ファンドが危惧する「金融抑圧」という新時代

昨今の為替市場は歴史的な低変動率相場と言われているように、エントロピーの熱死状態となっている。ドル/円相場はほとんど動かなくなってしまった。今、金融市場で何が起こっているのだろうか?

米国の長期金利が上がらない<謎>に関しては5月29日のレポート

で、通貨安戦争の再燃説・米国住宅市場ピークアウト説・金融抑制説・PIMCOの「ニューニュートラル」説・ローレンス・サマーズの「長期停滞」説・イエレンのダッシュボード説などを取り上げてきた。

しかし、もっと大きな話をすると、現在の低変動相場の原因は、先進国と言われるG7各国の度を越えた負債にある。「イエレンFRBの金融政策はよくわからないという意見が多いが、度を越えた負債から米国は矛盾のある金融政策を行わざるを得ないのだ」という見方が、グローバルマクロファンドの間でも急速に拡がっている。

2011年6月に債券ファンドのPIMCOは『世界的な金融抑圧という新時代』というレポートを出したが、その中で執筆者のスコット・A・ マザー氏は「巨額の債務を抱える先進各国政府は、財政難に直面していますが、それは世界的な金融抑圧という新時代が間近に迫っていることを示唆しています。投資家は、過去の関係に頼るのをやめ、今後、抑圧的な政策によって、先進国市場全般でリスク・リターン特性がどう変わり、途上国においてはどのような難題が生まれるのかを検討し、新時代に備えなければなりません」と、金融抑圧相場の到来を示唆していた。

債務残高の国際比較(対GDP比)

(出所:財務省)

金融抑圧とは何かだが、PIMCOのスコット・A・ マザー氏は「自由市場における活動や、債券や通貨の価格形成に干渉する政府の政策は何であれ、金融抑圧的な行為と見なすことができます。直接的な介入によって、あるいは一定の価格での債券や通貨の需要を変えるという間接的な介入によって、債券や通貨の市場価格を変えるように、政策を設計することができます」「金融抑圧のもっとも一般的な動機として、政府が、痛みを伴う財政再編を行うことなく、負債発行による資金調達能力を向上させることがあります。負債調達コストを、自由市場で要求される水準より低く抑えることによって、政府は借り入れコストを軽減し、債務残高の増加ペースを遅らせることができるのです。金融抑圧は、密やかなデフォルトの一形態だと見なすこともできます。不換紙幣を発行する現代国家が、表面上は金利と元本を返済しつつも、債権者を割りの合わない目にあわせる紳士的な方法です」と述べている。

あるグローバルマクロファンドは、「米国は大恐慌と第二次世界大戦で債務が対GDP比の100%以上に膨れ上がった1945年からボルカーFRB議長がインフレ退治に乗り出す1980年まで金融抑圧政策を行っていた。そして、2008年の金融危機以降、再び米国の債務が対GDP比の100%以上となったことで、金融抑圧政策を復活させている」と分析している。

現在60歳のバーナンキ前FRB議長が、25万ドルの講演会(プライベート・ディナー)の席上で、「自分が生きている間はFF金利が4%に引き上げられることはありえない」と、ヘッジファンドの親玉達に言ったそうだが、これは「米国が今後長期にわたって金融抑圧政策を続ける」という見通しから出てきた発言だと言われている。

米国の債務残高の対GDP比の推移と「金融抑圧」政策

(出所:石原順)

米国のFFレートの推移 1954年~2014年

市場が要求する水準よりも政策金利を低く抑えつける政策で、今後は米景気に中立的な政策金利の水準が2%になるのか?

(出所:石原順)

金融抑圧と米国の長期(10年)金利の推移 1930年~2014年

短期金利(政策金利)はコントロールできても長期金利はコントロールできない

(出所:石原順)

金融抑圧とNYダウの推移 1930年~2014年

金融抑圧下での株価急騰の後は、スタグフレーションで1970年代のような株式の死(The Death of Equities)を迎えるのか・・

(出所:石原順)

動かない相場は日・米当局の理想

要は、実質的な借金を減らしながら、利払いや負債の調達コストを上げない政策を現在の中央銀行は画策しているということだ。これを相場的に言うと、「株だけ上げて金利は上げたくない」ということになる。

こう考えると、クロダノミクス(アベノミクス)も金融抑圧政策の一環と考えることができる。ファンドの多くは、日本も米国も「金融抑制」を行っていると認識しているという。巨額の借金を持つ国において、インフレは政府の実質債務を減らすことができるが、金利上昇は利払い負担になるので望ましくない。しかし、金融市場で<国債を買い支える仕組み>を作れば、インフレ下においても長期金利を低く抑えることが可能となる。政府にとっては実質借金額と利払い負担の両方を減らすことができるのである。

日本10年国債金利(日足) 物価が上がっているのに金利はまったく上がらない

(出所:石原順)

問題は金利のコントロールがうまくいくかどうかである。中央銀行がコントロールできる金利は短期金利(=政策金利)だけである。景気が悪くなると、いつも政府は金融政策による景気刺激策を催促してくる。政治家が誤解しているのは、政策金利を下げれば全ての金利が下がると思っていることである。

政府は景気が悪くなると中央銀行に金利を下げろと圧力をかけてくるが、中央銀行が金利を下げると、長期金利が逆に上がってしまうという現象が過去に何度も起きている。景気が悪くてもインフレ懸念が強い時に政策金利を引き下げれば、将来のインフレ懸念を煽ることになり、将来の金利である中・長期の金利は上がってしまうのだ。

本来、長期金利はコントロールできない。ところが現在、米国は長期金利のコントロール(自作自演相場)に成功している。これが、現在の相場がうごかない理由であろう。米国はQEを縮小中だが、FRBのポートフォリオはまだ拡大しているのと、ユーロクリア(ベルギー中銀)経由での<裏QE観測>が効いているのだろう。

FRBの総資産(2014年6月11日現在 単位 100万ドル)

(出所:石原順)

米10年国債金利(日足) 米金利の動きは<謎>でなくなりつつある・・

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド

(出所:石原順)

この結果、現在の米国は「株高・長期金利安・通貨の変動なし」という理想的な状況が続いている。投機筋からみると、金利や金利の交換である為替レートが動かず、株だけがもたもた上がっていくという相場展開はあまり面白くないが、米国や日本の金融当局にとってはまさに思惑通りの動きとなっている。

低変動率相場の計測と注目の通貨ペア

先進国の金利はゼロ、金利は上げたくないという金融抑圧政策が浸透していく中で、為替相場は極めて極小レンジの中での推移となっている。即ち、強力な買いトレンドや売りトレンドがなかなか発生しないノーマル相場(トレンド=方向性のない相場)が続いている。

米10年国債金利が低水準のもみ合いとなっており、ドル/円も稀に見る陰鬱な相場展開が続いている。相場が動かないというのはファンド勢にとっても死活問題である。現在のように動かない相場では、<日足>のチャートを確認しながらも、相場の実践では<1時間足>で対応するしか術がない。

現在の相場がどれくらい動かないかをみてみよう。以下のチャートは5月28日~6月26日までの<1時間足>500時間の推移である。<1時間足>での通貨の変動は、概ね13時間移動平均線の±0.6%乖離の範疇で動くのだが、直近の低変動率相場の動く範囲は、概ねその<半分>13時間移動平均線の±0.3%乖離(黄色のバンド)の範囲に収まっている。

ドル/円(1時間足)

上段:13時間移動平均±0.6%乖離(緑)・13時間移動平均±0.3%乖離(黄)
下段:スローストキャスティクス

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

豪ドル/円(1時間足)

上段:13時間移動平均±0.6%乖離(緑)・13時間移動平均±0.3%乖離(黄)
下段:スローストキャスティクス

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

NZドル/円(1時間足)

上段:13時間移動平均±0.6%乖離(緑)・13時間移動平均±0.3%乖離(黄)
下段:スローストキャスティクス

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ポンド/円(1時間足)

上段:13時間移動平均±0.6%乖離(緑)・13時間移動平均±0.3%乖離(黄)
下段:スローストキャスティクス

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

カナダドル/円(1時間足)

上段:13時間移動平均±0.6%乖離(緑)・13時間移動平均±0.3%乖離(黄)
下段:スローストキャスティクス

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

極小レンジの往来相場では13時間移動平均線の±0.3%乖離水準を相場変動の目安とし、買いのタイミングをスローストキャスティクス(20%以下)で測るのがよいだろう。通貨ペアとしては、下値でファンドの買いが控えていると言われるニュージーランド・オーストラリア・英国といったアングロサクソン通貨が手掛けやすい。

エンベロープ(移動平均乖離)は決して万能な指標ではない。また、長期にわたって必ず儲かるといったテクニカル指標も存在しない。特にカウンタートレード(逆張り)はストップロスが必須の売買手法である。

エンベロープという自律的な相場の運動範囲で注目すべきことは、「長期にトレンドが発生するような大きな材料が出ない限り、相場が移動平均の乖離の限度を大きく飛び出しても、バンドの中で収斂することが多い」ということである。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。