G7(主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議)が2月12日に「為替レートを目標にしないことを再確認する」とする共同声明を発表した。G7による声明は2011年年9月以来のことである。為替の歴史は政治の歴史であり、G20に敬意を表してイベント通過までは様子見となるのがこれまでの為替市場の常識である。投機筋は週末のG20の結果を待っているのが今の状況だ。

現在の相場は要人発言に振り回されている。2月8日の「“我々の意図しないぐらいに” 78~79円だったのが、いきなり90円になった」(麻生財務相)、「3月期末までには1万3,000円を目指して頑張るぞという気概を示すことが大事だ」(甘利経済財政・再生相)から始まって、その後も11日の「日銀が年内に複数回の追加緩和を行うことは正当化できる。2%目標は2年ぐらいが適切」(黒田アジア開発銀行総裁)、14日の「1ドル=90円から100円が適正な水準ではないか」(岩田一政日本経済研究センター理事長)といった要人発言で相場が大きく振れている。

しかし、要人発言で注意しなければならないのは、<米国当局からの発言>であろう。2月11日に(ルー次期財務長官に代わってモスクワG20に出席する)ブレイナード米財務次官が、積極的な金融緩和を打ち出して円安ドル高ももたらしている安倍政権の経済政策(アベノミクス)について、「成長力を取り戻し、デフレ脱却を目指すものだ」として支持する考えを示した。麻生発言で円高に振れていた市場はこの発言で一気に円安に傾き、94円46銭まで円安が進んだ。

ところが、12日のNY時間にG7当局者(米国筋との噂)が「G7声明を市場は誤って解釈。声明は円の過度な変動への懸念を示唆したもの。G7は過度の円の動きと円相場を誘導する日本の行為を懸念している」との火消しに動いたことから、短期筋の投げを誘って相場は円高方向に押し戻された。

G20をめぐる情報は錯綜している。2月13日の公聴会でルー次期米財務長官が「強いドルは米経済成長と競争力にとって最大の利益であり、強いドル政策は変更しない」と発言したことで、市場はどちらかというとG20を楽観的に見ている。しかし、G7声明を受けて、今後は日本サイドも「口先介入」ととられるような発言をすることは難しくなっていくだろう。

参議院選に向けて安倍政権は「3本の矢」を掲げ、多くの「看板」をあげている。しかし、上記のような「口先介入」ばかり出てくるのは、日銀がまだ何もやっていないからだ。1月22日の政府・日銀による共同声明は、消費者物価上昇率を2%とするインフレターゲットが採用されたものの、日銀は資金供給を増やす気がまったくないという面従腹背(骨抜き)の内容となっている。「インフレ目標2%」は看板の掛け替えに過ぎない状況だ。

2012年11月14日の野田民主党「解散発言」から始まったアベノミクス相場は3カ月が経過している。期待相場は恋愛感情と同じで3カ月で一旦終る。ここからはアベノミクスの実現性や進捗度が問われる局面に来ていると言えよう。そして市場では「アベノミクスの本気度が問われる日銀総裁人事」が最大のマーケットテーマとなっている。

今年の相場は1995年の相場と似ているが、昨年9月から20%超の円安が進み、(大局的な円高転換はあり得ないが)日柄的には一旦調整してもよい時間帯に入っている。ジョージ・ソロス氏のファミリーオフィスが昨年11月以来の「円売り」で10億ドル(約930億円)近い利益をあげたと報道されているが、相場のピーク圏で出てくるニュースである。勿論、ここからもう一段の円安の可能性もあるが、それは日銀総裁人事次第となるだろう。日銀人事に向けて、ここから2週間の相場の動きに注目したい。

ドル/円(日足)のアナログチャート 2013年相場は1995年相場との類似性がみられる

パターン的には、目先のピークの可能性も…ここからの相場は日銀総裁次第?
2012年9月からの上昇相場と95年4月からの上昇相場の比較(95年は4月18日、2012年は9月13日が起点・横軸は起点日からの経過日数)


(出所:石原順)

日銀総裁人事

政府は今月下旬にも日銀総裁の人事案を国会に提示したい考えだ。財務省が推す武藤敏郎大和総研理事長に対しては、アベノミクスのブレーンやみんなの党などが反対しており、衆参両院の同意が必要な日銀人事は難航しそうだ。

円安が良いか、円高が良いかは立場によって異なる。リフレ政策歓迎のファンド筋の人気は、岩田(規)>竹中>岩田(一)>黒田>伊藤(隆)>武藤という順となっているようだ。一方、円安が長期金利上昇の引き金となることを恐れる邦銀勢は、武藤氏を支持する人が多いと言われる。

あるファンドのレポートには、「マネーサプライの管理を否定し続ける<日銀理論>批判の急先鋒であった岩田規久男教授が選ばれれば投機筋は大歓迎だが、政治的な落ち着きどころを考えると、柔軟性とバランス感覚のある岩田一政日本経済研究センター理事長が有力である」と書いてあった。しかし、財務省主導の武藤氏を有力視する声も多く、誰が日銀総裁になるのかはわからない。

筆者は新日銀総裁が追加緩和を積極的に行なえば、自然に「円安・株高・脱デフレ」が進むと考えている。声高に「円安目標」や「株価目標」を叫ぶ必要はないだろう。アベノミクスのパッケージのなかで、金融政策は最重要である。成長戦略は円高是正の後の話だ。また、公共事業は一時のカンフル剤にはなるだろうが、「変動相場制の下で財政出動しても効果がない」というマンデルフレミング理論から言えば、円高要因である。新日銀総裁の下で、世界標準の金融政策が遂行されることを期待したい。

中央銀行の総資産最新版(2005年1月~2013年2月)

ECB(左)・日銀(中央)・FRB(右)
日本の物価上昇率を2%まで引き上げるためには、大胆な緩和が必要。
LTRO(3年物無制限融資)を受けた52%の欧州金融機関が1,372億ユーロの返済に動き、ECBのポートフォリオは縮小傾向。2月22日にも第2回返済額が判明する。これが、ユーロの下支え要因。


単位 ECB:10億ユーロ・日銀:10億円・FRB:100万ドル
(出所:石原順)

相場はレンジ調整を示唆?

2月11日のNY時間に「日本の成長支援・デフレ脱却に向けた措置を支援」というブレイナード米財務次官発言が出て円安に振れたが、筆者の周辺のファンドは「G20のイベント通過までは95円超えはない」と冷静で、利食いやポジションの入れ替え(高値で売って安値で買い戻す)に動いていたところが多い。

イベント前はポジション調整や様子見相場となるのが、マーケットの「通り相場」であり、目先の相場はレンジ相場となることが濃厚だ。円相場の日足も明確な方向性がなく、レンジっぽい動きとなっている。モスクワG20は2月15(金)から16日(土)の日程となっている。日銀総裁人事の思惑やXX筋といった要人発言で相場が振れることがあっても、相場が本格的に動くのは週明けからになるだろう。

ドル/円(日足) 調整(レンジ)相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)・13日移動平均線(赤)


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足) 調整(レンジ)相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)・13日移動平均線(赤)


(出所:石原順)

ユーロ/円(日足) 調整(レンジ)相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)・13日移動平均線(赤)


(出所:石原順)