世界は再び通貨安戦争の様相

アベノミクスの円安誘導、中国の景気対策的な人民元安誘導、イエレンのダッシュボードによるドル安、ECBのQE観測と、世界は再び通貨安戦争の様相を呈してきている。昨年までと違って、通貨安戦争が再燃しているので、アベノミクスによる円安誘導にアドバンテージがなくなってきている。

中国人民元の対ドル相場は2 月以降下落基調になり現在も安値圏での推移が続いている。中国の3 月時点での外貨準備高は過去最高を記録しており、2014年も大規模な為替介入を行っている。これは米国債の金利低下圧力となっている。

ドル/人民元(週足) 2014年2月から景気テコ入れの人民元安誘導か?


(出所:石原順)

日本が追加緩和をためらってウダウダやっているうちに、ECBがQEを行うという観測が浮上し、ユーロ圏も通貨安競争に参戦してきた。ECBのドラギ総裁は5月8日のECB理事会後の記者会見で、「インフレ見通しに基づき妥当と判断されれば、ユーロ圏の景気支援に向け、6月に行動する用意がある」と6月の「行動」を示唆した。

欧州の金融政策とユーロ/ドルの推移 6月のECBは何が出る?


(出所:石原順)

ECBの金融政策は雰囲気ではなく明確なロジックで動いている。ユーロ圏の消費者物価指数はドラギ総裁が「危険水域」としている1%を過去7カ月にわたり割り込んでおり、ECBは6月5日のECB理事会で、「利下げを行うだけでなく、複数の措置を組み合わせて導入する」という観測が拡がっている。

ユーロ圏の消費者物価指数(対前年同月比) 2000年~2014年

ドラギ総裁が「危険水域」としている1%を過去7カ月にわたり割り込んでいる


(出所:石原順)

米国はテーパリングに動いているが、イエレンが9つの雇用関連指標(ダッシュボード)を重視していることを強調しているため、「イエレン議長注目の雇用指標は米利上げが遠い将来であることを示唆している」と早期利上げ観測が後退してしまった。

テーパリングとマクロ経済指標の改善を受けて米国金利の上昇に賭けていた投機筋は、年初からずっと忍耐の米国債売りポジションを維持していたが、イエレンのダッシュボード相場で損切に動いている。5月はファンドの中間決算月だからだ。

米10年国債金利(日足) 投機筋の思惑がはずれ米長期金利は底割れの様相・・サマーズが指摘する先進国長期停滞の象徴か?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド


(出所:石原順)

QEをやめると金利が下がる

米国の金利が上がらない、早期の利上げ観測が消滅ということで、ドルの上値限界説が投機筋の間で浮上していることは先週のレポートに書いたが、米国債のチャートが下にレンジブレイクしたことで、今度はサマーズが昨年11月にIMFの講演で指摘した「先進国経済の長期停滞説」まで浮上している有様だ。長期金利の低下は米国だけではない。ドイツの国債は1.37%台、危機に見舞われたスペイン国債でさえ2.85%台、そして日本の金利は0.58%台だ。

米国の長期金利の低下が5月決算に向けての投機筋の損切なら今後のリバウンド(金利上昇)が期待できるが、FRBがテーパリングに踏み切った1月から米10年国債利回りの低下が顕著となっている。

米国の金融政策と米10年国債の推移 QEをやめると金利が下がる(QEをやめると米国が低成長に陥るシナリオが浮上する)


(出所:石原順)

米消費者物価指数(対前年同月比) CPI推移は米国経済の停滞を示唆しているのか?


(出所:石原順)

日本株は独り負けだが割安感も・・転機は6月か?

いずれにせよ、米国の金利が上がらないとドル高円安は進行しない。円安の背中を押す材料である日銀の追加緩和は、「消費増税10%決定のためのツール」であることが海外投機筋にも浸透し、「消費増税決定時期を考えると、追加緩和は早くて7月だろう」「日経平均が13000円を割れたら発動するだろう」「年内は緩和なし」など、緩和観測がしぼんできている。

ドル/円(日足)と日銀政策会合の結果  2014年の日本株は独り負け


(出所:石原順)

その結果、年初からの日本株のパフォーマンスは欧米株に引き離される結果となっている。一方、米国の長期金利低下で息を吹き返しているのが新興国の株だ。インドやブラジルなど、昨年5月からのテーパリング観測で軟調となっていた市場の好調が2014年は続いている。

サマーズの先進国長期停滞論では、「新興国に投資しろ」というのが彼の主張だが、投機筋は新興国についても長期的には楽観していない。「負け組の復活は誰も買っていないからだ」「昨年まで買われていたものは皆が持っているので上がらないだけ」「ポジションの入れ替えが行われているに過ぎない」など、慎重な声が聞かれる。

日・米・独・仏の株価インデックスの推移(2014年年初を100として表示)


(出所:石原順)

ブラジルBOVESPA指数(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド


(出所:石原順)

短期筋はともかく、中長期の投資家はもう上がりすぎたインド株やブラジル株には興味がないらしい。今年の相場は循環物色なので、逆張りしかする気がないというわけだ。そういった意味では、年初来さえない動きの続いている日本株やクロス円相場はもう一段の下げがあれば買いが出てくる可能性がある。

投機筋の日本に対する見方は、日銀より消費増税を狙う財務省の思惑に焦点が移っている。現在市場が期待している政策は法人税減税・日銀の追加緩和・GPIFの資産配分見直し構想の3つであろう。このうち、日銀の追加緩和やGPIFの資産配分見直し構想については、財務省の腹が痛む(省益をおびやかす)ものでないことから、「株がもう一段安するか6月以降になれば出てくるのではないか?」という意見が多い。要するに、「値幅(株の下げ)」か「日柄(7~9月期のGDP押し上げ時期)」のいずれかを待つしかないというのである。

米国の金利についてはCBOTの10年国債先物ポジションが5月6日時点で12万9000枚のショートとなっており、まだ買戻しを迫られている投機筋がいるようだ。「反転のきっかけは、ファンドの5月決算処分が終わる頃か、あるいは6月19日のスタンレフィッシャーFRB副議長の参加するFOMCミーティング以降になるのではないか?」という観測が多い。転機は6月となりそうだ。

ドル/円(日足) 今年の相場は買いたいと思ったとところが高値となる

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3


(出所:石原順)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。