イエレンFRB議長は市場の洗礼を受けることになるのか?

昨年12月16日のイエレンの利上げで運用者の頭をよぎったのは1937年の展開だろう。米経済が大恐慌から立ち直ったその年、金融当局は金融引き締めに踏み切ったものの、その後時期尚早だったことが分かり、リセッション(景気後退)に陥る中で後戻りを余儀なくされた。大恐慌後、いったん株式市場は戻ったが、FRBが引き締めに転じた1937年を境に再び急落した。現在、FRBや市場が一番恐れているのは、<1937年の失策の再現>であろう。

ISM製造業景況指数(1990年12月~2015年12月)
ISM製造業景況指数が50以下で利上げしたのはイエレンが初めてである。

(出所:石原順)

世界最大のヘッジファンド、ブリッジ・ウォーター・アソシエイツのレイ・ダリオは30年以上の長期にわたって最も顧客に利益を与えたファンド史上最高の運用者といってもよいだろう。以前にも紹介したが、レイ・ダリオが作成した「30分で判る 経済の仕組み Ray Dalio」は、投資家にとって必見の動画である。

2015年4月2日のレポート「今は1937年と同じというレイ・ダリオの警鐘

で取り上げたが、昨年、レイ・ダリオは、「現在は1937年頃と同じ状況で米国は利上げを急ぐべきではない」との見解を示し、利上げをすれば1937年~1938年の再来になる可能性があると警告した。この指摘は、これから単なる不景気ではなくて、大型の悪循環が到来する可能性があるということである。

世界最大のヘッジファンド、ブリッジ・ウォーター・アソシエイツの主宰者レイ・ダリオレイダリオの警鐘

(出所:石原順)

1937年は金融緩和の環境で米国経済が回復し、FRBは利上げに動いた。その結果、国債は売られ(金利上昇)、株価は1937年3月高値194ドルから1938年3月にかけて50%以上急落した。これを受けてFRBは再び金融緩和に動いたが、この後もNYダウは1942年4月28日の92ドルまで下落し、1937年高値の194ドルを回復したのは8年後の1945年12月8日のことである。

NYダウ(日足) 1920年~1946年
何度でも同じことは繰り返される?1937年は金融緩和の環境で米国経済が回復、FRBは利上げに動いたのだが・・。FRBが時期尚早の利上げを行えば、FRBは日銀のように再び金融緩和に戻らなければならないという事態になる可能性があると、ローレンス・サマーズ、レイ・ダリオ、ジェフリー・ガンドラック、ベン・バーナンキが概ね同じことを言っている。

(出所:石原順)

ファンダメンタルズ分析に基づいたAI(人工知能)運用を行っているレイ・ダリオは、2013年10月時点で「株式市場は18か月間大丈夫だと思う」と述べていたが、18か月目は2015年3月である。もう米国株は昨年の相場で当面のピークを付けた可能性もあるだろう。

NYダウ(月足) 株のクラッシュと米国景気後退期(水色)株は7年から10年に一度クラッシュする?
2015年も1937年と同じことが繰り返された。元米財務長官のローレンス・サマーズは、「1997年、1998年、2007年、そして2008年のように、私たちは非常に深刻な状況の始まりにいる可能性がある」と2015年8月25日にツイート。ジム・ロジャースは「米国の歴史を振り返ると、経済の減速が4年または7年おきに起きている。株式市場に問題が起きてから既に6、7年経つから、そろそろ問題が起きる頃だ」と述べている。

(出所:石原順)

リーマン危機以降のバブル相場(官製相場)は、米国の利上げをきっかけに終焉に向かうのか?

レイ・ダリオは、「具体的にどの程度の引き締めが行われれば混乱を引き起こすかは、われわれも金融当局にも分からないと指摘した上で、連邦準備制度は通常よりも遅く、用心深く臨むことに越したことはない」(2015年3月18日 ブルームバーグ)と述べていたが、2015年8月26日のリンクトインへの投稿で、「25-50ベーシスポイントの引き締めであれば、われわれは大きな引き締めとは考えない」、「1936年に行われたのと同様のわずかな引き締めはあるかもしれないが、それ以上のものにはならず、その後で量的緩和を通じた大規模な緩和策(QE4)が実施されるのではないかと考えている」との見方を明らかにした。

これからの相場を考えるうえで一番重要なポイントは、レイ・ダリオが指摘している「FRB当局者が引き締め路線にコミットするあまり、かなりの緩和措置が必要になった場合でも路線変更が困難になるとのリスクにわれわれは直面している」(2015年8月25日 ロイター)という問題だろう。

コモディティ安=株安という嫌な相場

現在、海外のファンドが来日し筆者は連日ミーティングしているが、ブルームバーグで「1937年の亡霊」と報道された1937年の再来説がファンド運用者の間でにわかに急浮上している。それは、現在の市場がコモディティ安=株安の循環で動いているからだ。

下のチャートを見ていただきたい。1929年までCRBコモディティ指数と米国株の動きには何の相関性もなかったが、1929年の大恐慌でコモディティ安=株安という相関が生まれている。コモディティ安は世界経済の体力を確実に奪っていく。現在、オイルマネー系のファンドも縮小を余儀なくされている。

ドル高とコモディティ安が2016年の世界経済にどのような影響を与えるのか、ファンド勢は頭を悩ませている。また、じりじりと人民元安が進行している。人民元安が進行すると中国の輸入が減少するだろう。原油や銅の下落と並んで世界経済の不景気を暗示する現象として、ファンドも警戒し始めている。

QE3の終了以降、CRBコモディティ指数の下落に拍車がかかっているが、これ以上原油価格が下がると、シェール企業のジャンク債のデフォルトリスクが懸念される。シェール企業のジャンク債はCBO(Collateralized Bond Obligation:複数の社債を裏付け資産として発行される資産担保証券)の中に混ぜて売られているので、ジャンク債の保有者は正確なリスクを知らない人が多いようだ。シェール企業のジャンク債はサブプライム住宅ローンほどの規模ではないが、この先のテールリスクには注意が必要だろう。

コモディティと株式の推移(1913年~1932年) 1929年型の展開に警戒?
ドル高とコモディティ安が2016年の世界経済にどのような影響を与えるのか、投資家が警戒を強めている。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバー・レポート)

CRBコモディティ指数(週足)
上段:26週標準偏差ボラティリティ(青)・52週標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21週ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

CRBコモディティ指数(月足)

(出所:石原順)

原油先物(月足)

(出所:石原順)

iシェアーズ iBoxx 米ドル建てハイイールド社債 ETF(日足) ジャンク債市場は米利上げと原油安が懸念材料

(出所:石原順)

NYダウ(日足)
上段:3日単純移動平均ADX(赤)
下段:18日エンベロープ±1%(青)・±3%(緑)と9日RSI40-70の売買シグナル

(出所:石原順)

米国の自動車ローン(単位:10 億ドル、2006年~2015年) 普通の人がお金だと思っていたものは実はクレジットだった。いずれ借金の負担に耐えられなくなる?
「米国の自動車会社は、決して終わることのない債務回収の泥沼にはまるのを望んでいるかのようだ。平均融資額2万7,000ドルと平均返済期間65カ月はともに過去最大である。自動車会社は日に日に刹那的になっており、7年ゼロ金利ローンはいまや業界標準だ。ディーラーに支払う千ドル単位のインセンティブが急増している。そしてサブプライム自動車ローンが、いまや全売上の20%超を占めるようになった。2010年以降、サブプライム自動車ローンは、プライムローンの2倍を超えるペースで伸びている。FRBと米財務省とウォール街は、自動車販売が景気低迷を治癒する強壮剤になるだろうと判断した。そのため猫も杓子も新車を得られるよう、債務の水門を開いた。景気回復の兆候を顕示するため、絶好調な自動車販売を必要としたのだ」(マーク・ファーバー)

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバー・レポート)

ドル/人民元(日足)と60日ボリンジャーバンド(緑)
じりじりと人民元安が進行している。人民元安が進行すると中国の輸入が減少するだろう。原油や銅の下落と並んで世界経済の不景気を暗示する現象として、ファンドも警戒し始めている。

(出所:石原順)

上海総合指数(日足) 売りシグナル点灯中
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

1月は相場が反転しやすい月

12月10日に「1月は相場が反転しやすい月」というレポートを書いた。1月相場は特にドル/円のトレンドが反転しやすい。「2000年以降はこの傾向が薄れつつあるが、ドル/円は2年連続で年初に急落しているので警戒は怠れないだろう」と書いたが、案の定、年初から円高に見舞われている。

ドル/円(月足)と1月相場の転換

(出所:石原順)

重要なのは<1月の反転>ではない。ドル/円の長期トレンドを決するテクニカルは「20か月移動平均線」である。筆者はドル/円相場への取り組みの中で、月足のNY市場の終値が 20か月移動平均線を上抜ければ「ドル買い」、下抜ければ「ドル売り」というシンプルな判断をしている。

2016年1月7日現在の20か月移動平均線は116円93銭である。昨年から「2016年はドル/円の20か月移動平均線の攻防がある」と言ってきたが、相場がドル/円相場のトレンドを決するといわれる20か月移動平均線を割り込むと、投機筋が嵩にかかって円買いを仕掛けてくる可能性があるので注意が必要である。20か月移動平均線を割り込むと、ドル/円相場は中期タームで110円まで下落する可能性が出てくる。

ドル/円(月足)と20か月移動平均線

(出所:石原順)

現在、趨勢的なドル高相場のなかで円だけが円高となっている。ドル/円(日足)は12月に一度円買い(ドル売り)トレンドがフェイル(故障)した後、再度の21日ボリンジャーバンド-1シグマの外への飛び出しで円買いリエントリー相場となっている。

注目すべき変化は、2012年後半からのアベノミクス相場以来、初めてドル/円の週足で強い売りシグナルが点灯したことであろう。ドル/円の週足の円買いトレンドが発生すると、現在の円高トレンドはビッグトレンド(トレンドが大きくなる)となる可能性もあるということだ。

ドル/円(日足) 円買いトレンド相場
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円(週足) 2012年後半からのアベノミクス相場以来、初めてドル/円の週足で強い売りシグナルが点灯した。
上段:26週標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21週ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

何時も日本では楽観的な相場見通しが多い。しかし、現在は現実を直視して、<価格そのもの分析と相場観と関係ない機械的な資産管理>で運用をすべき局面であろう。

タートルズはATR(アベレージ・トゥルー・レンジ)を使って「ユニット」(投資資金の1%を1日でリスクにさらす取引量)という考え方で建玉管理をしている。1ユニットあたりの取引量は、ポジションを取った値段からATRの幅だけ逆に動いたら資金の1%を失う取引量となっており、ストップロス注文は2ATR動いて総資産の2%を失う設定になっている。分散投資が機能しにくい現在、危機を回避する方法は、ストップロス注文を置くことしかない。

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。