老後資金準備は住宅購入に邪魔される

老後資産形成について、その運用テクニックを考えていますが、老後資産形成は老後資産形成のみで成立するわけではありません。毎月得られる収入の多くは、日々の買い物に消えていきますし、住宅購入や子の教育資金等にもお金はどんどん消えていきます。老後資産形成に回すことのできる資金はごく一部です。

老後資産形成だけを考えてみると、「日々のムダな買い物がなければ老後準備はもっとはかどる」「高い家を買わなければ老後準備にもっとお金が回せる」ということになりますが、現実的ではありません。しかし、積立原資の差は、運用のパフォーマンス以上に決定的な差を生むことがありますので、無視できません。

高額な住宅ローンを返済しているため、老後のための積立が滞っている人が、仮に住宅ローン負担が毎月1万円、ボーナス6万円(×年2回)少なくてすむとします。その分を老後資金準備に回したとすれば、どうでしょうか。
35歳で住宅ローンを組んだと仮定して、25年の時間を想定すれば、元本で600万円の差が老後につきます。住宅ローンの金利に相当する年2.4%から20%税金を引いた分を増やせたとすれば、老後の資産は770万円までふくらみます。ちなみに住宅ローンの借入額として考えたとき、25年で600万円を返すということは、約450万円の借入に相当します(こちらも年2.4%の金利で試算)。

つまり、家を450万円安く購入することができれば、老後資産形成が770万円増やせる、ということになります。
老後資産形成を滞らせる大きな要因が、住宅購入ということがよく分かります。

住宅ローンを抱えている人は投資禁止か

ところで、「借金を抱えている者は投資をするより借金の返済を優先せよ」という考えかたがあります。楽天証券でコラムを連載している山崎元氏もよく指摘されているところです。まったくもってその通りなのですが、そこにはひとつ難題が残されます。
借金をまず早期完済し、その後に初めて、老後資産形成を行うということを、現実問題として実行しうるか、ということです。

住宅ローンの返済はそれなりにきつい負担ですが、これをさらに早期化するということは返済額を増額するということになります。また完済後、定年までの期間はあまりないと考えられることから、完済後は一息もつかずに老後資産形成を全力で開始しなければなりません。
合理的にこうした資産形成行動を行えるのであれば苦労しないのですが、普通の人は実行は困難ではないかと思います。

住宅ローン以外のローンや借金は金利が高すぎますので、これを残して投資を行うことは明らかに愚かです。借入金利以上のリターンを得ることはほとんど困難だからです。また、短期資金運用を行うくらいなら、住宅ローン返済をしたほうが確実な資産形成です。少なくとも元本割れリスクはない分、早期返済が有利に働きます。

しかし、住宅ローンは個人が設定可能な借り入れのうち、もっとも低利なローンのひとつです。また、老後資産形成を数十年以上の長期にわたって継続することができれば複利効果による資産形成の効率化が期待できます。住宅ローンを設定しなければ賃貸費用も生じますし、住宅ローン減税等の政策もあります(過度な期待は禁物ですが)。
ここに、住宅ローンと老後資産形成を平行する余地があるように思います。

また、確定拠出年金等の税制優遇のある資産形成手段を活用できる場合、掛金の所得非課税、運用益非課税のメリットが加わるため、むしろ平行して拠出と運用期間を長く取る方が有利になります。

老後資産形成は「実行されない」ことが最大のリスク要因です。「住宅取得」と「老後資産形成」が共倒れになったり、片方しか実現しない(この場合の片方は当然住宅取得になる)ことを回避するためにも、「住宅ローンを返しつつ、資産形成のため投資」は許容してもいいのではないでしょうか。
(まあ、そこまで理性的に判断できる人は「住宅ローンの返済を優先、その後老後資産形成」も実行可能かもしれませんが)

住宅取得と老後資産形成を合体させる秘策

ところで、住宅購入と老後資産形成を同時に行う秘策もあることにはあります。あえて現役のうちに家は買わず、資産形成を一本化させ、定年時に住宅の取得と老後資産形成の完成を同時に実現するやり方です。

現役時代はあえて賃貸暮らしを続け、所得水準と家族構成にあった広さの部屋を無理なく借ります。その上で資産形成に集中的に励みます。○○用の資産形成と分別せずに一元管理のもと効率的に資産の成長を目指します。

定年退職時点で獲得できた資産額を踏まえ、老後に二人だけで暮らすにちょうどいい広さ、資産状況に見合った物件をついのすみかとして現金購入し、残りの資産で老後の生活をやりくりしていくのです。これなら、住宅購入も老後資金準備も「ひとつの資産運用」で実現可能です。

問題は、現役期間中に払う家賃とローン金利の見合いになりますが、ファミリー向けの物件として買った100㎡の物件は、夫婦二人の老後には広すぎ、取得価格も高額になります。
老後は40~50㎡もあれば十分と思えば定年時に取得する物件の価格も少なくてすみますし、その後20年を暮らす新しい物件が手に入ります。
また、何よりローンの金利負担がなくなります。住宅ローンはおおむね借入額の1.5倍くらいが総返済額になりますので、金利負担はやはり大きいものがあります。

楽天証券に証券口座を開設しているような若い読者の方で、まだ住宅取得をしていないようであれば、「まず住宅ローンを組むのが当たり前」という発想を見直してみるのも一考でしょう。今ある証券口座で、リスク資産の活用による運用に集中してみるというわけです。

ただし、これはこれで、定年退職時点に「二兎を追う者は一兎をも得ず」とならないような注意が必要です。住宅ローンは組んでしまえば強制的な資産形成ともなりますが、手元での資産形成は中断する懸念もあります。また、家を買う分の2,000万円以上、従来の老後資金準備目標から上方修正する必要もあります。

住宅購入も「資産運用」という意識を持とう

考えれば考えるほど、住宅ローンの設定が老後資産形成やその後の資産形成に与える影響は大きいものがあります。物件そのものの評価や借り入れ可能額の検討、住宅ローンの返済計画に気を配る以上に、その先の人生の資産計画にも気を配っていただければと思います。

残念ながら、住宅販売会社も銀行も、あなたの生涯にわたる資金計画まで気を配ってはくれません。まじめに考えれば、もっと安い物件を買うべきで、住宅ローンは極力利用しないほうがいい結論になりかねないからです。特に老後資産形成に気を配ってくれる人は皆無です。

株式や投資信託は、いつでも売却することができます。部分的に手放すことも可能です。しかし、自宅不動産を手放したり、部分売却することはほとんど不可能です。
株式や投資信託にリスクがあるといいますが、たいていの場合、不動産を購入直後に手放せば大きく元本割れですし、地価の上昇がなければ、その後もずっとマイナスの恐れがあります。不動産もリスクある商品だと理解することが必要です。

住宅をローンで取得することを当然の聖域とせず、あなたの資産運用のひとつであると考えることが大切です。
(「夢」を語る業者にはなおさら注意です。証券会社が株式投資で「夢」と語ったら怪しむのと同等に住宅販売会社の語る「夢」も疑ってみましょう。もしかしたら「住宅営業マンのボーナスアップの夢」なのかもしれません)

住宅ローンが軽いと老後準備がはかどる

資産形成を一本化するアプローチ