高値覚えと安値覚え。「アンカリング」の罠

「高値覚え、安値覚え、ですか」

「そう、過去の株価水準がアンカー(錨)のように頭に残り、その株価水準にとらわれてしまい、合理的な投資判断ができなくなることを戒める相場の格言です。たとえば、

〇投資しようと狙っていた株は過去に4,000円まで値上がりしたことがある。それが、今は、2,000円まで値下がりしている。4,000円の株価が2,000円まで安くなったのだから割安ではないかと考えてしまうことが『高値覚え』です。

さっきの、君と同じですね」
「僕のように、ですか…」

 隆一の不快そうな反応に、余計なことを言ってしまったか、と先生は話をそらすようにすぐに続けた。
「いや、つまり、その株が過去から見て半値くらいまで値を下げたとしても、2,000円という水準が、その時の企業価値から判断して割安な水準であるとは限らないということです。投資判断は、過去の株価ではなく、その時点の投資対象の将来価値の予測から考えるのが基本です」

「確かに、5年前に4,000円だったTシャツが今、2,000円だからといって、安いか高いかはわかりませんね」

「悪くない例えですね。いまその時点で、改めて本当の価値を考えることが大切です。先ほどの株の話をすれば、大きく下げた株価が2,000円で下げ止まるとは限りません。『4,000円まで上げた株だから』と2,000円で買ったとしても、勢いでさらに値を下げてしまうことは、よくあることです。ところが、『高値覚え』をした投資家は、

4,000円の高値を付けたのだから、いつかは4,000円を超えるかもしれない、いや、3,000円くらいまでなら戻るんじゃないか、などと4,000円という株価をアンカー(錨)のように基準点と考えてしまう

ということです」
「ああ、僕もそう思いがちです。都合いい話ですよね」

 先生は、隆一の素直な反応に安堵したのかコーヒーに口を付けてから話を続けた。

「『安値覚え』の方は、逆に、株価が大幅に下落した後に反転し始めて、後から振り返れば、その辺の株価が底値で、絶好の買い場だったとしても、投資家の頭には下落後の最安値がアンカー(錨)のように印象に残ってしまうことです。

〇安値が頭に残っているので、『ここで買っても、さらに下がるのではないか』と、さらなる下落を恐れて買いのタイミングを逃してしまう

〇あるいは、勇気を出してせっかく底値近くで買っても、株価が小幅に上昇すると『結構、上がったから、また下がるのでは…』と、我慢しきれず利益確定売りを出して、大きな利益を逃してしまう

ことです」
「ああ、そこはやっぱり怖くなってしまうかも」

 隆一は、自分がまさにアンカリングにとらわれやすいタイプなのだと思った。同時にみんなそうだろうな、とも思っていた。

第17話:「心の会計:稼ぐ場所と使い道でカネの価値は変わる?」を読む

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