QE縮小先送りのブーイングとバブル暴走懸念

大方の予想に反して、昨日のFOMCでは「資産買入れ縮小」が見送りとなった。5月22 日の議会証言以降、ファンド勢はQE縮小に向けた準備をしてきた。市場参加者の多くが想定していた「9月縮小」を見送ったことで、「信じられない」との反応や報道が多い。「FRBは市場との対話に失敗した可能性がある。今後、FRBは市場の期待をコントロールすることが難しくなるだろう」とみる運用者も少なくない。

バーナンキ議長は「9月QE縮小を見送った理由」として、

  1. 失業率が高止まりしている
  2. インフレ率が目標以下である

の2点を上げている。

雇用統計の失業率は「表向きの数字」であり、現在の米景気回復の実態は「ジョブレス・リカバリー」である。見かけの米雇用回復は、オバマケア(2010年の医療保険制度改革)の医療保険提供義務を嫌って週30時間以内のパートタイマーが増えていることによるものである。

パートタイマーが増えると、統計上は雇用者が増えて失業率は下がる。このことは、セントルイス連銀が発表している「全人口に対する民間労働者の比率」をみれば明確である。

米国の全人口に対する民間労働者の比率(2003年~2013年)

QEでは失業問題は解決しない


(出所:セントルイス連銀)

バーナンキのQE先送り理由を素直に受け取れば、表向きの失業率だけでなく名実ともに良好な失業率の数字が出るまでQE(量的緩和)を続けることになる。

また、「インフレになっていない(インフレ率が目標以下)」という理由で月額850 億ドルもの量的緩和を際限なく継続すれば、資産バブルが暴走して出口戦略(流動性の吸収)は困難になるだろう。今回のQE先送りは、将来を考えると高くつくかも知れない。

バーナンキがQE縮小先送りの理由としている「失業率とインフレ目標」の達成を待つのであれば、目先はQE縮小がないことになる。また、FRBの政策は「失業率とインフレ目標」の数字に縛られることになり、FRBの政策の余地(QE縮小や利上げ)は狭まる。

ある米国債の運用者は、「先送りの理由に失業率とインフレ目標を掲げた以上、だらだらとQEが続いて、今後は制御不能のバブルが発生するのではないか?」と、QE縮小先送りに困惑している。

市場では「9月のQE縮小は見送られたものの、10月か12月に後ズレするだけだ」「QEが縮小される方向性に変わりはない」との声が大勢である。年内のFOMCが開催される10 月30 日と12 月18 日を視野に、早くも様々な憶測が蔓延している。

しかし、「QE縮小のさらなる根拠」とされる失業率やインフレ目標、あるいはその他の経済指標が1ヶ月で急激な改善をみせることは考えにくい。従って、QE縮小は最短でも12月のFOMC以降ということになる。

このシナリオが正しければ、少なくとも12月まで米国株のバブル環境が続くことになろう。加えて、バーナンキはQE縮小見送りに「財政の悪影響」を上げていることから、目先は米債務上限引き上げ問題や米議会の交渉の行方に注目が集りそうだ。

NYダウ(日足) QE縮小見送りで「金融相場」が延命?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

オバマ政権の迷走とサマーズ辞退

シリア問題はオバマが手を振り上げたものの、ロシア主導で玉虫色の決着となった。FRB議長レースでは、オバマが推していたサマーズが辞退している。マーケットは懸念材料が消えたということで、とりあえずリスク資産買いに動いている。だが、上記の迷走を見てもわかるようにオバマ政権の求心力は低下しており、この先、米債務上限引き上げ問題でも揉めそうだ。

日経新聞が9月3日に「FRB議長、サマーズ氏指名へ最終調整 副議長にブレイナード氏 」と報道したように、オバマはイエレンではなくサマーズをFRB議長に指名したかったことは間違いない。リーマンショック後のウォール街を救ったのは、サマーズとガイトナーである。しかし、オバマのサマーズを担ぐ戦略は失敗に終ってしまった。

民主党からマークリー、ブラウン、ウォーレン(サマーズ反対の急先鋒)、テスターという反サマーズの火の手が上がり、上院銀行住宅都市委員会のサマーズ反対派が5人になったところでサマーズ指名はなくなった。これを受けて、プライドの高いサマーズは“不本意ながら”「抗議の辞退」をしたのである。

IQが高すぎるサマーズは人を下にみる癖があり、日本の政治家に対してもどなりつけるなど、とにかく評判が悪い。サマーズが財務長官だった時代を経験している筆者も、あまりよい印象を持っていない。しかし、リーマンショック後の経済危機で、ボルカールールにこだわり優柔不断な態度をとっていたオバマに「緊急経済安定化法案」を決断させたのはサマーズだと言われている。

米国が「出口」という舵取りの難しい時期に向う時は、むしろサマーズのような政治的で豪腕的人物が望ましいのであるが、米民主党には「FRB議長は穏健で弱腰の人物のほうが望ましい」と考える人が多いようだ。日本でも2009年に民主党(鳩山政権)のバブル現象があったが、サマーズ排除はそれと同じような愚を犯す可能性を孕んでいる。

新FRB議長はイエレンか?

ホワイトハウスで経済問題をリードしているのは「ザ・クラブ」と呼ばれる「クリントン政権の経済チーム」だが、サマーズ反対の拡大を放置したことでオバマ政権の求心力は低下している。サマーズ辞退で短期的にリスク・オンはいいが、オバマ政権の出口戦略が「迷走してしまうリスク」を抱えたと言ってもよいだろう。

サマーズ辞退後のFRB議長候補には、市場が大本命とみるジャネット・イエレンFRB副議長、ドナルド・コーン元FRB副議長、ティモシー・ガイトナー元財務長官、ロジャー・ファーガソン元FRB副議長、スタンレー・フィッシャー元イスラエル中銀総裁などの名前があがっている。

サマーズ辞退で市場は「もうイエレンしかない」と高をくくっている。しかし、人気の高いハト派のイエレンを選ばずに、本当はサマーズをFRB議長にしたかったオバマは、(可能性は低いものの)ガイトナーや、「連邦政府債務上限引き上げ」とバーター取引で共和党員のコーン元FRB副議長を指名する可能性もなくはない。

現実問題として、大本命であるイエレンがFRB議長に指名される可能性は大きいが、イエレンが指名されても市場が期待するほどハト派的な政策(量的緩和の長期化)を行なわない可能性もある。オバマ政権は「米国内の雇用や投資」を増やすために「輸出倍増」から「内需拡大」に転換しており、誰がFRB議長になってもその路線に沿うことになるだろう。ロシアに任せるというシリア問題への対応をみていても、米国は国際問題に対する関与を弱めて、今後は内向きの「国内優先主義」に転換していくことになりそうだ。

米株高継続なら、オセアニア通貨に一段高の可能性も?

上に述べたように、QE縮小の先送りで12月までバブル延命環境(不景気でも株式市場だけ上がる)が整った。米経済指標の悪化もQE先送り要因として不景気の株高を促すだろう。こうなると、円相場も株高主導の「安倍トレード」(日本株買い・円売り)の復活が予想される。

日経平均(日足) 安倍トレードが復活か?

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(出所:石原順)

QE縮小先送りは「ドル安要因」だが、株高によるクロス円の上昇がドル/円を下支えするため、ドル/円の下値も限られると思われる。ドル/円のサポートは9月19日現在の三角保合の上限が97円85銭、下限が97円35銭付近となっている。

三角保合下辺のサポートラインは円売り派にとっての絶対の防御ラインと言われており、このサポートラインを割り込むと96円割れまで一気に円高が進む可能性があるので注意したい。

ドル/円(日足) 支持・抵抗線

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ドル/円はトレンド指標を見ても明確な方向性の示唆がなく、少々ややこしい相場になりそうだが、クロス円相場ではニュージーランド/円がきれいなトレンド相場を展開している。米国株高連動の「オセアニア通貨高」を狙うなら、豪ドル/円よりもニュージーランド/円の方が面白そうだ。

ニュージーランドはウィーラー中銀総裁が「来年には政策金利の引き上げが必要」と述べており、(年内は金利据え置き予想だが)来年には利上げサイクルに入るとの思惑が高まっている。一方、豪州は利下げサイクルの中にあり、この政策金利の方向感の違いが豪ドル/ニュージーランド相場の豪ドル安を促している。

豪ドル/ニュージーランド(週足) ニュージーランドに利上げ観測が浮上

2012年以降、対ニュージーランドでの豪ドル安が続いている


(出所:石原順)

8月のニュージーランド/円は、乳牛大手のボツリヌス菌騒ぎや貿易赤字の拡大などの悪材料が相次ぎ最悪の相場だった。しかし、チャートを観ると最悪期は脱したようだ。ここからはオセアニア通貨のリバウンドを期待したい。ただし、ニュージーランド/円は短期的には「買われすぎ」の感があり、下のチャートの黄色のレンジでの押し目買いを狙うのがよいだろう。

ニュージーランド/円(日足) 円売りトレンド継続中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
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(出所:石原順)

豪ドル/円(日足) 200日移動平均線を越えてくれば、もう一段の買い戻しも?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
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(出所:石原順)

ニュージーランド/ドル(日足) ニュージーランド買いトレンド継続中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)