100円突破の舞台裏

5月9日のNY時間、短期から中期の「モデル系ファンド」のポジションが「円買い」に傾いていたなか、ドル/円は日足の「三角保合」を上にブレイクすると、99円50銭や100円のストップ・ロスをヒットし、100円70銭台まで駆け上がった。

ドル/円(日足) 三角保合を上にブレイク!

上段:MACD
下段:MACDのシグナル
(5月9日時点では100円が重くMACDが「売りシグナル」となっているように、マーケットは短期的に円買いに傾いていた)


(出所:石原順)

先週のレポートで、「ドル/円相場は次のトレンド待ちとなっており、投機筋はその契機としてドル/円の<三角保合放れ>に注目しているという」と書いた。筆者は三角保合上放れでドル/円を買ったが、5月9日は経済指標の谷間の日(取引参加者が少ない)であり100円手前は「重いかな…」という感触を持っていた。

案の定、相場は99円50銭手前で押し戻され、「今日はこんなところか?」と思って寝た30分後に「100円を突破しました」という電話がかかってきたのである。あれだけ重かった難関の100円をあっさり突破したことに、トレーダーやブローカーも一様に驚いていた。

100円の重さから100円近辺にあったドル売りが99円ミドルからローまで降りてきて、これまでより100円近辺が軽くなっていたようだが、100円突破には「投機筋の巧妙な仕掛け」があったようだ。

米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)2013年5月10日の報道では、「100円台を演出した為替トレーダーの古風な戦術」というタイトルで100円突破の裏側が解説されている。

ドル/円(5分足) 5月9日NY時間の相場 100円突破までの足どり

板の薄い閑散な時間帯の「仕掛け」が成功、ドル/円はストップ・ロスを巻き込み「踏み上げ相場」に発展


(出所:石原順)

『100円突破を引き起こしたのは、ドル高材料と受け止められるような政府当局者の発言ではなく、昔からのものだった。市場が油断していた隙を狙って、頭の切れるトレーダーが大口の円売り・ドル買い注文を入れたのだ。このトレーダーは、9日午後1時前の市場が比較的閑散な時を狙って、積極的に円を売ってドルを買い入れた。このトレーダーが誰だかは分からないが、チャートの値動きから彼女の「手口」が分かる。同トレーダーはまず、その時の相場から10銭だけ円安でビッドを入れた。そこで一端手を休め2、30銭円高に振れると、再び積極的に円売り・ドル買いを仕掛け、ドルを押し上げた。注文は、職人のように無駄な動きなしに正確に執行された。この戦術は魔法のように功を奏し、攻撃が始まってから1時間足らずの午後1時56分ごろには、ドルは100円00銭を突き抜けた。100円前後の水準に固まっていた事前にプログラム化されていたストップ・ロスの円売りを誘い、ドルは99円89銭から一気に100円44銭に跳ね上がった』(WSJ 5月10日「100円台を演出した為替トレーダーの古風な戦術」)

このWSJに載っていたトレーダーの「売買手法」を読んで筆者は「ピン!」ときた。この売買手法は2000年頃から行なわれていた著名ファンド「シタデル」の「人工知能(AI)取引」の手口とそっくりだということである。

取引商品の板情報を判断しながら、板の薄い閑散な時間帯に仕掛けて「踏み上げ」や「投げ」を仕掛けていく手口だ。1コントラクト(最低枚数)で1秒間に数百回の注文が自動的に執行されていく。これは「トレーダーの裁量」でなくコンピューターの「AIプログラム」が判断して売買を行なう手法で、10年以上前から行なわれている。HFTトレード(high frequency trading)全盛の現在は、熟練取引者と変わらないレベルまでアルゴリズムが進化しているのであろう。

100円突破の要因として、「新規失業保険申請件数の減少」や「FRBの緩和観測」といった説明がされているが、それらは後付的な解説であり、9日の100円突破を説明できるような材料ではない。いずれにせよ、100円突破で圧力鍋の蓋がはずれたドル/円は101円50銭までの<真空地帯>を駆け上がり、5月15日には102円75銭まで上昇している。

「出口戦略模索」というFRBの観測気球

5月11日のウォール・ストリート・ジャーナル1面には「FRBは景気刺激策からの出口方法を模索している」と見出しが踊った。

『連邦準備制度理事会(FRB)は、景気刺激を目的とした月間850億ドル(約8兆7,000億円)という前例のない債券購入計画の幕引き戦略の緻密な計画を練っている。柔軟性を維持しながら極めて予測困難な市場の見通しを巧みに操るためだ。当局者によると、FRBは労働市場とインフレ見通しへの確信を深める中で、債券購入量を慎重に減らす計画だ』(「FRBが描く刺激策からの出口の地図」WSJ日本語版)

これは市場に向けての「観測気球」である。FOMC議事録を見る限り、FRBはまだ「半身の体勢」だ。「FRBは失業率が6.5%、インフレ率が2.0%程度である限り、米国は現在の政策を維持する」というのが一般的な見方である。

FRBの資産を緩和前に戻すのは「最低でも5年、まあ7~8年はかかるだろう」と言われている。この間、市場の「期待」をコントロールするのは容易でない。2011年6月以降、FRBが「出口の議論」をしているのは、市場に「出口」を織り込ませる目的がある。突然FRBが「資産を売却します」などと言い出せば、米株も米債も急落しかねない。これを避けるためには、新たな米国債の「買い手」を見つけてくるしかないが、それは日本しかない。

日銀が国債を買い占めていることで、日本の過剰流動性は外債投資に向わざるを得ない。日銀の「異次元緩和」はFRBが出口に向う最初で最後のチャンスなのである。量的緩和は「早くやったもの勝ち」だ。「最初にやって最初に抜けていく(ファースト・イン・ファースト・アウト)」というアングロサクソン的投資手法をFRBも実行するだろう。結果的に日本は米国の出口の補完装置とならざるを得ない状況にある。

バーナンキFRB議長がG7を欠席してシカゴで講演したことも、様々な憶測を呼んでいる。2014年1月にバーナンキFRB議長は退任する予定となっているが、今年は「8月のジャクソンホール講演」もやらないと言う話である。米国債市場では、「出口の第1弾として、FRBは早ければ夏にもMBS(モーゲージ証券)を売って短・中期の国債に乗り換えるのではないか?」という観測が拡がっている。

米国の経済指標がさえない状況にも関わらず米金利が上がっているのは、「日銀の異次元緩和の間に米国は出口に向う」という観測が増えてきたためである。これはもちろんドル高要因だ。米金利上昇にあわせて、ドルインデックスの上昇、ゴールドの再下落という現象が起きている。

米10年国債金利(日足) 出口観測浮上で5月に入って金利が急上昇


(出所:石原順)

ドルインデックス先物(日足) ドル買いトレンド相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ゴールド先物(日足) ドル高で再下落?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(茶)・移動平均リボン(紫)


(出所:石原順)

日銀が「異次元緩和」のレクチャー

ドル高相場のなかでドル/円相場は素直に上げており、現在、ドル買いトレンド相場を継続している。2007年高値からのフィボナッチ・リトレースメントの半値戻しの100円を突破したことで、105円が視野に入っている。

100円の重石がはずれたことで、年末105円予想が多かったドル/円相場の見通しも大胆な予測に変わってきている。「年末105円」という見方をとっていた通貨ファンド最大手「FXコンセプツ」のジョン・テイラーも、「ドルの対円相場が2014年はじめまでに125円に達する可能性がある」とウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューに答えている。

ドル/円(日足) 支持・抵抗ポイント

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ドル/円(1時間足) ドル/円相場の動く範囲

13時間エンベロープ 0.3%(赤)=ノーマル相場・0.8%(青)=トレンド相場
上段:14時間ADX(赤)・26時間標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13時間エンベロープ・0.3%(赤)・0.8%(青)


(出所:石原順)

ドル/円(月足) フィボナッチのリトレースメント

100円突破で今後105円が視野に…


(出所:石原順)

ニューヨークの某投資銀行のトレーダーが「日銀の人が来た」というので、「何の話か?」と聞くと、日銀のスタッフが「異次元緩和」のレクチャーでニューヨークの金融機関を訪問しているらしい。有名どころの銀行をまわっているらしいが、「異次元緩和」の説明を聞いた運用者達は「円を売ったよ!」「最低ターゲット・レートは秘密だ」と、にやにやしているらしい。

日銀の総資産(単位:10億円) 意図的にバブルを引き起こす実験中

290兆円まであと115兆3,000億円(5月5日現在、174兆6,914億円)


(出所:石原順)