FOMC議事録は「長期金利を上げたくない」という意思表示

昨日FOMC議事録が発表された。筆者の周辺の運用者は一様に、「長期金利の超低金利維持のための議論だ」という感想を述べている。ウォール・ストリート・ジャーナルは「市場に金利が大幅にあがるとの観測を持たせないようにする一方で、歴史的な低金利が相当期間続くとの(インフレ)期待も持たせないようにしている」と報道している。

これを簡単に言うと「政策で下げられない(コントロールできない)長期金利を上げたくない」ということだろう。議事録から「長期金利を上げたくない」というメッセージを受け取った米国債市場は、長期国債買い(長期金利低下)という反応を示した。

米10年国債金利(日足) 

雇用統計発表後の2.6868%から大幅低下、ドルが下がるのも当然か?

(出所:石原順)

FOMCの議論は、ここ数回のレポートで取り上げてきた「金融抑圧(Financial Repression)」の筋書きで動いている。当局が金融抑圧を意図しているか否かはともかく、その政策は結果的に国民の財産を実質的に目減りさせ、政府債務を圧縮するものだ。

金融政策の正常化の「順番が違う」ということが重要

FOMC議事録では出口戦略が検討され、10月にQE3を終了する方向が明らかになっている。しかし、利上げの時期については言及していない。また、利上げを行う場合は0%-0.25%のようにレンジで示すことになるという。

まあ、細かいことはどうでもよい。ここで、注目すべきは金融政策の正常化の「順番が違う」ということである。異常な事態となっている金融政策の正常化の順番は、本来、「QE3終了(デーパリング)→中央銀行のバランスシートを縮小(保有資産売却)→利上げ」というのが筋だろう。

ところが、「QE3終了(デーパリング)→利上げ→なめらかにバランスシートを縮小」という路線になっている。現状では「QE3(資産買い入れ)をやめて、その後利上げに動く」ことが金融政策の正常化の仕上げとなってしまっているのである。

日本も米国もそうだが、金融当局はおそらく保有資産を満期まで持ち切るくらいの覚悟は持っているだろう。4兆3千億ドルに上るFRBの保有資産を売却すれば、長期金利が跳ね上がる可能性がある。長期金利の超低金利維持は金融抑圧政策の柱であり、中央銀行は資産売却になかなか手が付けられないのである。

FRBの総資産(単位:100万ドル) 2014年7月2日現在4兆3770億ドル

長期金利の上昇を恐れて、中央銀行は資産売却に手が付けられない

(出所:石原順)

米国の政策金利の引き上げは、金融政策の正常化に向けたアリバイ作り?

イエレンのダッシュボードで色あせたとはいえ、6月の雇用統計は非農業部門の雇用者数が28万8000人増加し、失業率も6.1%と約6年ぶりの水準に改善した。こんなに良い数字が出ているのに、いつまでも利上げしなかったら、FRBへの信認や金融システムの安定に疑念が生じるだろう。「こんなに経済指標が良いのに、金利が上がらないのはおかしい。FRBは何をやっているのだ?」という声が高まるのは必至だ。だから、米国は来年のどこかで政策金利の引き上げを行うだろう。

米雇用統計の推移(2000年-2014年)

6月の米雇用統計は非農業部門の雇用者数が28万8000人増加し、失業率も6.1%と約6年ぶりの水準に改善

(出所:石原順)

問題は、「米国の政策金利の引き上げは、金融政策の正常化に向けた<アリバイ作り>に過ぎない」と市場がみていることである。政策(短期)金利は当局のコントロール下にあり、上げてだめなら、下げることもできる。来年、政策金利を上げてもFRBは「金利が大幅にあがる」との観測を持たせないようにするだろう。そういう観測を映して、米国債の利回り曲線は、短期が高止まりしたまま長期が上がらないフラットニングの形状となっている。

結局、イエレンFRB議長は「長期金利の超低金利維持」を重視しているだけなのかもしれない。ジャンク債バブルへの警鐘は鳴らしているが、米国株がバブル相場になることについては関心が薄いのだろう。それは、長期金利が大幅に上がらない限り、資産インフレを容認することを意味しているが、これを見透かして、世界の主要25の株式市場は上昇しているのだ。今後、長期金利がマイルドに上がって株も大幅に上昇すれば、市場はそれを「グレート・ローテショーン」と言うだろう。それが、うまくいくかどうかは長期金利が大幅に上がらないことが前提となる。

政府の借金圧縮(いわゆる財政健全化)のための「増税」や「歳出削減」は、国民やマスコミから文句が出やすい。一方で、「金融抑圧」は目に見えない政策なので、実際は大変な不利益を被っている国民に十分理解されない。

イエレンFRB議長の政策はバーナンキ前FRB議長の引き継ぎであり、悪く言えばコピーである。そのバーナンキ前FRB議長が、「自分が生きている間はFF金利が4%に引き上げられることはありえない」と語っているのだから、金融抑圧が趨勢的にあと20年は続くのかもしれない。

2%のインフレが10年も続けば、政府の債務は実質20%軽減される。だが、多くの国民はそれを認識しづらい。いわゆる「茹でカエル」状態だ。多くの借金を抱える国が、「インフレ率より長期金利を下げたい」という<金融抑圧の誘惑>にかられるのは当然の帰結なのかもしれない。

シドニー・ホーマーの金利史観とバーナンキ発言

「自分が生きている間はFF金利が4%に引き上げられることはありえない」

次のインフレのピークは60年サイクルが到来する2040年か?

(出所:石原順)

PIMCOのビル・グロースが「低金利持続」に自腹で2億ドルを投入

上記のようなロジックをよく理解している債券ファンドPIMCOのビル・グロースが、低金利が長期化するとの相場観に、2億ドル(約203億円)近い自己資金を賭けているらしい。「PIMCOの最高投資責任者である同氏は、低金利が長期化すると予測しており、そういう環境で利益の出るファンドに資金を投じている。PIMCOが5月に発表した今後3‐5年の投資見通しでは、低金利が続き、成長も低位安定する時代になると予測している」(7月3日 ブルームバーグ)と、報道されている。

実質資産の目減りを回避するには分散投資しかない

日本や米国などの先進国では「金融抑圧」によって国民の富が政府に移転していく。早い話が、国民が貧乏(実質資産が目減り)になる一方で、政府は債務を実質的に圧縮していくのである。金利が物価上昇率より低いマイナス金利の状況になると、個人は預貯金で運用していても、実質の資産は目減りしていく。

いずれにせよ、我々が生活防衛のためにすべきことは、株式や外貨(外債)などリスク商品に資産を分散することであろう。

通常は金利(実質金利)が高い国にマネーが移動していく。だが、米・英・欧・日などの多くの先進国は、リーマン・ショック後にどこも大きな債務を抱えて苦しんでいる。だから、どこも金利が上がらない。金利の上昇を抑える金融抑圧が世界的な規模に及んでおり、金利による資本移動のないなか、通貨も動きにくくなっている。これが現在の運用難の原因だ。

筆者がドル/円の取引を始めてから20年以上経つが、これほどの低ボラ相場はあまり記憶にない。最近ではアベノミクスの前(野田政権時代)にも低ボラ相場があったが、今の相場はそれを超える長期低ボラ相場となっている。これがビル・グロースの言う「ニュー・ニュートラル」(金融抑圧相場)的な現象なのか、「嵐の前の静けさ」なのかわからないが、金融抑圧で米・日の長期金利がともに上がらない状況では仕方がないだろう。

ドル/円(日足) オプションボラティリティの下がり方は異常

上段:真の値幅
下段:オプションボラティリティ

(出所:石原順)

では、外貨では何を買ったらよいのであろうか?

昨年から最強通貨と題してNZドル買いを度々取り上げてきたが、金融抑圧という運用難の環境で消去法的に浮かび上がってくるのは、唯一利上げサイクルに入っている国の通貨であるNZドルであろう。

短期売買はともかく、中期的なスウィング・トレードを行う場合、NZドル/円の<4月末から10月末までの投資の基本>は、「急落時の押し目買い」である。この急落時の定義として、筆者はストキャスティクス(5.3.3)の20%以下を目安としている。

NZドル/円(日足) ストキャスティクスによる底値買いのシグナル

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド・ストキャスティクスによる底値買いのシグナル
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

長期投資の場合の基本は、「10月末買い・4月末売り」という投資をするのに最適な<半年間投資>が有効だろう。

以下は2000年‐2014年の「10月末買い・4月末売り」の<半年間投資>のパフォーマンスだが、主要通貨の中でニュージーランド/円のパフォーマンスは比較的に安定している。やはり、この通貨ペアは分散投資のポートフォリオからはずせないのではないだろうか?

NZドル/円(月足)「10月末買い・4月末売り」(赤は失敗の年)

(出所:石原順)

豪ドル/円(月足)「10月末買い・4月末売り」(赤は失敗の年)

(出所:石原順)

ユーロ/円(月足)「10月末買い・4月末売り」(赤は失敗の年)

(出所:石原順)

ポンド/円(月足)「10月末買い・4月末売り」(赤は失敗の年)

(出所:石原順)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。