2014年の相場は121円83銭まで円安が進んだ。2015年も円安が進むという予想が大勢である。筆者も大局は円安を観ているが、2015年の相場はかなり振れの大きい相場になるのではないかと考えている。

アベノミクス相場が始まった2013年以降は円安・株高相場が進展しているが、我々が今見ている円安は「良い円安」相場である。本来、通貨安というのは所謂「日本売り」などの「悪い通貨安」で大きなトレンドが発生するのが普通である。言い換えれば、「良い円安」というのは穏やかにしか進まないということだ。

下のチャートはドル/円(月足)と60カ月移動平均線乖離(エンベロープ)である。チャートを見れば一目瞭然だが、1995年の79円という超円高相場も、1998年の147円という大円安相場も、概ね60カ月移動平均線30%乖離水準が円高・円安の限界となっている。2015年1月2日現在の60カ月移動平均線30%乖離は117円99銭である。

ドル/円(月足)と60カ月移動平均線乖離(エンベロープ)

10%乖離(緑)・20%乖離(青)・30%乖離(紫)

(出所:石原順)

また、日銀が発表している円の実質実効レートをみると円は歴史的安値水準にある。円の実質実効レート(円の相対的な実力)は1973年の水準まで落ちている。1973年の為替レートは概ね1ドル=300円だが、名目ではなく実質実効レートでみると現在の円の実力は1973年当時と同じである。

円の実質実効レート(赤)とドル/円の月中平均(青)の推移

1980年1月~2014年11月  円の実質実効レートは数字が小さいほど円安

(実効為替レートは、特定の2通貨間の為替レートをみているだけでは捉えられない、相対的な通貨の実力を測るための総合的な指標。様々な通貨と円為替レートを貿易取引額で加重平均した為替レートが実効為替レートで、それをインフレ率で調整したものが実質実効為替レートである)

(出所:石原順)

実質実効レートは、現実の為替レートを反映する遅効性の指標である。「実質」という言葉を担保しているインフレ率にしても、物価の品目の取り方が各国でまちまちであり、経済実態を反映しているとは言い難いと筆者は考えているが、各国の通貨当局者が注目しているのは円の実質実効レートであることも確かだ。

60カ月移動平均線30%乖離のチャートや円の実質実効レートをみると、ドル/円は2014年の相場で「良い円安」の限界水準まで円安が進んだとみてよいだろう。良い円安というのはゆっくりとしか進まないので、ここからの円安は穏やかなものになる可能性がある。今後、2014年後半相場のような一本調子の円安が進むには、円安のフェイズが「良い円安」から「悪い円安」に変わる必要があるだろう。

「物価安定目標2%」というデフレマインドからの脱却を金科玉条に異次元の緩和を続ける日銀は、緩和(国債購入)を止められない。止めるといった途端、国債が急落(長期金利が急騰)し、政府は赤字増から景気対策を打てなくなり、国債の利払いが増加する。こうした事態を避けるには異次元緩和を続けるしかないが、そうなると円安が止まらなくなる危険性が高まる。

財務省は日本経済の命綱である日本国債の低金利維持(日銀のバランスシートは270兆円に膨らんでいくが、1割の評価損が出ただけで債務超過になる)が至上命題である。異常低金利は金融抑圧(調整インフレによる負債の返済方法)政策の柱でもある。そのため、財務省としては長期金利の急騰だけは避けたい。国債金利が急騰すると日本政府が現在行っている赤字垂れ流しの景気対策ができなくなり、国債の利払いが増加し、財政破綻に市場の眼が向いてくる。

したがって、日本国債の金利上昇を誘発しかねない急激な円安進行となれば、外貨準備を取り崩して円買い介入を行う可能性がある。筆者は1ドル=125円を超えてくると、政府や日銀も円安に警戒感を示すようになり、それでも円安が止まらないようであれば、「これ以上の円安を望まない」という口先介入や円買いの介入を実施してくる可能性があると思っている。

2015年の相場は上記のような矛盾に直面し、アベノミクスが二進も三進もいかなくなる可能性があった。だが、この悪い円安によるスタブフレーション(不景気の物価上昇)というリスクシナリオは、原油市場の暴落によって当面回避できる見通しが立ってきた。あるグローバルマクロファンドの運用者は、「原油価格が金融戦争によって当面低迷するなら、悪い円安の分岐点は125円から130円にスライドするだろう」と述べている。

原油先物(月足)

(出所:石原順)

原油価格が現状水準を維持するなら、130円でも日銀が掲げる物価目標の達成は遠くなるからだ。安倍首相や黒田日銀総裁は運が良いといえるだろう。円相場が良い円安から悪い円安に転換し、制御不能となって140円超に進んでしまうというシナリオの確率は、現状では低くなったと言えよう。

この130円というドル/円相場の水準は、最も古典的な為替レートの理論価格である購買力平価(消費者物価ベース)129円35銭の水準と合致する。2015年の良い円安の限界点は、このあたりにあるのではないだろうか?

ドル/円相場と購買力平価の推移

(出所:石原順)

消費増税の実施が1年半延期されたことで、黒田日銀の追加緩和は当面なくなった(やっても意味がない)と言われていたが、原油価格の暴落によって日銀が2015年の4月あるいは7月に追加緩和に動くという観測が浮上している。FRBが2015年中に政策金利引き上げに動き、ドラギECBの国債買い入れがいつスタートするのが焦点となっている。こうしたなかで2015年も大局的な円安は動きそうにないが、昨年と違うのはやや円が売られすぎの水準にあるため、相場の振れが大きくなりそうなことである。2015年の円相場で成功するには、レバレッジを上げないことが肝要になる。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。