ホテルカリフォルニア的金融政策

9月18日のQE縮小見送りについて、英フィナンシャルタイムズは「薬物依存の危険性は、それが次第に強迫性を増すことだ。このことは、9月半ばの出来事の1つの教訓かもしれない」と書いたが、薬物依存はダラダラ続きやすい。

ダラス連銀のフィッシャー総裁が『ホテルカリフォルニア的金融政策』と呼ぶQEをやめて、バーナンキはなんとか「出口」に向おうとしたが、悪魔の囁きからかQE縮小を見送ってしまった。「あなたは、好きな時にチェックアウトできます。しかし、あなたは二度と立ち去ることはできません」というホテルカリフォルニアの歌詞が浮かんできそうだ。

FOMC後、筆者のところにはファンド運用者からの電話が急増している。その内容を簡単に言うと、

  1. 「中央銀行は政策変更時の市場のショック(サプライズ)を軽減するようにもっていくのが普通だ。そういう意味では18日は織込み済みの100億ドルの縮小をする絶好のチャンスだった。市場のボラティリティが上がらないようにするのがFRBの仕事だ。しかし、わざわざボラティリティを上げるような緩和縮小先送りをしている」
  2. 「シリア攻撃問題以降、オバマは迷走している。今回のQE縮小見送りはオバマがサマーズ指名に失敗したことが大きく影響している。オバマのクリントン政権コピー戦略は失敗するかも知れない」

という2点である。

マーケット参加者はFRBの政策に「疑念」を持ち、オバマ大統領の指導力不足に不安を感じているようだ。シリア問題でのオバマ大統領の優柔不断さは「米国は世界の警察をやめた」というメッセージを発しており、領土問題などを抱える日本にとっても今後深刻な問題となりかねない。QE縮小開始を先送りしたものの、NYダウが軟調な展開となっているのは、連邦政府債務上限問題もあるが、オバマやFRBが市場から信任を失っていることも大きい。

NYダウ(日足) 5日連続安

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

グリーンスパンの時代には「グリーンスパン・マジック」といって市場の意表を突くようなことを頻繁にやったFOMCだが、「バーナンキは直球勝負の人であり、ワザと市場の期待をはぐらかすような変化球を投げる人物ではない」というのがこれまでの市場の評価だった。したがって、今回の緩和見送りには「なにか政治的な問題があったのではないか?」とみる運用者も多い。

9月23日にはダラス連銀のフィッシャー総裁が「前週のFOMCで緩和縮小を見送ったことで、FRBの信認は著しく傷ついた」「今回の会合で何も措置を打ち出さなければ、将来的な政策運営への不透明感が増し、FRBのコミュニケーションに対する信認が疑問視されるとの考えを伝えた」と述べたが、ファンド勢の多くは、「市場の値動きよりも、それが問題だ」と語っている。

9月20日にセントルイス連銀のブラード総裁が、「経済指標で一段と強い景気動向が示された場合、10月の連邦公開市場委員会(FOMC)で量的緩和の縮小に踏み切ることもあり得る」と発言したが、9月23日にはニューヨーク連銀のダドリー総裁が「FRBは当面、米経済に対する逆風に引き続き強く対抗していく必要がある」と緩和継続の必要性強調している。

このようにFOMC内部でも議論が混乱しており、「あるとかないとか、さっぱりわからない」と投機筋もあきれ顔で、「大局はバーナンキ後の新たなガイダンスを待つしかない」との声が多い。「QEをやめられない」というオブセッション(強迫観念)がら、9月FOMCでバーナンキがQE縮小開始のハードルを上げたため、市場のQE縮小開始時期は12月を真ん中に2013年10月~2014年4月とテールの長い状態になっている。

すっきりしない市場環境だがカネ余りは続く

投機筋は今年の5~6月以降、FOMCのガイダンスに従って9月QE縮小に向けての準備を進めてきた。トレーディングルームではトレーダーが6月から9月まで順次夏休みをとりつつ、9月以降に備えて力を温存してきた。ところが、9月FOMCでこのガイダンスを白紙にしてしまったため、投機筋は「なんじゃ、こりゃ?」状態になっている。

カオス状態の米金融政策見通しだが、可能性が高いのは「少なくとも12月までQE縮小が見送られる」ということである。9月FOMCでQE縮小開始のハードルを上げた以上、先週のレポートに書いたように12月までバブル環境が温存されている。懸念されている米財政問題は恒例のチキンレースであり、ギリギリまで議論するというセレモニーに過ぎない。

「ようこそホテルカリフォルニアへ、なんて素敵な所」というバブル環境がQE縮小開始までは続く。FRBは政策の柔軟性を9月のFOMCで失ってしまったので、このバブル環境は年明け以降も続くかも知れない。

「長期金利を下げたかった」というのが今回のQE縮小見送りの表向きの動機らしいが、「長期金利が上がれば今後もFRBは緩和縮小を見送る」という誤ったシグナルを市場に与えた可能性もある。「長期金利が上がると困る」というオブセッションは「QEをやめられない」ことに直結し、「12月のQE縮小もあやうい」と述べる米国債トレーダーも多い。

米10年国債金利(日足) 長期金利が上がれば、QE縮小は見送りなのか・・?

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

株とクロス円の「10月末買い・4月末売り」

我々も12月まで遊んでいるわけにはいかない。「12月までバブル環境が続くなら、リスク商品の押し目買いを狙うしかない」というのが筆者の結論である。

今年も筆者をわくわくさせる「10月」という季節がやってきた。筆者の長年の感覚では「株式投資の始まりは10月末」である。日経新聞の前田昌孝氏が『日本株転機のシグナル』(日本経済新聞出版社)で「ハロウィン・ルール」の詳細を明らかにしたように、過去60年超の相場では「日経平均やNYダウのインデックスに投資するなら、10月末に買って4月末に売った場合のリターンが最も大きい」という結果が出ている。筆者が経験してきた1986年以降の相場でも「株が上がり始めるのは10月」という月別変動パターンが顕著であった。

日経平均(月足)10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

NYダウ(月足)10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

相場には必ずこうなるという法則は存在しない。以下の文章はそれを前提に読んでいただきたい。

筆者の独断と偏見で言えば、株が下がりやすい月というのは「5月」・「9月」・「10月」である。そこが逆張りの買い場となるが、半年程度保有する場合、「5月の買い」は9月・10月の下げ相場に巻き込まれてしまう。したがって、運用成績の落ち込み(ドローダウン)を避けて投資するには「10月末買いの4月末の売り」が消去法で残ることになる。

株式相場やクロス円相場は急落時にボラティリティ(変動率)が上昇しやすく、上昇および横這い相場ではボラティリティ(変動率)は低下していく。株式投資と豪ドル/円投資に関してあまり好ましくない現象は、ボラティリティの上昇である。株式市場のボラティリティが上がりやすい月は「9月」・「10月」である。この9月~10月のリスク商品の押し目は半年間という中期投資の買い場となりやすい。

循環というのは恐ろしい。「アベノミクスで今年は違う」などというエコノミストが多かったが、今年もここまでは例年と同じ循環となっている。

株の世界には「1年の計は1月にある」というアノマリーかある。NYダウや日経平均は約7割の確率で、1月と年間の相場の方向性が同じである。今年の1月相場はNYダウも日経平均も高かったことから、年間の騰落では株高の年となる確率が高い。仮にこの見方が正しければ、クロス円相場も年末にかけては上昇期待が持てるということになる。

10月31日のハロウィンの接近で、筆者のところには複数の運用者から「今年も買うぜ!」「今年も10月末買いでいいのか?」など、期待と不安の入り交じった照会が多くなっている。

「10月末買い・4月末売り」という運用手法の経験が浅い運用者ほど、「今年も10月末買いでいいのか?」と執拗に聞いてくる。話を詳細に聞いてみると、筆者が某外銀に配布したレポートに基づいて、昨年の10月に「バカでかいポジション」をとって儲けたようだが、「今年は米国株もクロス円も位置が高い(相場が上がっている)ので心配だ」ということらしい。

「相場の季節循環を根拠に、基本的に半年間もポジションを保有する運用手法なので、ポジションのレバレッジを上げることは厳に慎みたい」「レバレッジをあげてはいけない」と、くどいほど書いたり言ったりしているのだが、「インセンティブの関係で今年も大きなポジションを取って大きく儲けたいのだ」という。この手の経験の浅い運用者は、まったく筆者の話を聞いていないようだ。

相場は確率に賭けるゲームである。あとは資産(ポジション)管理が運用の成否を決定する。計画性もなく大きなポジションを振り回していたら、いつか市場から強制退場させられるだろう。相場に「過信は禁物」である。相場というのは「秩序エネルギー」と「無秩序エントロピー」のなれあうデタラメな運動である。「わかった!」と思った途端に「落とし穴」が待っている。「10月末買い・4月末売り」の運用手法も同じである。確率はよいからといって警戒を怠たることなく、事前のストップ・ロス注文は必ず置いておきたい。

豪ドル/円(月足) 10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

ニュージーランド/円(月足) 10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

ユーロ/円(月足) 10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

カナダ/円(月足) 10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

南アランド/円(月足) 10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

ドル/円の「10月末買い・4月末売り」は?

ドル/円の「10月末買い・4月末売り」はクロス円ほど機能しない。この数年のパフォーマンスは決して悪くないが、クロス円のように「値幅」がでないのが難点だ。ドル/円は株式市場との連動性が高くないので、クロス円のような「10月末買い・4月売り」ではなく、「第4四半期(10月~12月)の安値を拾い、第1四半期(1~3月)の高値を売る」という投資が基本である。

ドル/円(月足) 10月末買いの4月末売り(2000年~2013年)

赤は失敗の年


(出所:石原順)

ドル/円(月足) 4Qの安値(矢印)買いは次の年の1Qで利食いできる確率が高い

赤は失敗の年


(出所:石原順)