セルインメイのバイアスが強い5月相場

やはり5月相場は波乱含みだ。4月2日に発表された米雇用統計は、非農業部門雇用者数+28.8万人・失業率6.3%と大幅な改善を示した。この数字を素直に受け取れば、ドル/円は現状103円台で推移していて当然ということになる。

米国の雇用統計の推移 2000年~2014年


(出所:石原順)

しかし、ドル/円は雇用統計発表後の103円丁度の高値から急落し、米長期金利は2.6967%から2.5717%まで低下した。この反応にブローカーは「嘘だろうと言いたくなる。言いたくならないか、ふつう・・」と驚きを隠せないようであった。ドル下落の要因としてウクライナ情勢の緊迫化と説明されているが、これは後付けの解説だ。ウクライナ危機の当事国であるロシアの株はまったく反応していない。また米国より地政学的なリスクが高いユーロが買われているのも不可解である。

ロシアRTS指数(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド


(出所:石原順)

ユーロ/ドル(日足) 2013年7月からストキャスティクスが有効に機能している

上段:21日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)
下段:ストキャスティクス5.3.3


(出所:石原順)

いずれにせよ、米雇用統計でよい数字が出たにもかかわらず、この日の反応はドルの全面安であった。雇用統計後の相場が3か月連続でさえない展開となったことから、「どういう数字が出たらドルや米金利は上がるのか?」と、多くの運用者が今後の相場に不安を抱いているという。

イエレンのダッシュボードと早期利上げ見通しの後退

労働市場重視のイエレンがFRB議長に就任以来、雇用統計に対する「深読み」や「裏読み」をするアナリストが増えている。それは当然であろう。イエレンは労働問題の専門家であり、米国の金融政策も自ずとその影響を受けることだ。

4月の米失業率は6.3%であり、これまで利上げの目安としてきた失業率6.5%(エバンスルール)を下回っている。昨年までの市場関係者の見方は、イエレンがフォワードガイダンス(金融政策の先行きの手掛かり)の数値基準を、彼女の持論である<最適管理>に根拠を置く「5.5%の完全雇用ターゲット」に変更するというものであった。

ところがイエレンはFRB議長に正式に就任すると、スタンレー・フィッシャーの影響からか、「5.5%の完全雇用ターゲット」をあっさり放棄し、フォワードガイダンス(金融政策の先行きの手掛かり)の数値基準を示すことをやめてしまったのである。経済状況をみながらその都度「言葉」で説明していくという<裁量運営>の方針を示したことが、今の相場の不透明感と米長期金利の迷走につながっている。

「失業率が6.5%を下回ってからもかなりの期間、FF金利の現在の誘導目標レンジを現行水準に維持する」ことの根拠として、イエレンは「複数の雇用関連指標」(ダッシュボード)をみている。

従来の失業率に加え、フルタイム希望者がやむを得ずパートタイム労働をしている場合を含めた「広義の失業率」や半年以上失業している人の比率を示す「長期失業率」、非農業部門雇用者の前月比増加数、生産年齢人口に占める就業者と求職者の割合を示す労働参加率など9つの指標を総合的に判断するという。

イエレンが失業率6.5%の目標値を放棄したのはいいが、9つもの複雑な指標を持ってこられて運用者は困惑している。米国では長期失業者が急増しているし、失業率が下がっているのはオバマケアの影響である。即ち、企業が正社員を解雇して、税法上有利なパートタイム労働者ばかり増やしているからである。また、ベビーブーマーの退職を割り引いても米国の成人総人口に占める就労者の割合は(労働参加率)は30年来の低さで、雇用が回復しているとは言い難い。こうした指標は、雇用の回復どころか、「貧困大国」という米国の負の側面を浮かび上がらせている。

労働参加率(労働力率Labor force participation rate)は62.8%と過去30年間で最低

失業率の6.3%の改善は職探しを諦めた人が増えた(80.6万人が求職を断念した)ことによるもの


(出所:セントルイス連銀)

米国民間雇用の人口比率 リーマンショック後、雇用は回復していない


(出所:セントルイス連銀)

9つの雇用関連指標(ダッシュボード)という裏の労働指標をイエレンが重視しているとすれば、早期利上げ観測についてはかなり懐疑的にならざるを得ない。それどころか、9つの労働指標の改善を待っていては、いつまでたっても利上げができないということになる。

運用者の多くは米国のテーパリングや利上げ観測から、2014年の米長期金利は上昇すると考えていた。ところが、失業率ターゲットの放棄と9つの雇用関連指標(ダッシュボード)の登場で、現在は利上げ時期に確信が持てなくなっているのである。

米10年国債金利(日足) 投機筋の思惑がはずれ米長期金利は低下傾向に・・先進国長期停滞の象徴か?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド


(出所:石原順)

ファンド勢の年初来の米金利上昇見通しがはずれたことで、5月の中間決算に向かって手仕舞いが出ていると聞く。米国債市場でファンドのショートカバー(買戻し)が続いており、それに便乗したテクニカル的な米国債買いも出ているらしい。需給的にはファンドの手仕舞いが米金利の低下を促している。米金利の上昇がないとドル/円の持続的な上昇は見込めない。米国債の金利が2.7%を割り込んだ時点で、ドル/円も上値が重くなった。米金利見通しの不透明感、これがドルの上がらない理由である。

米10年国債のポジション 4月29日現在 CFTC発表)

金利が上がるというシナリオが崩れ、投機筋は手仕舞いを余儀なくされている


(出所:石原順)

ドル/円(日足) レンジ相場が続いており、ストキャスティクスが有効に機能している

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:ストキャスティクス5.3.3


(出所:石原順)

日銀の追加緩和はサプライズの期限切れ、為替相場の注目は金利差に・・

筆者はかなり早い時期から、「日銀のサプライズ緩和の賞味期限は4月8日、4月30日がぎりぎりの賞味期限である」と書いてきたが、その時期はもう過ぎてしまった。海外ファンドは、4月8日の黒田日銀総裁会見以降、アベノミクスに関心を失っているようだ。ある運用者は「(追加緩和が)あってもなくてももう同じ。ただし、13000円以下なら追加緩和があるだろうが・・」と語っている。

現在も5月・6月・7月・9月などの追加緩和観測があるが、催促されたあとの「なれの果ての緩和」では効果は薄いだろう。現在、海外勢のジャパントレード(日本株買い・円売り)が止まってしまっているので、ドル/円の上値も重くならざるを得ない。

日経平均とイベントドリブンファンドの日銀プレイ

4月8日の黒田日銀総裁会見以降、イベントドリブンファンドの動きも沈静化


(出所:石原順)

追加緩和期待やアベノミクスに対する期待がしぼんでいく中で、消去法として浮上しているのがニュージーランドに注目した金利差買いである。金利ゼロが常態化している主要国の中で、ニュージーランドは2ヵ月連続の利上げを行っている。ニュージーランドの政策金利は3%と他国に対して相対的に高い水準にある。

ニュージーランドの中銀は通貨高を牽制しながらも、物価上昇圧力から今後も利上げを継続せざるを得ない状況にある。現在のように相場が動かない運用難相場になると利上げ材料は本当に強い。NZドル/円の押し目は今後も買われることになろう。ストップロス注文は必須だが、NZドル/円もドル/円もユーロ/ドルも今年の相場ではストキャスティクスが有効に機能している。

NZドル/円(日足) 押し目買い一貫

上段:21日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)
下段:ストキャスティクス5.3.3


(出所:石原順)

主要国の政策金利の推移 連続利上げとなっているニュージーランドの政策金利は3%と他国に対して相対的に高い水準にある


(出所:石原順)

QE(量的緩和)の限界と米国の金融政策の方向性

上記の労働市場の統計ではっきりしていることは、QE(量的緩和)では雇用は増えないということだ。QEは株・不動産・ジャンク債といった資産価格の押し上げには大きな効果があったが、その結果起こったことは「富の偏在」である。

FRBの総資産(単位:百万ドル) QEで雇用は回復しない


(出所:石原順)

世界的な傾向として貧富の差が拡大しており、米国では上位1%の人々が、米国の総資産の35%(金融資産だけをみれば42%)を独占している。富の偏在が起こると、階級の固定化が起こり世界経済は悪循環のシナリオに陥りやすい。漠たる不安だが、中間層のいない強欲資本主義も危ないところに来ているのかもしれない。

「株式・不動産市場の評価は歴史的なレンジの中に収まっている」と、昨日の議会証言でイエレンは米国株にお墨付きを与えたが、株の運用者からは「S&P500の18倍は安いとは言えない。今はバリュー株しか買わない」と冷めた声が聞かれる。

今後、インフレ懸念が出てきて米CPIが2%を超えてくると、米国は利上げに動かざるを得ない。株が下がっても景気が悪くなっても、インフレ下ではQE4(追加の金融緩和)はないのである。米国景気が回復基調を継続していれば問題はないが、インフレが米国株のアキレス腱となるだろう。しかし、米CPIは1.5%とまだ低水準であり、今後、インフレ懸念が出てくるまでは「急落時の押し目買い」を基本のストラテジーとしたい。

米国の景気低迷期(黄色)とNYダウの推移 米国株は7年に1回急落する傾向がある

が、押し目らしい押し目もなく3年近く上げ続けている米国株は上がりすぎだという声も多い


(出所:石原順)

米消費者物価指数(対前年比%)

米国の金融政策の焦点は今後徐々にCPI(消費者物価)の動向に移っていくだろう


(出所:石原順)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。