米連銀も「謎」という米長期金利の低下

昨日は米国の10年国債利回りが5月15日につけた2.4716%を下回り、ストップロスを巻き込みながら2.4325%まで下落した。米長期金利との連動を強めている円相場は円高で反応している。

ドル/円(日足)とトレンドライン

 

(出所:石原順)

今年の米国債市場は寒波の影響で金利が上がらない展開が続いていたが、ここにきて米国のマクロ経済指標は改善傾向を示している。それなのに長期金利がどんどん低下していくというのは、何か原因があるはずだ。

世界の金利ともいえる米金利の動向を無視して相場に臨むことはできない。預金・株・債券・為替・コモディティ・不動産などいろんな金融商品があるが、これらはすべて同じものである。すべての金融商品の値段はキャッシュフローの集合体の現在価値、簡単に言うとすべて<債券>に置き換えられるからだ。米国の金利との比較で投機筋のポートフォリオは構成されているのである。

米10年国債金利(日足) グローバルマネーは米国金利との比較感で動く

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド

 

(出所:石原順)

先週、筆者はファンドの運用者に米長期金利低下の理由を聞いてみた。米長期金利低下には投機筋の損切り以外にも複数の理由があるようだ。いずれも今後の相場をみるうえで、重要な示唆を与えるものである。

投機筋の敗戦処理説

米金利の低下要因はファンドや投資銀行の敗戦処理である。米国ではテーパリングの開始(QEによる毎月の資産購入規模の段階的縮小)を受けて、今年の前半相場は米国金利の上昇と円安進行が投機筋の思惑だった。ところが年初から米金利は下げ基調となり、円相場も円高で推移している。これで投機筋は大きな損失を抱え込むことになり、5月に入って損切りに動いている。このようなポジション調整だけが原因なら米長期金利は6月に反転する可能性があるだろう。

米10年国債のポジション(CFTC(米先物取引委員会)発表 5月20日現在) 米国債売りポジションが縮小中


(出所:石原順)

円のポジション(CFTC発表 5月20日現在) 円売りポジションが縮小中

 

(出所:石原順)

通貨安戦争の再燃説

2 月以降の中国の人民元安誘導で、中国の外貨準備高は過去最高を記録しており、2014年も大規模な為替介入を行っている。これは米国債の金利低下圧力となっている。また、6月5日のECB理事会で欧州が金融緩和に動くという観測が根強い。ドイツ国債の金利に比べると米国債はまだ買い余地があるとの見方をとる運用者の米国債買いが指摘されている。新年度入り後、日本の機関投資家も米国債を買っており、米国債の引き受け手は意外にも多いのである。

ドル/人民元(週足) 2014年2月から景気テコ入れの人民元安誘導か?

(出所:石原順)

ドイツ10年国債金利(日足) グローバルマネーは米国金利との比較感で動く

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド

(出所:石原順)

米国住宅市場ピークアウト説

米住宅価格の上昇鈍化を気にする運用者が増えている。3 月のS&Pケースシラー住宅価格指数は、前月比伸び率で2012 年3 月以降の最高を記録しているものの、前年同月比でみると2013 年11月からは鈍化傾向が続いている。

S&Pケースシラー住宅価格指数 ピークアウトしたのか?

(出所:S&P)

米国の中間層の実質賃金は過去30年間横這い、米株価は過去10年間ボックス圏という<スクリューフレーション>(Screwflation)のなかで、住宅は米国人にとって最も重要な資産(投資対象)であった。米国人はリーマンショックまで、住宅価格の値上がりだけで消費を続けてきたといってもよいだろう。住宅価格の上昇が止まると、米国は不景気になる。要するに、「中間層が立ちゆかない」状況になるということだ。これが米金利の上昇を阻む要因なのではないかという疑念が浮上している。

金融抑制説

現在の米金利の低下は商品市況の低迷と「金融抑制(Financial Repression)」と呼ばれる当局の指導によって米国機関投資家の買いが続いている結果であるという声が多い。

巨額の借金を持つ国において、インフレは政府の実質債務を減らすことができるが、金利上昇は利払い負担になるので望ましくない。しかし金融市場で国債を買い支える仕組みを作れば、インフレ下においても長期金利を低く抑えることが可能となる。政府にとっては実質借金額と利払い負担の両方を減らすことができるのである。あるファンドは、日本も米国も「金融抑制」を行っているというのだ。この説はなかなか説得力がある。

日本10年国債金利(日足) 物価が上がっているのに、なぜか金利が上がらない

(出所:石原順)

「インフレなどで債務負担を実質的に減らす一方、金利の上昇を直接・間接な方法で抑え込む。そのために国内に国債の引き受け手をつくる」というのが米当局の方針ならば、銀行や年金も自己資本規制・ボルカールール・安定運用の名の下で、国債の引き受け手として組み込まれ、それ以外の収益機会を削られることになるだろう。

PIMCOの「ニューニュートラル」説・ローレンス・サマーズの「長期停滞」説

5月3日に米債券ファンドPIMCOは、『世界経済は「ニューノーマル」から「ニューニュートラル」へ移行した』というレポートを発表した。「ニューニュートラルでは世界各国の成長率がより低く、より安定した速度に向かって収斂していき、政策金利は危機前の均衡状態を下回る水準にとどまる」と説明している。

PIMCOは「米景気に中立的な政策金利の水準が2%になる」という見方を示している。景気に中立な米国の政策金利は4%近い水準といわれているだけに、債券関係者に衝撃を持って受け取られているが、米国の<イールドカーブのフラット化>は米国の成長率低下を指摘するニューニュートラルの動きであるとの見方も多い。ニューニュートラルはローレンス・サマーズの「長期停滞論」と軸を一にしている。

米国債のイールドカーブ

(出所:フィナンシャルタイムズ)

イエレンのダッシュボード説とピケティ・パニック

イエレンFRB議長が、従来の失業率に加え、フルタイム希望者がやむを得ずパートタイム労働をしている場合を含めた「広義の失業率」や半年以上失業している人の比率を示す「長期失業率」、非農業部門雇用者の前月比増加数、生産年齢人口に占める就業者と求職者の割合を示す労働参加率など9つの指標を総合的に判断するという「ダッシュボード」を言いだしてから、貧困大国である米国の負の部分に焦点が当たってしまった。

QEで米国株は上がり、1%の富裕層がアメリカ全体の所得の20%を握る事態となっている。しかし、労働市場の改善は鈍いままである。米国では現在、2000万人がフルタイムの仕事を希望しているが実現していない。また、何百万人もの人々が職探しをあきらめている。

富の偏在や格差の拡大が深刻な問題となるなか、現代のマルクスと呼ばれ、富の集中を制限する方法としてグローバルに累進課税を求めるトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First Century)』が大ベストセラーとなり、世の中を騒がせている。

現代のマルクス?トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First Century)』がベストセラーに・・

筆者はトマ・ピケティ氏の主張が正しいのかどうかは知らないが、このような本がベストセラーになっていること自体、中間層の没落が進んでいる証左だ。トリクルダウン説に疑念をもたらすピケティ氏の主張に、ウォール街は神経をとがらせているという。「QEや金融緩和などを行っても、国民全体の利益とならない」という主張が徐々に多くなってきている。

NYダウ(週足)と米国の金融政策 株は上がったが富の偏在が問題に・・

(出所:石原順)

米国民間雇用の人口比率 リーマンショック後、雇用は回復していない

(出所:セントルイス連銀)

現在の為替市場の動きに整合性はない

米長期金利低下の謎が指摘される中で、米国は株高・債券高(金利低下)・ドル高のトリプル高となっている。筆者はこのようなトリプル高が長く続くとは思わないが、この状況は連銀にとっては結構な事かもしれない。

ドルインデックス先物(週足)5月からドル高基調となり40週移動平均線の攻防に・・

(出所:石原順)

ドルインデックス先物は投機筋の注目する40週移動平均線を超えてきており、現在のドル高相場はユーロ/ドルの下落やドル/スイスの上昇がけん引している。ユーロ安は6月5日のECBでドラギが動くという観測が相場を支えている。今回のECBの緩和の狙いは「ユーロ安誘導」であり、すでに目的は半分以上達成されているのかもしれない。6月5日のECB理事会では、小幅の利下げ・マイナス金利の導入・LTRO3・日本や米国のようなQEなどが噂に上がっているが、どれも必然性を感じるような政策ではない。そういった意味では、6月5日のECB理事会の結果は要注意だ。

ユーロ/ドル(日足) 通貨安誘導はいいが、ECBは6月5日に何をするのか?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド

(出所:石原順)

ユーロが下落したことで、ユーロ/スイスフラン相場の防衛ラインを1ユーロ=1.20スイスフランと定めているスイス中銀の介入によって、ドル/スイスフランも上昇している。

ドル/スイス(日足) ユーロペッグでユーロと同じ動き

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド

(出所:石原順)

ユーロ/スイスフラン(日足)

ユーロ/スイスフラン相場の防衛ラインを1ユーロ=1.20スイスフランと定めている

(出所:石原順)

一方、ドル/円は米長期金利低下で上値が重くなっている。日銀の黒田総裁は成長戦略に期待すると追加緩和には消極的である。成長戦略で海外勢が期待している日本の法人税減税については、代替財源がないという財務省の意見を代弁している。ならば、投機筋も円買いに動きそうなものだが、円高局面ではPKOが入ることから模様眺めを決め込んでいる。

ドル/円(日足)とストキャスティクス ストップを置いて周期的ボトムで押し目買い

(出所:石原順)

上記の通貨の動きにはなんの整合性もない。今年の相場は投機筋の投げと踏みの応酬である。その中で、消去法投資として徐々に株に資金が向かっているのが今の状況だ。JPモルガン・チェース 法人投資銀行部門のダニエル・ピントCEOは、「金利・通貨・クレジット取引のボラティリティ(変動性)が過去10-15年で最低となっている状況を指摘し、第1四半期と第2四半期の一部において取引が発生しなかった。6月以降に先送りされることになりそうだが、大きな不安定要因だ」(ブルームバーグ)と語っている。

投機筋は6月5日のECB理事会・6月6日の米雇用統計・6月18日のFOMC(日本時間6月19日)を転機と捉え、収益機会をうかがっている。金融市場のボラティリティの異常な低さを考えると、ファンドの決算が終わる6月以降は相場も動きそうだが、相場が明確な方向性を持つためには米長期金利低下の「謎」を解く必要があろう。それまでは、循環物色相場が続くだろう。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。