金融抑圧相場と運用者の悲鳴

債券ファンドPIMCOのスコット・A・ マザー氏は金融抑圧について、「不換紙幣を発行する現代国家が、表面上は金利と元本を返済しつつも、債権者を割りの合わない目にあわせる紳士的な方法です」と述べたが、金融抑圧は簡単に言うと、「政府が借金を合法的に国民に押し付ける政策」である。

巨額の借金を持つ国はインフレで政府の実質債務を減らしたい。インフレによる金利上昇は利払い負担や調達コスト上昇になるので避けたい。この二つの矛盾にみちた願望を同時に実現するために、日本も米国も金融市場で<国債を買い支える仕組み>を作った。これが現在の金融抑圧といわれる政策である。

結局、日本の異次元緩和や米国のQE(量的緩和策)は、<国債を買い支える仕組み>なのである。この結果、日本も米国も長期金利を低く抑えることに成功している。この仕組みを長期にわたって維持できれば、政府にとっては実質借金額と利払い負担の両方を減らすことが出来る。

イエレンFRB議長はダッシュボード(9つの労働指標=裏の労働指標)のぜい弱さを大義名分に、長期金利の上昇を抑えたいようだ。日本も米国も中央銀行の国債市場支配が強まる中で、短期も長期も金利が動かなくなってしまった。必然的に国債市場は低位安定相場となり、米国債と日本国債の交換であるドル/円相場も動かなくなっている。

米10年国債金利(日足)

(出所:石原順)

日本10年国債金利(日足)

(出所:石原順)

ドル/円(日足)の三角保合とストキャスティクス5.3.3の底値買いシグナル

(出所:石原順)

先週から今週にかけて何人かの運用者に現状を聞いてみたが、運用部門の大規模リストラのなかで運用者の苦悩は深い。米国債や通貨の運用を行っているある運用者は、「Janet Yellen killed me.」と言い、今後は「株価指数先物売買なども運用の対象としていかざるを得ない」と語っている。「サマーズの長期停滞説、PIMCOのニュー・ニュートラル、イエレンのダッシュボードなど、どれをとっても金融抑圧相場の解説だ」と、動かない相場に対して苛立ちを隠せない様子であった。

株式市場も横ばい凪相場、株の運用者の厳しい現状

それでは、史上最高値を更新している米国株やドイツ株の運用者が楽かというと、どうもそうではないらしい。

ファンドが株を運用する場合、大きくはアクティブ運用とパッシブ運用に区別される。アクティブ運用とは、定められた株価指数(SP500やTOPIXなどのいわゆるインデックス)のベンチマーク(投資パフォーマンス)を上回る運用成績を目指す運用だ。一方、パッシブ運用とは定められた株価指数のベンチマークから乖離することがないように運用する手法である。

アクティブ運用は、個別銘柄の投資判断を運用者が判断するが、パッシブ運用は運用者が銘柄を決めるのではなく、株価指数に沿うような銘柄を組み入れて運用を行う。早い話が、パッシブ運用を行うには、株価指数のETF(一番運用コストが安い)を買えばよい。

苦労して企業評価という個別銘柄の分析を行ってアクティブ運用を行っても、アクティブ運用がパッシブ運用に勝つ確率は4分の1である。「プロもインデックスには勝てない」とよく言われるが、4分の3の運用者はパッシブ運用に勝てないのである。

その結果、個人投資家が一発勝負で将来性のある個別株を買うのはともかく、ファンドや年金などの長期の株式運用では、アクティブ運用はいらないという話になる。ファンドの株運用は高速取引かパッシブ運用となり、ユニークな運用者ほどリストラされていく。

まったく夢もロマンもない無味乾燥の世界だが、筆者はある株式ファンドの幹部に「君ねえ、夢やロマンで運用していては、カネがいくらあっても足りないよ!」と、窘められたことがある。これがファンドの株式運用の実態である。

昨年の12月31日のNYダウの終値は16,576ドルだった。7月1日現在の終値は16,956ドルである。上がっているように見えるが、まだ2.28%の上昇に過ぎない。史上最高値更新相場といっても、この程度の変動だ。ちなみに、昨年末終値から7月1日現在でドイツのDAXはプラス3.66%、日経平均はマイナス5.92%のパフォーマンスとなっている。国債や為替市場だけでなく、実は株式市場も金融抑圧の影響を受けているのである。

NYダウ(日足) 史上最高値更新相場だが、<ブブカ相場>といわれる低ボラ相場

上段:21日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)・18日移動平均線±3%乖離(緑)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

独DAX(日足) 一人勝ちと言われるドイツのDAXも3.66%の上昇に過ぎない

上段:21日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)・18日移動平均線±3%乖離(緑)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

日経平均(日足) 日経平均は米・独に対してマイナス5.92%と大きく出遅れている

上段:21日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)・25日移動平均線±5%乖離(緑)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

2000年以降、スクリューフレーション(中間層の貧困化)で、先進国の株は利益を生まなくなったと言われている。1000分の1秒単位で取引する超高速取引(HFT)の流行も、動かない相場に対応するファンド運用の変化であり、低ボラの金融抑圧相場時代に咲く<あだ花>なのかもしれない。

日本の年金買いへの期待と運用への疑念

日本株を保有するファンドの運用者からは、「比率という上限はあるが、日本の年金買いには期待している」という声が聞かれる。なぜなら、日銀による追加緩和期待がない現状で、年金買いによるPLO(Price Lifting Operation=価格吊り上げ操作)が、日本株に投資する最大の動機となっているからだ。

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用については、「日本版スチュワードシップコード、ROE重視、委託運用先の多様化など、あたかも運用の大変革がもたらされるかのような報道が相次いでいるが、日本の当局は<運用のイロハ>がわかっていないのではないか?」という疑念を漏らす運用者が多い。

「巨大な長期投資家であるGPIFはそもそも業績の悪い株など買えないし、委託先を増やしアクティブ運用ファンドに分散投資をしたところで、それらの運用を<合計>すれば、結果的にパッシブ運用(インデックス運用)に近いものとなるだろう。運用を委託するだけ、余分なコストがかかるだけだ。そもそも現実の問題として、運用金額が巨額で長期投資の年金運用では、アクティブ運用など到底できない。日本の年金運用は国債買いとグローバルに株価指数のETFを買うだけでよいのではないか?」との見方が海外のファンドの主流である。

動かない相場で儲ける手段は2つ、だが・・

ヘッジファンドやCTAは、顧客から成功報酬以外に3%程度の固定フィー(手数料)を取っている。顧客からみると3%の固定フィーを払っているのだから、ファンドには少なくとも10%程度のリターンを要求してくる。

しかし、変動率が比較的高い商品である株のインデックス運用のリターンが年初から2%~3%程度では、運用としては話にならないだろう。ファンドの顧客は手数料倒れしてしまい、ファンドを解約するはずだ。

金融抑圧の結果としてのゼロ金利政策の長期化で、市場のボラティリティは上がりにくい。

2.4兆ドルと未曾有の規模に達しているヘッジファンドが、株も債券も通貨もコモディティも動かない運用環境のなかで、高いリターンを上げようとすれば、次の2つの手段しかないだろう。

  • 「信用リスクを取りに行く」
  • 「レバレッジを掛けて運用する」

のいずれかだ。

①の信用リスクを取りに行くということでの象徴的な動きは、<ジャンク債のバブル>である。

リーマンショック後、米国では連銀がQEによってジャンク債を大量購入したが、現在は民間のジャンク債バブルが膨張している。

6月25日の日経新聞は『「高リスク融資」に市場過熱の兆し』という記事で、『金融緩和を背景に低金利が続くとの観測が相場を下支えするなかで市場の変動率(ボラティリティ)は依然として低く、投資機会を見つけにくい状況が続いている。「利ざやを稼ごうと投資家が高リスクの資産へ向かっている。以前に見た光景だ」米投資助言会社コハンジック・マネジメントの創立者デビッド・シャーマン氏は投資家が利回りに動いている様子に懸念を示す。国債や株式、高格付け社債に続いて緩和マネーが向かっている先は「レバレッジド・ローン」と呼ばれる信用力が低い企業向けの融資だ。米国のレバレッジド・ローンの実行額は、年初から6月中旬までに約2900億ドル(約29兆円)に上ったもよう。年間の実行額が過去最高だった2013年の同じ時期と比べると約2割少ないが、金融危機前の07年の同じ時期(約2700億ドル)を上回っている』とジャンク債バブルの現状を報道している。

このジャンク債バブルの膨張は、「コベナンツ・ライト」と呼ばれる担保を十分とらない融資や、査定の甘い米国の自動車ローンのバブルに象徴される。問題は「ヘッジファンドや投資信託、保険会社といった非銀行系の機関投資家が主に資金を出している」(日経報道)ことだろう。このようなジャンク債バブルがこれ以上膨張すると、いずれサブプライム問題のような危機の再発が起こるのではないかと危惧されているが、運用難で追い詰められた機関投資家も「利回り探し」に動いているようだ。

②のレバレッジを掛けて運用するという動きは、低変動率相場の中でファンド勢としては当然の動きだろう。問題は今後なにかのきっかけで市場のボラティリティが上昇した場合、レバレッジを掛けすぎているファンドなどが破たんする恐れがあることである。

「信用リスクを取りに行く」という動きも、「レバレッジを掛けて運用する」という動きも、バブル後半相場の現象である。今年の相場では資産管理(ストップロス注文)を怠らないようにしたい。

米S&P500株価指数月足の対数(LOG)チャート 

上昇6年目のハードルは高い?バブルはどこまで延命するか?

(出所:石原順)

ファンドはアングロサクソン通貨買いに動く

6月19日のレポート『通貨ファンドが今後有望と考えている通貨ペアは何か?』で、ファンド勢がポンド買いを手掛けていることをお伝えしたが、その後のポンド相場は堅調に推移している。

ポンド/ドル(日足) ポンド買いはトレンド相場に発展

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

ポンド/円(日足) 対円相場は底堅い展開が続いている

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

「お金は単純なロジックでしか動かない」というのが筆者の相場信条だが、ゼロ金利、金融抑圧という運用難の環境で、為替相場も投機筋の興味は<金利>に向いている。

その結果、ファンドが物色しているのは、

  • 利上げサイクルに入っているNZドル
  • 利上げ観測が出ているポンド
  • 他国に比べて相対的に金利が高い豪ドル

の3つである。

最近はこれに出遅れているカナダドル買いが加わっている。金利が動く方向に連動性があるニュージーランド、豪州、英国、カナダの<アングロサクソン通貨>が選好されているようだ。

ドル/カナダドル(日足) トレンド相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

カナダドル/円(日足) トレンド相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

NZドル/円(日足)と底値買いのシグナル

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)と底値買いのシグナル

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

8月の豪ドル相場には要注意

まだ先の話だが、注意しなければならないのは「豪ドルの8月相場」である。近年の相場を調べてみると、豪ドル/円がプラスのリターンとなりやすいのは4月・12月・7月・2月・11月・3月で、マイナスのリターンとなりやすいいのは8月・5月・9月・10月・6月である。

この結果をみると、概ね11月から4月の期間(10月末買い・4月末売り)はプラスのリターンとなりやすい傾向が見て取れる。豪ドル/円の顕著な上昇傾向がある月は日本の年度替わりの4月で、12月が4月の次に上昇しやすい。逆に8月の豪ドル/円相場は顕著な下落傾向があると思われる。

豪ドル/円(月足) 2000年~2014年 豪ドル/円は8月が安く4月・12月が高い?

(赤は4月安・12月安・8月高となった失敗の月)

(出所:石原順)

米雇用統計発表とECB理事会

さて、本日は米国の独立記念日の影響で、米雇用統計発表とECB理事会(ドラギ総裁の会見)が同じ日にあるという異例の事態となっている。

米雇用統計に関しては、リーマン危機後の米国の雇用創造のほとんどは低賃金のパート労働であることが明らかになっており、イエレンのダッシュボード(9つの労働指標)の強調で、表向きの失業率があてにならないことがばれてしまっている。先月からミーティングに加わったスタンレー・フィッシャーFRB副議長は「FOMCのタカ派(利上げ前倒し派)を抑え込んでいる」と報道されており、波乱を予想する声は少ない。

米雇用統計の推移 2000年~2014年

6月の米雇用統計の市場予想中央値は非農業部門雇用者数が+21万5000人、失業率が6.3%の予想となっている

(出所:石原順)

ECB理事会は、「ECBは銀行の検査が終わる10月まで新たな政策を行わない」という市場の観測に対して、ドラギ総裁がどう答えるのかが焦点である。あてにならない米雇用統計よりも、投機筋の関心はドラギ総裁が催促を抑えられるか否かに向いているようだ。

米雇用統計の発表とドラギ総裁の会見が重なる日本時間の9時半はマーケットが混乱することも考えられる。今日の米国市場の取引は連休前の<半ドン(午後から休み)>であり、じっくりと結果をみてから冷静に動きたい。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。