世界は超緊縮財政

2008年にリーマンショックという<100年に1回の金融危機>が起きた。これは<経済危機>ではなく<金融危機>だった。本来なら、ゼロ金利や量的緩和策(QE)を即刻行うべきだったが、中国を始め世界各国が行ったのは大規模な財政出動だった。

財政出動はカネをばらまいた分だけ、単年度ベースでは経済効果があった。しかし、カネが切れると効果はなくなり、膨大な財政赤字が残った。リーマン危機後に大きな財政赤字ができたことと、2009年にギリシャ危機が起きたことで、現在の先進国は超緊縮財政となっている。このような超緊縮財政(日本を除く)のなかで、世界景気がよくなることは考えにくい。

ドル/人民元(日足) IMFの勧告を大義名分に人民元安を誘導か?

(出所:石原順)

「問題なのはインフレの方だ」というスタンレー・フィッシャー発言

投機筋はFOMC議事録で9月17日のFOMCの利上げの有無を探ろうとしていたようだが、「議事録では大半のメンバーが利上げを開始する条件がまだ整っていないとの判断ながら、条件達成は近いと見ていることが明らかになった。労働市場は目標である完全雇用に一段と近づいたものの、さらに改善する余地があると見ている。また、ほとんどのメンバーが、インフレの確信にさらなる証拠が必要だと指摘。インフレの下方リスクを指摘したメンバーもいた」(20日 ロイター)と、9月利上げに確信が持てない内容であった。

Fedウォッチャーのヒルゼンラスは「一部の参加者は今後の新たな指標がかならずしもインフレが中期的な目標である2%に近づく十分な理にかなう自信の基盤にならないとしており、経済の一段の悪化に対する手段が欠如すること、特に中国など海外の景気悪化が米国経済に与えるリスクなどから時期尚早の利上げを警戒している」と述べている。

セントルイス連銀のブラード総裁、サンフランシスコ連銀のウイリアムズ総裁、アトランタ連銀のロックハート総裁などの<利上げ前のめり発言>で、9月利上げ観測が強化されていたが、CMEグループのFedWatchをみると、9月のFOMCでの利上げの確率は45%となっている。

CMEグループのFedWatch

(出所:CME)

ファンド筋の間では、影のFRB議長(イエレンより格上の副議長)と言われるスタンレー・フィッシャーFRB副議長の発言で、FRBによる9月利上げ観測は後退していた。フィッシャー副議長は「問題はデュアルマンデートのうちの雇用ではない。雇用は順調だ。問題なのはインフレの方だ」と、8月10日のブルームバーグのインタビューで答えている。

フィッシャーの教え子で、長期停滞論を主張しているローレンス・サマーズ元米財務長官は、1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で、「今年利上げをしようとする米当局は、困難に直面するだろう。海外の経済の弱さと米国内のインフレの鈍さが理由だ。脅威がはっきりするまではインフレとの闘いを始めるべきではないし、それはまだまだ先のことだ。圧力が差し引きでデフレの方にかかっている限り、行動を考えるべきではない」と発言し、2月9日の英フィナンシャル・タイムズに「インフレの兆候がハッキリするまで米利上げは急がずに」という論文を寄稿した。

シティグループのアナリストは、「需給バランスは年内を通して一段と供給過剰に向かう見通しで、原油価格がどの水準まで下落するかが問題となっている。米原油価格が2008年に付けた1バレル=32.40ドルに下落することも現実となり得る」(19日 ブルームバーグ)と述べている。原油価格の下落、人民元の切り下げ、ドル高という状況で、FRBは物価が上昇し始める兆候(インフレを確信するさらなる証拠)を待つのではないかと思われる。

NY原油価格先物(日足) NY原油先物は40ドルまで下落
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)・52日標準偏差ボラティリティ(赤)
下段:21日ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

米国が9月に利上げしたら、市場は混乱が避けられない?

新債券の帝王と呼ばれる米資産運用会社ダブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラックは、8月19日のロイターとの電話インタビューで、「ジャンク債価格が4年ぶり低水準近辺で推移している時に利上げを実施することは良い考えとは言えない」、「中国は世界第2位の経済大国であることから、大きな懸念材料となる」「FRBが9月に利上げに踏み切れば引き締めサイクルという名のパンドラの箱を開けることになる、と述べた。

ハイイールド社債ETF (Iboxx $ High Yield Corporate Bd Ishares ティッカー:HYG)の日足

(出所:石原順)

上海総合指数(日足) 上海総合指数の3500が新たなPKO水準として浮上
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±0.6シグマ(緑)

(出所:石原順)

米国企業は2015年3月末までの1年間に5000億ドル以上の自社株買いを実施している。米国株式市場は異常低金利が促したバイアウト(M&A)とバイバック(自社株買い)が買いの主力だが、「ソシエテ・ジェネラルのクォンツアナリストが700社を対象に調べたところ、第2・四半期の自社株買いの金額は前期比20%減少し、前年同期も下回った。さらに範囲を広げてS&Pダウ・ジョーンズ指数の構成企業でみると、第2・四半期の自社株買いは第1・四半期より30%も少ない」(14日 ロイター)という。米国株の最大の買い手となっていた自社株買いの失速を軽視すべきではないだろう。

これまで自社株買いは社債発行によって行われることが多かったが、「トリプルBの社債のスプレッドはこの1カ月間に10%拡大した。高利回りのジャンク債はさらに状況が悪化しており、投資家が求める上乗せ金利が15%上昇している」(14日 ロイター)という。

下のNYダウのチャートをみてほしい。NYダウは昨年10月末から4月まで上げた後、5月以降はジリ貧相場となっている。中央銀行が値付けを行っている人工的な相場環境でも、「10月末買い・4月末売り」というパターンは生きているのである。

NYダウ円(日足)今年も「10月末買い・4月末売り」というパターンは生きている?
18日移動平均線-3%乖離水準が逆張りポイントだが、最近はストキャスティクス(5.3.3)の30%以下で買うファンドが増えている

上段:18日エンベロープ±3%(赤)・±1%(青)
下段:ストキャスティクス5.3.3(赤)

(出所:石原順)

「例えば、米連銀が予想よりも早くゼロ金利からの出口を示唆したり、原油価格が急騰したり、あるいはユーロ圏の成長が改善し始めるなどの驚きが発生した時に、株式や特に債券の再評価は急激で劇的になりうる。同じ混雑した取引に捕まった全てのひとは、我れ先へと出口へと向かう必要がでる。これまでと反対方向への群れる行動が発生する。だが、多くの投資は流動性に欠けるファンドへの投資であったり、乱高下を円滑にしてきた伝統的なマーケット・メーカーはどこにも見当たらなくなる。したがって、売り手は投げ売りをせざるを得なくなる。このマクロ流動性と市場の非流動性との組み合わせはひとつの時限爆弾である」と、ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニの教授は語っている。

そろそろ、ミンスキー・モーメント(信用循環または景気循環において、投資家が投機によって生じた債務スパイラルによりキャッシュフロー問題を抱えるポイント)に注意すべきであろう。ミンスキー・モーメントでは、突然かつ急激な崩壊、市場流動性における急激な落ち込みが発生する。現在の人為的につくられた流動性があるうちに、手仕舞うのは相場の鉄則であろう。

「今回は、ミンスキーですら考えてもみなかった大ブームを生み出しました。きわめて高いリスクの資産に投資した人たちの相当数は、自分たちがどんなに野放図なことをしているのか軽率にも考えてみなかったのです。自分は安全圏にいると思っていた彼らの多くは、実は、とんでもない投機かポンジー金融の仲間になっていたことに気がついて、大いに驚いたというわけです」(2009年4月『ミンスキー・メルトダウン-中央銀行家の教訓』サンフランシスコ連銀総裁ジャネット・イエレンの発言)

日銀は差し当たり追加緩和を実施する必要は無い

内閣府が8月17日に発表した4-6月期 実質国内総生産(GDP)は前期比マイナス0.4%、 年率換算マイナス1.6%となった。市場関係者の間では日銀の追加緩和を期待する声が多いようだが、それは望めないだろう。現状の株価水準・金利水準・ドル/円の水準を考えると、追加緩和をやる理由はない。むしろありそうなのは、財政出動(補正予算)だ。仮に安倍政権が早期に財政出動をやるとしたら、動機は来年の参議院選挙などではなく、安保法制の9月成立が目的だと思われる。

安倍首相の経済顧問の本田悦郎内閣官房参与は8月11日にウォールストリートジャーナルのインタビューで、「4-6月期国内総生産(GDP)でマイナス成長が明らかになれば、3兆円を上回る新たな景気対策が必要だ」との認識を示している。「価格変動の激しいエネルギーを除く消費者物価指数(CPI)が依然上昇傾向を続けていることを挙げ、日銀は差し当たり追加緩和を実施する必要は無いと述べ、このような場合は即効性が必要なので、財政政策のほうがよい」と、語ったという。仮に日本が財政出動に動けば、マンデル・フレミングの法則から将来の円高要因となる。また、原発の再稼働も円高要因である。

エンベロープ(移動平均乖離)を使ったトレード

筆者は今年の相場でエンベロープ(移動平均乖離)を使ったトレードを頻繁に行っている。<日足>でみると、今年のドル/円の変動は概ね13時間移動平均線の±2%乖離の範疇で動いている。2%まで動くのはトレンドが発生した場合で、低変動率相場、すなわち、ノーマル相場の動く範囲は、概ね13日移動平均線の±2%乖離の半分である±1%乖離の範囲に収まっている。筆者はドル/円の13日エンベロープの-1%および-2%乖離水準ではすべて押し目買いを行っている。

現在のドル/円は日足のエンベロープが13日移動平均線付近で推移しており、相場の<真ん中>で膠着している状態だ。日足ベースでは新規のポジションを作るような相場の位置ではないので、筆者は押し目を待っている。

ドル/円(日足)13日エンベロープ 13日移動平均線の1%下か2%下まで下がったら、ドル/円を買っている。利食いは相場をみながら行うが、13日移動平均線の1%上が目処になっている
上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日エンベロープ±1%(青) ±2%(赤)・9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場

(出所:DVD 『相場で道をひらく ~標準偏差ボラティリティトレード~』石原順 トレードツール)

ドル/円(1時間足)13時間エンベロープ -0.3%乖離および-0.6%乖離水準が押し目買いのポイント
上段:14時間ADX(赤)・26時間標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13時間エンベロープ±0.3%(青) ±0.6%(赤)・9時間RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場

(出所:DVD 『相場で道をひらく ~標準偏差ボラティリティトレード~』石原順 トレードツール)

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。