年内の利上げ観測は大きく後退

10月2日に発表された9月の米雇用統計は、NFPの増加が+14万2000人と市場予想の+20万人を大きく下回った。ブレの大きい米雇用統計は3カ月移動平均で判断するのが妥当だが、NFPは2カ月連続で+20万人に到達せず、また、7月と8月の数字も下方修正されるなど、「米国の雇用は悪化している」との感触を市場関係者は持っている。

雇用統計の内容が悪かったことで、年内の利上げ観測は大きく後退し、米国の金利のマーケット関係者の間では、「来年3月まで利上げはない」との見方が多くなっている。「来年3月まで利上げがないのなら、期間限定のバブル相場と割り切って参加しよう!」と一部のファンド勢は割り切ったリスクオンに動いているが、<12月がラストチャンス>と言われる利上げの有無は、依然不透明な状況だ。

10月5日の日経新聞の『対話下手のイエレン氏、円滑な利上げに障害』というワシントン支局長の記事で、『米連邦準備理事会(FRB)の内情に詳しいエコノミストから、こんな話を聞いた。「イエレン議長は記者会見が本当に苦手のようだ。精神的にも肉体的にもかなりの負担を感じている」会見に限った話ではない。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、イエレン氏は重要な講演の何週間も前から準備を始める。市場に予断を与えぬよう、細心の注意を払うためだ』というイエレンFRB議長の真面目な性格が紹介されていたが、9月24日の講演中に脱水状態になり無言になるなど、利上げに向けてイエレン議長が受けているプレッシャーは尋常なものではないという感触を多くの市場関係者が持ったという。

こんな状況では、米国の利上げは無理だろう。米投資銀行の一部のエコノミストからは、「米国の利上げは2017年になる」という予想も出てきた。ダブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラックは10月2日の米雇用統計を受けたロイターの電話インタビューに対し、「世界的な経済成長は予想通りではなかったとの認識が出始めている」、「FRBが利上げに踏み切れば、すべてがうまく行っていると示唆されるため、利上げを望む声が多い。ただ実際はまったく逆で、FRBがこうした状況のなかで利上げに踏み切れば、事態の悪化を招くだけだ」と述べている。

イエレンの金融政策は<FRBモデル>を使ったコンピュータによる最適化(Optimization)である。イエレンは膨大な経済データをFRBの計量経済モデル(コンピュータ)で管理し、それを最適化して金融政策を決めていることを明らかにしている。2013年11月の時点でイエレンは、「モデルによる最適化を行うと、ゼロ金利の解除は2017年になる」と語っていた。

こうなると、米国の利上げはいつになるのかまったくわからなくなってくるが、あるエコノミストは「もうU6(求職意欲を失った労働者とフルタイムの雇用を望むパートタイム労働者を含む広義の失業率)でも見ておくしかないだろう」と述べている。イエレンFRB議長が最も重視している経済指標は<雇用>であるが、前回FRBが利上げに動いた時のU6失業率(求職意欲を失った労働者とフルタイムの雇用を望むパートタイム労働者を含む広義の失業率)は9.5%である。

米国のU6失業率(求職意欲を失った労働者とフルタイムの雇用を望むパートタイム労働者を含む広義の失業率)前回の利上げ時は9.5%だが、2015年9月時点で10.0%まで低下

(出所:セントルイス連銀)

VIX指数は20を割り込んでノーマル相場の範疇に

こうした米利上げ観測の大幅な後退によって、バブル(金融)相場の延命を感じ取った米株式市場のボラティリティは低下し、恐怖指数と呼ばれるVIX指数は20を割り込んでノーマル相場の範疇に入ってきた。

米株式市場のオプションのボラティリティは急低下し、株式市場は落ち着きを取り戻したかに見える。利上げが当面ないとなれば、収益をあげなければならない一部の投機筋は、<期間限定のリスクオン>を再開するだろう。

VIX(恐怖)指数(日足) 20を割り込んでノーマル相場の範疇に

(出所:石原順)

NYダウ(日足)2014年10月~2015年10月
上段:3日単純平均ADX(赤)
中段:9日RSI40-70の売買シグナル
下段:9日RSI

NYダウは3日ADXが70以上や30以下になった時が相場転換の領域で、相場は間もなく反転する確率が高くなる。最近のドル/円相場では3日ADXが60以上や40以下になった時が相場転換の領域となっている

(出所:石原順)

日経平均(日足)2014年10月~2015年10月
上段:3日単純平均ADX(赤)
中段:9日RSI40-70の売買シグナル
下段:9日RSI

NYダウは3日ADXが70以上や30以下になった時が相場転換の領域で、相場は間もなく反転する確率が高くなる。最近のドル/円相場では3日ADXが60以上や40以下になった時が相場転換の領域となっている

(出所:石原順)

9月後半からエンベロープ売買に動く

筆者は通貨の動く範囲を計測するときに、エンベロープ(移動平均乖離)を使っている。日足・1時間足・5分足の移動平均線はすべて「13」である。

日足

13日(13×1日)エンベロープ(移動平均線乖離)
±3%(±2%・±1%) 

1時間足

13時間(13×1時間)エンベロープ(移動平均線乖離)
±0.6%(±0.3%)

5分足

65分(13×5分)エンベロープ((移動平均線乖離)
±0.2%(±0.1%)

筆者は8月21日から休止していたドル/円のエンベロープ売買を、9月後半から再開している。今年の相場ではドル/円の1時間足でのトレードを頻繁に行っているが、円相場は<1時間足>でみると、その変動は概ね13時間移動平均線の±0.6%乖離の範疇で動くといわれている。

0.6%まで動くのはトレンドが発生した場合で、低変動率相場、すなわち、ノーマル相場の動く範囲は、概ね13時間移動平均線の±0.6%乖離(赤のバンド)の半分である13時間移動平均線の±0.3%乖離(緑のバンド)の範囲に収まっている。

筆者が主に取引しているのはドル/円で、9月後半からの相場では円相場の1時間足取引がうまくワークしている。現在、ドル/円(1時間足)のエンベロープ売買では、-0.3%や-0.6%の水準はすべて押し目買いに動いているが、その大きな理由は日足相場に方向性がない(標準偏差ボラティリティが低下中)からである。

筆者は、日足で円売りトレンド相場になっている場合や方向性のない相場では、13時間エンベロープで押し目買いを継続するが、日足で円買いトレンドが発生した場合は13時間エンベロープでの押し目買いは休止する。トレンド(方向性)の有無を判定する指標は、26日標準偏差ボラティリティである。

ドル/円(1時間足) 13時間エンベロープ
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ユーロ/円(1時間足) 13時間エンベロープ
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ポンド/円(1時間足) 13時間エンベロープ
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

豪ドル/円(1時間足) 13時間エンベロープ
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

NZドル/円(1時間足) 13時間エンベロープ
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

カナダドル/円(1時間足) 13時間エンベロープ
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

エンベロープ(移動平均線乖離)は決して万能な指標ではないが、自律的な相場の運動範囲で注目すべきことは、「長期にトレンドが発生するような大きな材料が出ない限り、相場が移動平均の乖離の限度を大きく飛び出しても、バンドの中で収斂することが多い」ということだ。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。