QE縮小をなぜ急ぐのか?

WSJが米国のQE縮小観測記事を載せた5月以降、ゴールド市場の急落、日経平均の急落、日本国債の乱高下、中国の信用収縮、豪ドルの急落、ブラジル株の急落など金融市場は波乱含みの展開となっている。

「米国経済も盤石という状況ではない。QE縮小観測が出ただけでこんなにマーケットが荒れるなら、QE縮小を急ぐ必要はないのではないか?」という疑問や不満が、市場関係者やG20諸国(新興国)から漏れている。こういった文句をいう人達はイエレンが次期FRB議長になることを切望しているが、ブックメーカー(賭け屋)の予想ではサマーズ優勢の状況となっている。

FRB議長が誰になるのかはわからないが、オバマ政権が1期目の「ドル安=輸出倍増路線」から、2期目は「ドル高=内需主導路線」に転換していることはファンドの間では周知の事実となりつつある。これを補完しているのは黒田日銀の「異次元緩和」である。

オバマ大統領はサマーズの政策を高く買っている。2期目のオバマ政権が「ドル高=内需主導」に舵を切ろうとしている背景には、サマーズのアドバイスがあると噂されている。サマーズは量的緩和の効果に疑問を持っており、オバマ大統領に提言しているのは「本国投資法」である。本国投資法は米国の多国籍企業が海外で留保している利益・配当金等を米国内に送金する税率を引き下げる措置である。

ドル安政策をとっている限り、貧富の差は拡大し米国内の雇用は増えない。オバマ政権の1期目は米国株が7割も上昇したのにオバマ大統領の支持率が低いのは、「貧富の差の拡大」と「雇用実態の悪さ」(パートタイマーが増えているだけ)が原因だ。本国投資法は米国への資金還流を促し、米国内での投資を促進する効果がある。

クリントン政権のコピー

世界的な景気停滞のなかでドル高が進行すると、新興国危機が起こりやすい。90年代にはこのロジックでメキシコ危機、アジア危機、ロシア危機が起きた。当時を振り返ってみると、ロングタームキャピタルの破綻はあったものの、新興国危機で米国経済が大きなダメージを受けたという印象はない。クリントン政権時代は米国経済の一人勝ちだったのである。

米ドルが強くなると、投機マネーは新興国のカントリーリスクや流動性リスクを取るのをやめて米国に向っていく。米国に集った資金は、世界経済が好景気なら新興国にも向っていくが、新興国経済がダメなら資金の行き先は流動性のある欧州や日本に限られよう。米国の政策転換の裏には「米国一人勝ち戦略」があると同時に、「新興国の生殺与奪権も米国が握る」という野望が見え隠れしている。

「高金利で米国(ドル)への資金流入を誘い、ドル高傾向を促すことで資金流入による株高と債券高を狙う」という2期目のクリントン政権の政策を、2期目のオバマ政権もコピーしていることが明確になりつつある。

市場はサマーズを嫌気

米長期金利は買われすぎの状態で横這いとなっていたが、サマーズ有力報道から「利上げの時期が早まる」との観測が浮上し再び上昇しはじめた。本日8月22日には2.9334%まで金利上昇が進んでいる。

米10年国債金利(日足) サマーズ有力報道で2.9334%まで金利上昇

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

これに面食らったのが新興国で、「通貨安→資本流出」を避けるために、インド、ブラジル、トルコなどは「ドル売り介入」に追い込まれている。しかし、これは一時しのぎにしかならず、「外貨準備の取り崩し→米金利上昇→通貨安」という悪循環にはまっていく。新興国(特に経常赤字国)から投機マネーが抜けており、ドルキャリー取引やユーロキャリー取引の巻き戻しが起きているのが今の相場だ。

インドSENSEX指数(左)とドル/インドルピー(右)の日足

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ジャカルタ総合指数(左)とドル/インドネシアルピー(右)の日足

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ユーロ/ドル(日足) ユーロ圏への資金回帰がユーロ高を促している

新自己資本比率「バーゼル3」絡みで欧州の金融機関はバランスシート縮小に動いている


(出所:石原順)

焦点はNYダウか?

先週のレポートでNYダウの下落懸念を書いたが、サマーズ有力報道が出てからおかしくなっているのはNYダウも同じである。米国のファンドはまず海外のポジションから手仕舞うが、それで損が出ると益が出ている市場で利益確定に動く。これが米国株軟調の理由であろう。

NYダウ(日足) 売りトレンドが発生

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

NYダウの下落を受けて日経平均も下げているが、次々に支持線を下回り大きな三角保合の下限でこらえているのが8月22日現在の相場である。一本調子の下げではなく、リバウンドを入れながら下げているのが今の相場の特徴であり、「下がるかと思うと戻したりする」ので、こういう相場では損切りが出てこない。その結果、買いポジションが溜まっていくことになる。

日本株は信用取引の評価損率が拡大しており、今後、NYダウが大きく下げるようなことになれば、投機筋が売り浴びせてくる可能性もあるので注意したい。もう何回も書いているが、筆者の独断と偏見で言えば、株が下がりやすい月というのは「5月」・「9月」・「10月」である。下へのリスクに警戒が必要な時期だ。

日経平均(日足) 支持・抵抗線

一本調子の下げではなくリバウンドを入れながら下げている=損切りが出てこない


(出所:石原順)

ドル/円相場は日経平均ほどチャートの形状は悪くないが、こちらもリバウンドを入れながらの円高傾向が続いている。戻りを入れながら下げるので損切りが出にくく、円売りポジションが溜まっていくのは日経平均と同じ構図だ。

ドル/円(日足) 支持・抵抗線

方向性に賭けるのは三角保合のブレイク後が妥当


(出所:石原順)

三角保合をブレイクするまではレンジ相場が続くと思われるが、支持線・抵抗線をブレイクすれば相場が大きく動く可能性が高い。シカゴの円売りポジションはまだ高水準であり、下への警戒は怠れない状況となっている。資産管理を徹底したい。

シカゴIMMの円のポジション 8月13日現在 円の売り持ちは高水準


(出所:石原順)