米利上げは何時か?危機の案内人の警告とFRBの金融政策

世界最大のヘッジ・ファンドを主宰するブリッジ・ウォーター・アソシエイツのレイ・ダリオは、2007年末に米財務省を訪問した。「住宅バブルの崩壊で銀行は経営破たんに追い込まれる可能性がある」と、債務危機の懸念を伝えたと言われている。しかし、米財務省はレイ・ダリオの提言を理解できなかったようだ。それからまもなくして、市場は2008年にリーマンショックという危機を経験することになる。

「経済は機械のように動く」(参照:30分で判る 経済の仕組み Ray Dalio)

というレイ・ダリオは、信用創造とデレバレッジ(債務圧縮)のサイクル(信用の膨張と収縮)を注視して運用を行っているが、4月2日の「今は1937年と同じというレイ・ダリオの警鐘」というレポートで紹介したように「現在は1937年頃と同じ状況で米国は利上げを急ぐべきではない」「利上げをすれば1937年~1938年の再来になる可能性がある」と警告している。

ブリッジ・ウォーター・アソシエイツが発行するレポートを、FRBで読んでいない人はいない。米国は1980年の金利のピークからずっと金利が低下局面にあったため、所得が拡大しなくても借金の拡大が可能となっていた。異常低金利が可能にしている現在の巨額の借金経済の中で、<米金利をどの程度引き上げると経済混乱が起こるのか>についてはレイ・ダリオもFRBもわからないという。

米利上げに対しては、「早すぎても遅すぎてもいけない」と言われているが、バブル温存スタンス(MITコンセンサス)のイエレンやスタンレー・フィッシャーのFRBは、<ビハインド・ザ・カーブ>で遅きに失する方を選ぶのではないだろうか?

「インフレ率が2%目標に向かって戻るとするだけの合理的な確信が持てるまで利上げはしない」というFRBの見解を移してFFレート先物市場では、FRBが2015年12月に利上げを開始する確率は59%。となっている。ハト派のエバンズ米シカゴ連銀総裁は4月18日のストックホルムでの講演で「引き締めを急ぐ理由は見当たらない」「2016年初めまでは利上げ見送りが望ましい」と述べた。

そうしたなか、FRBは5月20日に4月FOMC議事要旨を公表した。議事録では、多くの参加者が6月の利上げは時期尚早と考えていたことが分かった。早くても9月と言われる米利上げまでに、一部のファンドは株式市場でもう一勝負しようという動きに出ている。明日、5月22日にはイエレンFRB議長が経済見通しを述べる予定になっており、議会の多数を握る共和党の圧力を受けた利上げの地ならし的な発言をするのか、「今後の金融政策はデータ次第」という玉虫色の発言をするのか、ファンド勢は注視している。

NYダウ(日足) 割安とは言えないPER20倍相場のなかでバイバック(自社株買い)とバイアウト(M&A)が上げの原動力に…

上段:18日エンベロープ(移動平均線乖離)±1%乖離(青)・±3%乖離(赤)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

NYダウの年間変動パターンと6カ月投資のリターン

(出所:石原順)

日本株は2万円台を回復してきたが、25日のエンベロープやRSIの位置をみても過熱感はない。海外市場が下げない限り、日経平均はPKOによる人為的な値付けと投信買いでじわじわ上がっていくという構図になっている。そのため、海外勢は「押し目は拾いたい」という意欲が強いようだ。問題は日銀のETF買いや公的資金の玉が切れた時の反動だが、それはまだ先の話である。

セルインメイ(5月に売れ)についての紹介が増えているが、過去20年ほどの相場をみていても特に5月に大きく下げるというわけではない。ただし、半年間投資をする場合は、「10月末に買って、4月末に売ってしまう」のが確率的にベストである。これを「相場は5月に急落する」というふうに解説する風潮があるらしいが、日経平均の年間変動パターンからは、ボーナスシーズンの6月まで高いというのがアノマリーだ。

日経平均(日足)25日エンベロープと14日RSIのシグナル

上段:25日エンベロープ(移動平均線乖離)±5%(赤)・10%(青)
下段:14日RSI

(出所:石原順)

日経平均の年間変動パターンと6カ月投資のリターン

(出所:石原順)

ファンドは水準感を失ったユーロ/ドルを避けてドル/円の買いに動く

欧州の金利上昇やユーロ高に警戒感もったECBは、ドラギ総裁のQE早期終了否定、ECB のクーレ専務理事のQEの前倒し発言、ノワイエ仏中銀総裁のQE拡大発言などで、欧州金利の上昇やユーロ高の牽制に動いている。

ユーロ/ドル(日足) 調整相場

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ユーロ圏のイールドカーブ ECB要人の牽制で金利上昇が一服

(出所:フィナンシャルタイムズ)

先週のレポートで、「欧州のマイナスや超低金利水準からの金利上昇で、運用者は金利の適正水準やレベル感を失っている。暗中模索の中で相場のレベル感を探る動きがしばらく続きそうだ」と述べた。

ブローカーの話では、「ファンド勢はドイツ国債の適正な金利水準がわからなくなっている状況のなかで、ユーロを取引するのは危険だという理由から、119円割れで公的資金が出動し、PKO相場で下値の下方硬直性を持っているドル/円に食指を動かしてきた」らしい。

シカゴの投機筋は年初から3週間前まで円売りポジションをずっと減らしてきたが、ドル/円相場が大幅な円高に振れることはなかった。日本の円安PKOが投機筋の手じまい売りを吸収した格好となっている。

シカゴIMM 円のポジション(CFTC発表 5月12日時点)

(出所:石原順)

ドル/円の日足は26日標準偏差ボラティリティが上昇し、相場が21日ボリンジャーバンドの+1シグマを上抜いてきたことから、買いシグナルが点灯している。チャートの型としては124円を目指すパターンだが、122円の節を超えてくるまでは依然レンジ相場の範疇だろう。相場が122円を大きく上回ってくると、1990年の160円から走っている長期抵抗線を上抜けてくるが、シカゴ市場ではどこかのファンドが長期抵抗線抜けを仕掛けるのではないかと噂されている。

ドル/円(月足)と長期抵抗線(青のライン) 160円からの長期抵抗線抜けなるか?

(出所:石原順)

ドル/円(日足) ドル買いシグナル点灯中

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円(日足)13日エンベロープと14日RSIのシグナル

上段:±1%乖離(青)・±2%乖離(赤)・±3%乖離(緑)
下段:14日RSI

(出所:石原順)

筆者は周辺のファンド勢を総動員し、ドル/円の119円割れで比較的大きなポジションを持ったが、日足ベースで高いところは買いたくないと思っている。そのかわり、今年の相場では1時間足を使った比較的短いトレードを頻繁に行っている。1時間足のエンベロープ売買では、その時々の状況によって売買する通貨ペアを変えているが、今後も一番安定感がある通貨ペアはドル/円だろう。120円超の相場での押し目買いは、1時間足のエンベロープの位置をみながら行いたい。

ドル/円(1時間足)13時間エンベロープ

±0.3%乖離(黄)・±0.6%乖離(緑)

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

一方、クロス円相場は今週のユーロ相場の失速(ドル高相場)で、軟調になってしまった。先週のレポートで、「クロス円相場は日足ベースでみると、やや買われ過ぎの水準にある通貨ペアが多い。日足ベースの逆張りという意味では、現在のドル安局面で軟調となっているドル/円の押し目買いの方にむしろ興味を持っている」と述べたが、今年の相場は高いところを買うと苦労する。今後も押し目買い一貫という逆張り姿勢で臨みたい。

ユーロ/円(日足)13日エンベロープと14日RSIの売買シグナル

13日移動平均線±1%乖離(青)・±2%乖離(赤)・±3%乖離(緑)

(出所:石原順)

ポンド/円(日足)13日エンベロープと14日RSIの売買シグナル

13日移動平均線±1%乖離(青)・±2%乖離(赤)・±3%乖離(緑)

(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)13日エンベロープと14日RSIの売買シグナル

13日移動平均線±1%乖離(青)・±2%乖離(赤)・±3%乖離(緑)

(出所:石原順)

NZドル/円(日足)13日エンベロープと14日RSIの売買シグナル

13日移動平均線±1%乖離(青)・±2%乖離(赤)・±3%乖離(緑)

(出所:石原順)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。