことが出来るのである。

金利が物価上昇率より低いマイナス金利の状況になると、個人は預貯金で運用していても実質の資産は目減りしていく。マイナス金利は国民から消費する力を奪ったうえで、皮肉にも貯蓄を促進する効果があり、銀行を痛めつけて金融システムを弱体化させている。いずれにせよ、金融抑圧の結果生じたゼロ金利やマイナス金利は、国民から消費する力を奪ってしまったようだ。

「金融抑圧」は国民の富が政府に移転していくというみえない増税である。しかし、ビジネスモデルを失った金融機関の苦境から米国が出口を模索し、一方、日・欧の中央銀行は買う国債がないという事態に陥るなか、量的緩和政策も限界に達している。量的緩和政策の限界から、新たにバブル延命の措置として浮上してきたのが米国の財政出動である。ドナルド・トランプもヒラリー・クリントンも、米国としては久々の財政出動を公約に掲げている。

新債券の帝王と呼ばれる米資産運用会社ダブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラックは、「世界的な金利の上昇は、市場が財政出動の足音を察知しているからだ」、「日本と欧州におけるマイナス金利政策の失敗を教訓に政策の軸足が金融から財政にシフトしようとしているのを市場の一部がいち早く察知した」と指摘している。

米10年国債金利(日足) 金利上昇は利上げよりも財政出動を察知しているのか?
上段:14日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

2008年のリーマン・ショックは、グリーンスパンが<100年に1回の危機>と述べたことで波及効果が大きくなったが、これは<経済危機>ではなく<金融危機>だった。したがって、本来ならゼロ金利や量的緩和策(QE)を即刻行うべきだったが、中国を始め世界各国が行ったのは大規模な財政出動だった。

財政出動はカネをばらまいた分だけ、単年度ベースでは経済効果があった。しかし、カネが切れると効果はなくなり、膨大な財政赤字が残った。リーマン危機後に大きな財政赤字ができたことと、2009年にギリシャ危機が起きたことで、先進国は緊縮財政となっている。このような緊縮財政(日本を除く)のなかで、世界景気がよくなることは考えにくい。今の世界経済には財政出動が必要だ。

「1997年、1998年、2007年、そして2008年のように、私たちは非常に深刻な状況の始まりにいる可能性がある」と述べている元米財務長官のローレンス・サマーズも、長期停滞への処方箋として財政出動が最も有効だと述べている。

「妥当な成長率と妥当な金利が併存できる状態を回復させる政策を通じ、所与の金利水準における需要水準を引き上げる方針を確約し続けることだ。まずは政府支出と雇用が毎年減少し続けるという悲惨な流れに終止符を打ち、経済の供給力が余っているこの時期をとらえてインフラの更新と補強を行うことだ。供給力の余剰がいかに経済の長期的潜在成長力を損なったかを踏まえるなら、政府が過去5年間にもっと投資していれば収入に対する米国の債務負担は今ごろもっと低くなり、将来の納税者に負担を課すこともなかった可能性は非常に高い。長期的停滞は不可避ではない。正しい政策を選べば、妥当な成長率と金融安定を両立させることが可能だ。しかし米国の抱える問題をきちんと診断せず、構造的な需要拡大を確約しないままでは、不十分な成長と持続不可能な金融環境の間を揺れ動く定めになろう。われわれは、もっとうまくやれる」(2014年 01月 6日ロイターコラム:長期的停滞への処方箋=ローレンス・サマーズ氏)

世界経済が減速しそうなのは間違いない

米国の財政出動の規模が明らかになるのは来年だ。新大統領と市場が親和的なハネムーン期間である最初の100日間の間にその全容は明らかになるだろう。一方で、米国の財政出動が出てくるまでは、PERが18.69倍(10月26日現在)のS&P500やPERが17.03倍(10月26日現在)のNYダウなどの割高な株価指数インデックスを買い上げるのは苦しい。年内の相場は11月8日の大統領選挙後と、12月14日のFOMC後の相場の動きが注目されている。それまでは相場に参戦しない理由を探すモラトリアム相場となりやすい。

恐らくFRBは12月14日に利上げするだろう。しかし、世界経済は長期停滞中である。10月4日、IMFのチーフエコノミスト、モーリス・オブストフェルド氏は声明で「世界経済は総じて停滞している」、「低成長が長引けば低所得者層を置き去りにし、すべての問題をグローバル化のせいにする政治的な動きが強まる」、「あまりに長く成長が低迷し、多くの国においてごくわずかしか恩恵が及んでいない」、「政治的な反動が世界経済の成長をさらに下押しする可能性が高い」とし、反グローバル化の動きに懸念を示した。

筆者はクローバリーゼーションの巻き戻しが起こっていると言い続けているが、ブレグジットや米大統領選、欧州の移民問題をみても明らかなように、どの国も内向きの自国優先主義に転換している。即ち、米国も自国優先のドル安政策を志向している中で、現在の米金利上昇=ドル高という相場の持続性も考えなければならない状況にある。筆者は、年内の相場にはどちらかというと慎重であり、ストップロス注文をかならずおいて、相場と対峙している。

現在、世界最大のヘッジファンドを率いるレイ・ダリオは「FRBは短期的な景気サイクルにばかり目をとられている。しかし、長期債務サイクルに目を向けるべきであろう。世界経済の現状は、格差やポピュリズムの台頭といった点で、1930~40年代と似ている。日本や欧州の金融政策は経済刺激の限界に近く、米国や中国はまだ余裕がある。しかし、世界経済が減速しそうなのは間違いない。現在、リスクは圧倒的にダウンサイドにあり、混乱の引き金を引きかねない利上げをすべきではない」と、警鐘を鳴らしている。

高圧経済(high-pressure economy)政策が唯一の方策というイエレン発言の真意は?

米国経済も来年は景気減速懸念が懸念される中、10月14日の講演でイエレンFRB議長は、「経済危機による損失の修復を図るには高圧経済(high-pressure economy)政策が唯一の方策となり得る」(10月 15日ロイター「高圧経済」政策、唯一の危機打開策となり得る=米FRB議長)、との考えを示した。

高圧経済政策は簡単に言うと、金融政策や財政資金の投入で需要を喚起する政策である。

イエレンの「金融緩和基調を当面続けて、財政出動で景気をさらに押し上げるのが唯一の手段」という発言を受けて、米資産運用会社ダブルライン・キャピタルを率いる新債券の帝王ジェフリー・ガンドラックは、「インフレ率が2%を超えても引き締めに踏み切る必要はないとイエレン議長は考えているようだ。一時的であればインフレ率は3%に到達することも可能だ」と感想を述べている。

イエレンの高圧経済(high-pressure economy)政策発言で、「FRBは12月に利上げしたいのか、したくないのかわからなくなった」という声も聞かれるが、イエレンの真意は「12月に利上げしても、その後半年くらいは利上げしませんよ」ということではないかと言われている。新大統領と市場が親和的なハネムーン期間である最初の100日間の間は株を下げたくないという政治的な思惑もあるのだろう。

ローレンス・サマーズの長期停滞論やレイ・ダリオの「FRBは短期的な景気サイクルにばかり目をとられている。しかし、長期債務サイクルに目を向けるべきであろう」という警鐘に影響を受けていると言われるイエレンは、市場が想像するより米国経済に弱気で緩和的なのかもしれない。

株式やコモディティの相場は、最後の相場が熱狂的に上がりやすい。イエレンの緩和長期化路線と予想される新大統領の財政出動によって、現在、チャーチストたちによって上げの最終波動(5波動目)に入っているとカウントされているNYダウの最後の上げ相場はエクステンション(延長)し、意外な上げ相場に発展するかもしれない。

NYダウ週足とフィルター付き逆張り売買のシグナル

(出所:石原順)

NYダウ(日足)のフィルター付き逆張り売買シグナル
米大統領選後の動きに注目が集まっている
上段:200日EMA(緑)・52日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

ドルインデックスの100ポイントに注目

ドル高トレンド相場はユーロ/ドルが引っ張っているが、ドル/円やポンド/ドルは標準偏差ボラティリティにピークアウト感が出ており、足踏み状態となっている。ここからADXもピークアウトすれば、ドル高トレンド相場は調整相場に移行しそうだ。ブレイナードFRB理事が次期財務長官に就任するという噂が出ているが、彼女はドル高に嫌悪感を示しているという。いずれにせよ、短期的なドルの賞味期限は、ドルインデックスの100ポイント辺りになるのではないだろうか。

ユーロ/ドル(日足)
上段:14日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ポンド/ドル(日足)
上段:14日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円(日足)
上段:14日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドルインデックス先物(日足) 金利上昇とドル高に米国株は耐えられるのか?
上段:14日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。