米国の利上げは時期尚早だった

レイ・ダリオ、ジェフリー・ガンドラック、マーク・ファーバーをはじめとするヘッジファンドの運用者は、米国の利上げが金融危機の引き金を引き、結局数か月で金融危機対策のために利下げに追い込まれることを懸念していたが、12月16日にイエレンは利上げに踏み切った。

世界最大のヘッジファンド、ブリッジ・ウォーター・アソシエイツの主宰者レイ・ダリオレイダリオの警鐘

(出所:石原順)

NYダウ(月足)と米国の景気後退期(水色のゾーン)
NYダウ(月足) 株のクラッシュと米国景気後退期(水色)株は7年から10年に一度クラッシュする?7年間上げ続けてきたという高値恐怖症が株式市場を覆っている

(出所:石原順)

FOMCの利上げを前に、石油や銅などのコモディティ相場の急落、中国人民元など新興市場諸国の為替相場の下落が起きたが、市場はFRBの利上げへの警告を発していたのだろう。現在の状況を見れば、やはり米国の利上げは時期尚早だったのである。

1月7日のレポート「1937年の亡霊と混乱の2016年相場」で取り上げたのでここでは繰り返さないが、結局、中間層の没落という世界的な不景気の中で、米国が利上げに向かっていることが<獏たる不安>となり、相場の水面下で蠢いていた不景気の気配が一気に浮上してきたのが今の相場である。世界的な景気の悪化で昨年は欧米の大手銀行11行が従業員の1割にあたる10万人を削減したが、金融機関は現在のような事態はブラックスワンではなく必然と考えていたようだ。

NYダウ(週足)と米国の金融政策  FOMCの利上げを前に、石油や銅などのコモディティ相場の急落、中国人民元など新興国の為替相場の下落が起きたが、市場はFRBの利上げへの警告を発していたのだろう・・

(出所:石原順)

パリバショックの再来

2008年のリーマンショックにつながる金融危機の始まりは、ベアスターンズやパリバのファンド問題によって2007年夏にサブプライム住宅のジャンク債市場が破綻したことだった。昨年末に新債券の帝王と呼ばれるダブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラックが「ゴキブリは一匹だけではない。人々はクレジット商品を買い持ちに傾け過ぎている。クレジット商品がメルトダウンに見舞われているのに、株式市場は無理に平静を装っている。2007年と似通った状況で、恐ろしい」と、ロイターのインタビューに答えていたが、株式市場も平静ではいられなくなったようだ。

現在の市場はパリバショック時の再現相場となっているようだ。株の運用者の話をまとめると、先進国の株式市場はファンドが株の買いに入った昨年10月のレベルから30%、中国や新興国の市場は50%下げる可能性があるという。大手の株式ファンドはどんなに弱気でも、ある程度株を買わざるを得ないというが、運用者は「下げ止まりで最初に買うのは、それでも米国株だ」だと述べている。

VIX指数(日足) ボラティリティが上がると株式市場は下げやすい構造を持っている
(恐怖指数=VIXとは、シカゴ・オプション取引所が、S&P500を対象とするオプション取引のボラティリティを元に算出、公表している指数。数値が高いほど投資家が相場の先行きに不透明感を持っているとされる。通常は10から20の間で推移する)

(出所:石原順)

NYダウ週足とFRBの保有資産(2008年~2016年) QEで上げただけの人工相場
世界は人為的につくられた流動性で溢れている。この流動性の恩恵を受けることができた人たちは笑いが止まらない状態だが、流動性がストップしてしまうと悲惨な状況に襲われることになる。

(出所:石原順)

SP500(日足) トレンド発生時(黄色のゾーン)
上段:3日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ
下段:18日エンベロープ±3%(紫)と9日RSI40-70の売買シグナル

(出所:石原順)

日本の自作自演相場も大きな転換点を迎えている

日本の自作自演相場も大きな転換点を迎えているようだ。「日本は資本主義制度に危害を加える<統制経済>に向かっている」と述べてきたように、昨年12月に日銀が打ち出した<補完措置>には、賃上げや設備投資に積極的な企業の株式を日銀がETFを通じて買ったり、賃上げや設備投資をする企業にお金を貸した金融機関に日銀が低利で融資をしたりするなどの策が盛り込まれた。

陰鬱博士マーク・ファーバーは「エコノミストもファンドマネジャーも当局が介入するほど良い政策であると常に考えている。財政・金融政策によるあらゆる実験と介入に、過誤がある可能性、副作用がある可能性、さらなる介入で過誤を招く可能性があることを、つい忘れしまう。この教訓を旧ソ連や毛沢東時代の中国にあった中央計画当局から学んでいるはずなのに・・。経済政策の決定権者はまずは市場と資本主義制度に危害を加えないことからというお題目を何度も唱えているにもかかわらず、ほとんど何も処置をしないこと、ましてや何もしないことに抵抗を感じてしまう。さらなる量的緩和・政府の消費景気・公的資金援助・新しい規制・移転支出・マイナス金利によるあからさまな富の没収をしたいという気持ちを抑え難いのだ」と指摘している。

政府や日銀が仕掛け的に民間企業に特定の行動を促すのは、やり過ぎであろう。日本株は景気がなくない(大企業が円安で業績の下駄を履いていただけ)なかで、PKOと自社株買いだけで上げてきた。現在は自作自演のバブル部分を削ぎ落とす下落が到来している。

日経平均(週足) 週足も売りシグナルが点灯中、下げ相場は前のもみ合ったレベルを試すことが多い・・

(出所:石原順)

日経平均(日足) 売りトレンド相場継続中 郵政上場PKO相場でできた裁定買いの解消売りで一方的な下げ相場に
上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

日経平均(日足) トレンド発生時(黄色のゾーン) 25日エンベロープの-10%レベルに到達、反転かバンドウォークか?
上段:3日単純移動平均ADX(赤)
下段:25日エンベロープ±5%(青)・±10%(緑)と9日RSI40-70の売買シグナル

(出所:石原順)

ドル/円(月足) 為替相場の焦点は月足の20か月移動平均線の攻防に・・
2016年1月21日現在の20か月移動平均線は116円86銭である。昨年から「2016年はドル/円の20か月移動平均線の攻防がある」と言ってきたが、相場がドル/円相場のトレンドを決するといわれる20か月移動平均線を割り込むと、投機筋が嵩にかかって円買いを仕掛けてくる可能性があるので注意が必要である。20か月移動平均線を割り込むと、ドル/円相場は中期タームで110円まで下落する可能性が出てくる。

(出所:石原順)

流動性パニックとミンスキー・モーメントの到来、イエレンは路線変更できるのか?

筆者は昨年の8月から流動性パニックの発生を度々指摘してきた。ヌリエル・ルービニNY大学教授が、「驚きが発生した時に、株式や特に債券の再評価は急激で劇的になりうる。同じ混雑した取引に捕まった全てのひとは、われ先にと出口へと向かうだろう。これまでと反対方向への群れる行動が発生する。だが、多くの投資は流動性に欠けるファンドへの投資であり、乱高下を円滑にしてきた伝統的なマーケット・メーカーはどこにも見当たらなくなる。したがって、売り手は投げ売りをせざるを得なくなる」という局面である。

日本も中国も連日株価PKOを行っているが、PKOが効かないのは、現在の相場は既にミンスキー・モーメント(信用循環または景気循環において、投資家が投機によって生じた債務スパイラルによりキャッシュフロー問題を抱えるポイント)に突入しているからである

強烈な下げが続く株式市場では、「サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、イラン、イラク、ベネズエラ、ロシア、インドネシア、ブルネイ等が財政赤字を埋めるために株式運用を縮小している」と噂されている。筆者は昨年11月のレポートで、「政府系ファンド(SWF)が規模を縮小させ、資産を売り払うようになった」と述べたが、マーク・ファーバーが言うように、「強気相場の母乳となる世界の流動性が縮小」に向かっているようだ。

原油安によって財政を補てんするためのオイルマネーの株売りが出ているが、原油に関してはシェール・オイルの会社やジャンク債の破綻、あるいは(効果は限定的だが)減産などによって、<供給サイドの需給>が変わり、オイル業界の再編が起こらないと弱気相場が転換しにくい。

原油先物(日足)
上段:14日ADX(赤)
下段:21週ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

上海総合指数(日足)
PKOが効かないのは、現在の相場は既にミンスキー・モーメント(信用循環または景気循環において、投資家が投機によって生じた債務スパイラルによりキャッシュフロー問題を抱えるポイント)に突入しているからである
上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

レイ・ダリオは、「FRB当局者が引き締め路線にコミットするあまり、かなりの緩和措置が必要になった場合でも路線変更が困難になるとのリスクにわれわれは直面している」(2015年8月25日 ロイター)と述べたが、FRBは1月27日(日本時間28日午前4時)のFOMCの声明文でどのような現状認識を示すのか?これが、当面の相場の焦点となっている。

QEを否定し、中央銀行バブルの崩壊は必然と言ってきたヌリエル・ルービニNY大学教授でさえ、「残念ながら現状ではQEを継続せざるを得ない」と述べている。イエレンがこれまで重視してきた雇用の統計がこれだけ良いと、イエレンが利上げ路線を変更するにはおそらくリーマン危機並みの相場の暴落が必要となろう。「さらなる危機が起こらない限り、FRBは緩和に動けない」というのがレイ・ダリオの懸念である。

「今回は、ミンスキーですら考えてもみなかった大ブームを生み出しました。きわめて高いリスクの資産に投資した人たちの相当数は、自分たちがどんなに野放図なことをしているのか軽率にも考えてみなかったのです。自分は安全圏にいると思っていた彼らの多くは、実は、とんでもない投機かねずみ講金融の仲間になっていたことに気がついて、大いに驚いたというわけです」(2009年4月『ミンスキー・メルトダウン-中央銀行家の教訓』サンフランシスコ連銀総裁ジャネット・イエレンの発言)と、過去にイエレンは発言した。はたして、ミンスキー・メルトダウンを回避するために、イエレンは<利上げ路線>を変更できるのか?FRBが路線変更しない場合、相場はFRBへの催促相場に発展する危険を孕んでいる。

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。