法人税減税報道をめぐり右往左往

海外の短期筋は8月に入り日本株売り・円買いを仕掛けていたが、8月13日に日経新聞が「首相、法人税率引き下げ検討指示 消費増税と一体」とリークしたことで、ポジションの手仕舞いを余儀なくされた。短期筋のポジションが日本株売り・円買いに傾いていたため、この法人税減税報道は効いた。

ところが、本日菅官房長官が「首相から法人実効税率引き下げを指示した事実はない」と述べ、麻生財務大臣も「(法人税率を)引き下げても効果は少ない」と述べたため、法人税減税は宙に浮いた格好となった。投機筋は日本株売り・円買いというポジション整理に追い込まれ、法人税減税を巡る相場は「往って来い」となっている。相変わらず乱高下しているが、日経平均もドル/円も保合相場の支持・抵抗線をブレイクするまではレンジ相場が続きそうだ。

日経平均(日足) ジグザグ相場で方向感が定まらない…

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ドル/円(日足) 三角保合相場 ドル/円相場は9月にレンジブレイクか?

上段:支持・抵抗線
下段:ストキャスティクス5.3.3


(出所:石原順)

安倍内閣のリフレ派経済ブレーンは消費増税に慎重な意見が多く、「消費税率を毎年1%ずつ引き上げる」「増税を当面見送る」という案を安倍首相に提言している。そんななかで発表された8月12日の4~6月期のGDP統計は年率2.6%成長となったが、市場予想の3.6%を大きく下回っており、消費増税を巡る不透明感は払拭されていない。

消費増税は財務省が管・野田・安倍という3つの内閣で長期にわたって進めてきた財務省の悲願である。財務省からすれば「この期を逃すべきではない」と思っているだろう。新聞やTVの報道も「消費増税は国際公約」、「日本国債売りを避けるためには増税やむなし」といった財務省のプロパガンダ的なものが多く、消費税引き上げ賛成論が多数派となっている。

財務省の損得勘定を考えてみよう。仮に法人税率を10%下げても2~3兆円の減収ですむ。一方、消費税は3%上げれば8兆円弱の増収になる見込みである。したがって、消費増税と一体で法人税率引き下げを呑んで、安倍首相を説得(懐柔)する可能性は小さくない。

ある海外ファンドの運用者は「順番が逆だ。日本は増税の前に行革を行なう必要がある。行革もせずムダな支出を減らさないという意味では日本はギリシャと変わらない。財政再建と言いながら大規模な財政出動でバラマキに走り、消費増税で財政再建するという政策に整合性があるとは思えない」と述べている。

しかし、そんな正論を言う運用者は投資の世界では少数派であり、消費増税と一体で法人実効税率引き下げが決定されれば、海外勢は「アベノミクス第2幕」と称して日本株買いを進めるという観測が多数を占めている。

いずれにせよ、不透明感が払拭されるのは9月以降である。9月18日のFOMC、9月22日のドイツ連邦議会選挙、日本の消費増税の有無と成長戦略の第2弾(産業競争力強化法案)と、9月を通過するまでは相場に明確なトレンドは出てこないと思われる。

7月以降のドル反落は米国の意図的なものなのか?

通貨の長期トレンドを決める最大の材料は、「米国の通貨政策の変更」である。通貨の歴史をみると、「基軸通貨国である米国の通貨政策でしか動かない」というのが通り相場だ。アベノミクスの異次元緩和は円安と資産価格の上昇を意図したものだが、よい円安が進むかどうかは米国の都合に左右される。

バーナンキFRB議長は6月19日のFOMCで「QE3縮小を年内に開始し、14年半ばに終了」する工程表を発表したが、米国へのリパトリ(資金回帰)で新興国の通貨安が進みすぎた。QE早期縮小観測で中国や新興国の信用収縮が強まったため、7月31日のFOMCではQE縮小に対してタカ派的な態度を後退させ玉虫色の文言を発表した。新興国で危機が起こり、9月FOMCで予定しているQE縮小のスケジュールが先送りされると困るからである。

ドルインデックス(月足) 7月以降のドル反落は米国の意図的なものなのか?


(出所:石原順)

こうした米国の事情から新興国の相場が落ち着き、ポジションの手仕舞いが行なわれているのが8月の相場だ。BRICS売りや豪ドル売りも一服している。しかし、米国は日本の異次元緩和に合せて早くQE縮小にとりかかりたいというのが本音であり、今後9月18日に向けてQE早期縮小観測が盛り上がれば、再びドル買い新興国通貨売りが再燃する可能性はあるだろう。

上海株(日足) 一旦落ち着いているが、次のトレンドは?

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足) 中国株の落ち着きを受けて61.8%押しから反発

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

FRB議長レースはサマーズならサプライズ

QE縮小は既定路線だが、難航しているのは新FRB議長人事である。英国のブックメイカーの掛け率ではサマーズがダブルスコアでイエレンをリードしている。市場関係者の多くは相変わらずイエレンFRB議長を望んでいるが、「事情に詳しい関係筋によると、オバマ米大統領は、連邦準備理事会(FRB)議長人事をめぐり、周囲からの干渉に辟易している。関係筋は周囲からの干渉を受けずに最終決定を下したいと感じていると指摘。大統領は、ラリー・サマーズ氏が不当な攻撃を受けていると不満を抱いている。ラリーは政権が非常に難しい時期を迎えた時の重要メンバーであり、ラリーを擁護する必要を感じている」(8月15日 ロイター)と報道されているように、オバマはサマーズを指名したいようだ。

量的緩和に否定的と言われるサマーズがFRB議長になった場合、バーナンキが6月FOMCで示したQE縮小や利上げのスケジュールは棚上げされる可能性が出てくる。ある邦銀の運用担当者は「その場合、驚異的な粘り腰相場となっているNYダウや米国債の相場に異変が生じてもおかしくない。VIX指数(恐怖指数)の楽観も気味が悪い」と不安感を隠せないようだ。

筆者はイエレンでもサマーズでもオバマ政権がドル高政策に転じることは動かないと観ている。問題は米国株市場であろう。現在は米当局の「早くQE縮小にとりかかりたい」という意図のもと、よい経済指標やよいニュースしか出てこないが、株が下がると悪材料が出てくるのが相場の常である。上げっぱなしの米国株がはたして調整を入れるのか? 投機筋は9月相場に注目している。

NYダウ(日足) 調整相場 次のトレンド待ち

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

クリントン政権とオバマ政権のドルインデックス(月足)

1期目はドル安政策・2期目はドル高政策?
(1期目=黄色・2期目=緑色のゾーン)


(出所:石原順)